その13-2 協力者

「意思を持った死者?」

「何ディスカーソレー」


 また新たな単語が出てきて少年少女は首を捻る。

 と、サイコは徐に山積みとなっていたマダラメの手記のうち一冊を手に取り頁を捲り始める。


死霊魔法ネクロマンシーとは死者の魂を媒体となる器に宿し操る魔法なのでございます」

「んー、媒体ねえ」

「さようで、例えば骸骨兵スケルトンは骨を媒体に魂を宿らせ、動く鎧は小さな昆虫を媒体に魂を宿らせるのです」


 なるほど、それであの時蜘蛛が中にいたわけだ――

 動きを停止した鎧兜の中からサイコが摘まみだした蜘蛛死体を思い出し、こーへいは一人納得する。


「しかしそうやって生み出した不死者アンデッドは自らの意思を持ちません。術者の操るまま自在に動く人形と変わりないのでございます」

「じゃあ私達を襲ってきたあの骸骨兵スケルトンや動く鎧はマダラメが操っていたと?」

「簡単な命令を魔法で施してあったと考えられますが、そう思っていただいて間違いないのでございます」


 卓越したスキルを持つ死霊使いネクロマンサーであれば、ある程度の判断を自分でできる不死者アンデッドを生み出すことができる。しかしそれも予め術者が施しておいたルーチンに基づいた行動のみで、例えば『近くを生あるものが通ったら襲え』等という指示はできるが、臨機応変人間のように動くことは無理である。

 もっともそれを差し置いても、あれだけの不死者アンデッドの数を同時に使役できるスキルを持った死霊使いネクロマンサーは古今東西探しても恐らくマダラメだけであろうが。


「しかしマダラメは自ら考え、自ら意思を持って行動する不死者アンデッドの生成に乗り出したのでございます」

「怪しいモンだわ、そんなことできんの? どうせまた失敗したとか断念したとかってオチは?」


 言うは易し行うは難きだ。

 訝しげに顔を顰めながらエリコは尋ねる。

 だが話しながら手記を目で追っていたサイコはゆっくりと首を振って見せた。


「百年程前でございましょうか。『意思を持った媒体を使用することで、実験結果に変化が生じた』――そう記述が残っておりました」

「意思を持った媒体?」

「簡単に言えば生物を媒体にするということです。無機物である骨や昆虫といった媒体ではなく、動物を媒体として死者の魂を宿らせることで、不死者アンデッドに意思が芽生えたと――『降霊』させると言った表現が近いかもしれません」

「降霊ねえ」


 ポリポリと頭の後ろを掻きながらヨシタケが、いまいちピンとこないといった顔つきでぼそりと呟く。

 つまりは『狐憑き』とか『コックリさん』とか呼ばれるようなもののことだろうか――と、日笠さんはサイコの言葉を懸命に理解しようと頭の中で例えながら自分なりに話を整理していた。


「ただし動物であればなんでもいいのではありません。ある程度の知能を持った媒体でなければ駄目なようでございます」

「知能を持った動物……犬とか猫とか?」

「そのようで。マダラメも実験当初は自らの使い魔を利用したようです」

「ムフ、ツカイマってなんディスカー?」

「魔法使いの手足となって働く動物の事でございます。猫やカラス、蝙蝠などが使い魔として体系的に使役されております」


 ちなみに使い魔については死霊使いネクロマンサーだけに限った話ではなく、それなりの腕を持つ魔法使いであれば使役することが可能らしい。上級魔法使いになると精霊や妖精を使い魔とすることもできるとか。

 と、サイコは積まれていた別の手記に手を伸ばすとその中身を指で辿り、やがてとある頁で捲るのを止めた。


「ありました、ここです……実験初期の段階ではやはり失敗が続いていたようでございますね。多くの使い魔が死んでしまった――そう記されております。しかし実験開始から数十年経過してようやくちらほらと成功例が出てきたようです」 

「数十年……多くの使い魔って――」

「聞きたいですか? 記録が残っていますが」

「いいっての!」

「彼には時間は無限にありますので、なにせ死神でございますから」


 鴉○羽、猫○匹、蝙蝠○匹――書かなくても良いのに、その日実験に失敗し死んでしまった使い魔被検体の数を事細かに記してある。

 気分が悪くなってきたエリコは、首を傾げたサイコに向かって慌てて否定する。

 懸命でございます――そう返答してサイコはページを次へと捲った。


「手記には極めて高い知能を持った媒体を用い、満月の晩に行った実験では成功することが多いと記してあるのでございます。ただ成功といっても『媒体が死ななかった』――それだけのようですが」

「と、いうと?」

「降霊が成功しても、自我が保てず発狂して自ら命を絶ってしまう、生前の記憶がない、媒体側の自我が勝ってしまうなど不完全な形での降霊だったようでございます。それでも自ら意思を持つ死者を生み出すことに成功した、と手記には記してありますが」


 媒体の肉体は降霊が成功すると魂の生前の姿――つまり人の形になったと手記には記されていた。

 どうやら相当に嬉しかったようでかなりの昂揚した文章で書き綴られているのが見て取れる。


「そしてマダラメは次の段階へと研究を進めたのでございます。それは即ち、より高い知能を持つ媒体を使う実験へのシフト――」

「高い知能……って、まさか――」

「ご想像の通りです、人間を媒体とした実験でございます」


 人体実験――そんな言葉を思い浮かべ日笠さんは息を呑む。

 はたして、古城へ時折やってくる遺跡荒らしや盗賊、学者、果ては旅人といった人間を捕まえ、マダラメはとうとう禁忌の実験を開始したのである。

 向かった者が次々と神隠しに逢う――そう噂が立ち、皮肉にも呪われた城の伝承は益々もって恐れ広まっていくことになったが。


「しかしながら使い魔ではある程度成功したものの、人間となるとまた勝手が違ったようでございます。降霊自体の成功率はかなり上がったようですが、媒体と降霊した魂の人格が競合しあったり、肉体の凄まじい拒否反応が起こって、大概の場合は廃人と化してしまうと記されております。それがおよそ十年前――それ以降の彼の手記は荒れに荒れておりますね」


 満月の夜に実施すると、降霊の成功率がかなり上がる。器となる媒体の知能が高いとさらに上がる。

 しかし降霊させた魂が媒体と適合するには、あと一歩何かが足りない。一体何が足りないのだろうか――

 手記の字もかなり乱雑な書きなぐりに変わってきているのに気づき、それを目で追っていたサイコは呆れたように双眸を細める。

 

「……あの下種野郎」


 なんて胸糞悪い話だろう。一体何人殺したというのだ。

 毛が逆立つ程の怒りをその身に宿しながら、エリコは紅玉ルビーの如く瞳を爛々と輝かせていた。


「しかしながらつい一年ほど前、マダラメの研究に転機が訪れたのでございます」

「転機とは?」


 ヒロシの問いかけに小さく頷き、サイコはつい先ほど置いた最後の手記を手に取りそれを開く。


「彼の研究に協力する者が現れたようです」

「協力者?」

「一体誰よ?」

「詳しくはわかりません。あまり詳細が書かれていないのでございます。手記には『研究に煮詰まっていた所に魔王の眷属であると名乗る男が現れ、協力を申し出てきた』――そう記されているのみです」


 日笠さんとエリコ、ほぼ同時に口を開いて尋ねた二人にサイコは小さく首を振って答えた。

 マダラメ自身が研究と僧侶のこと以外無関心であるためか、はたまた意図的に伏せているのかそれはわからない。

 だが手記の中で突如現れたその協力者のことについてあまり触れていないのである。

 サイコのその答えを聞いてエリコは途端に表情を険しくする。


「魔王の眷属……」

「同族ということで、猜疑心の強いマダラメも気を許したのかもしれませんが……とにかくそれが一年前の記録――そしてそれ以降彼の研究は劇的に進展していくことになるのでございます」


 はたしてサイコの言葉通り、それまでの停滞が嘘だったかのように、謎の『協力者』を得た彼の研究は水を得た魚の如く完成への道程を進んでいくこととなる。


「今までマダラメは降霊する魂と術を行う環境の関係性を重視して研究を進めていました。しかし現れた協力者の助言により彼は媒体側の適応性を重視した研究を行うようになったのでございます」

「んー、どういうこった?」

「媒体の降霊した魂に対する親和性や耐久性に着眼したのです」


 降霊に成功しても魂が定着せず競合を起こす原因は媒体側に問題があるのではないか――

 そう提案した協力者の意見に従い、マダラメは媒体の厳選に力を入れるようになる。

 

「手始めにマダラメが行ったのは媒体の耐久性による術の成否検証でした。即ち降霊という死霊魔法ネクロマンシーに耐えうるだけの魔力を備えた媒体を使用するといったものです――」

「魔力を備えた媒体って、魔法使いを媒体にするってこと?」

「そう考えるのが普通でございますが、どうも手記によると違うのでございます」


 そこまで言ってからサイコはほんの僅かであるがエリコを案ずるように表情を曇らせた。

 エリコはそんな彼女の表情の変化には気づかず、言葉をそこで止めたサイコに向けて不可解そうに顰め面を浮かべる。


「何よ? どうしたのサイコ?」

「貴女様は少々吃驚びっくりされるかと思いまして」

「何が?」

「手記にはこう記されているのでございます。『協力者が媒体の提供を申し出てくれたため、それに甘えることとした。媒体は三体。性別は三体とも男で風・氷・炎を使役する精霊使いシャーマンの半人半魔。およそ十年前に戦闘で重傷を負い、以後全員脳死状態だが媒体としては申し分ない魔力の持ち主だ』――」

「……ちょっと待ちなさいよ!」


 淡々と手記を読み上げるサイコの言葉を遮り、エリコは乱暴に床を叩いて叫ぶ。

 話を聞いた途端、彼女は十年前散々に苦戦した三人の強敵の姿を頭の中で思い描き、表情を強張らせつつサイコを見据えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る