その11-1 コルネット古城の死神

 コルネット古城一階。

 南通路端――

 

 しばらくの間後ろも振り返らず走り抜け、一同はようやく足を止める。

 

「ムフン、オレサマイッチバーン!」


 ケタケタ笑いながら先頭を切って逃げていたかのーはドヤ顔で皆を振り返りながら叫んだ。

 相変わらず平常運転だなこいつ――と、一番最後に到着したこーへいはぜーはー息をつきながらも呆れ顔を浮かべる。

 

「こーへい、ありがとう……」

「平気か日笠さん?」

「うん、もう大丈夫。少し動けるようになったから」


 降ろしていいよ――そう言って弱々しく微笑んだ少女ににんまりと笑い返し、クマ少年は屈みこんだ。

 日笠さんはこーへいの背中からよろよろと降りると、杖に寄り掛かりつつその場に立ち上がる。

 先刻より大分血色はよくなっていたが、本調子とは程遠い焦燥した表情だった。

 

「ごめんね、重くなかった?」

「んー、へーきへーき」


 重かった――なんて言ったらしばらく口も聞いてもらえなくなるであろうことをよく知っているクマ少年は誤魔化すように即答する。

 幸いにも少年の本音に気づかなかった日笠さんは申し訳なさそうに、そう――と返事をしていたが。


「エリコ王女……」


 と、そんな少年少女傍らで失意に沈む低い声がお騒がせ王女を呼んだ。

 ようやく息の整ったエリコは、その声の主であるヒロシを振り返ると、彼の下へ歩み寄る。


「申し訳ありませんでした。どうか……お許しを」


 眼前に立ったあるじたる女性をじっと見下ろしていた巨漢の武人はやがて潔く頭を下げた。

 エリコは怒る様子もなく、また失望する様子もなく、ただただじっとヒロシを見つめていたが、やがて拳を作りながら右手をあげる。

 そしてその右手で彼の厚い胸板を軽く小突くと、彼女はようやく穏やかな笑みを浮かべてみせた。

 

「ヒロシ、アンタの部下はここにいる。ここでアンタを見てるわ」

「……王女」

「まだアンタはカデンツァの部隊長なの。わかる? だから隊長の名に恥じぬ振る舞いをしなさい」

「勿体なきお言葉――」


 預かった部隊を壊滅させた上、一人のうのうと生き残ったのだ。

 挙句の果てに怒りに任せて勝手な行動を取った――叱責だけでは済まない失態に、彼は覚悟を決めていた。

 汚名は武功にて雪げ――だがそんな彼に向けてエリコはそう言ったのだ。

 と、武者震いする武人の肩をポンと叩き、ヨシタケも励ますように屈託のない笑顔を浮かべる。

 

「王女さまの言う通りだぜヒロシさん」

「ヨシタケ……」

「俺も三羽の黒鴉あいつらが許せねえ、兵隊さん達にゃあ散々世話になったしさ。仇討ちするなら協力させてくれ」

「……かたじけぬ」


 言葉を詰まらせ俯くと、ヒロシは声を殺して男泣きする。

 ぶっこみなら任せておけ――と、ヨシタケは青竜刀で肩をトントンと叩きながら、照れくさそうに鼻の下を擦った。


「協力はありがたいけど、さっきみたいに勝手にドンドン突き進まないでよ?」

「わーってるって。で、これからどうするつもりだ王女様?」


 閑話休題。

 ヨシタケは途端笑みを引っ込めると、通路の窓から見える外の様子を窺いながらエリコに尋ねる。

 外は曇天による暗さだけなく陽が沈んだが故にもたらされた暗さが加わって、すっかり宵闇に包まれていた。

 彼の視線を追って外の様子に気づいたエリコは、胸元から懐中時計を取り出して時刻を確認しようとする。

 だが、先刻水に落ちた際に壊れてしまったらしく残念ながらその針は止まっていた。


「二十時過ぎです」


 と、思わず舌打ちをしたエリコに向けて、腕時計に目を落としていた日笠さんが答える。

 幸いにも彼女の腕時計はまだ生きていたようだ。

 少女の言葉を聞いて、エリコは短い時間思案を巡らせていたがやがて小さく頷いた後皆を一瞥する。


「通路にいては危険ね、どこか隠れる場所を探しましょうか」

「賛成でございます。夜は不死者アンデッドが活発になる時間帯、ここは隠れて休息をとるべきかと」


 と、彼女のすぐ側面にあった両開きの立派な扉が開いたかと思うと、中からお馴染みの半目を瞬きさせながらサイコが顔を覗かせた。

 やにわに姿を現した教育係に対し、エリコは扱い難そうに渋い顔を浮かべてみせる。

 

「姿が見えないと思ったら……どこから顔出してんのよ?」

「周囲を探索しておりました。この部屋が休むになかなか良さげでございます」


 不敵な笑みと共にピースサインを突き出しサイコは答えた。

 そしてエリコの返答を待たずに彼女は扉の向こうへ顔を引っ込める。

 ここに決定と言わんばかりの行動だ。毎度思うがあいつ絶対私のこと王女と思ってないわ――

 やれやれと腰に手を当てながら溜息を吐くと、エリコはドアノブに手をかける。

 

「エリコ王女?」

「入ってみましょ」


 どのような部屋にせよ通路よりはマシだろう。

 まあ先刻のような追い込まれるような部屋は避けるべきだが――

 そう考えつつエリコは扉を押し開いた。

 と、小さな軋みをあげながら開かれた扉の向こうに現れた光景を見て、エリコは動きを止める。

 そして興味深げに口の端に笑みを浮かべた後、彼女は部屋の中へと歩んでいったのだった。

 なんだ今の彼女の表情は?――日笠さん達はお互いを見合って首を傾げたが、だがすぐに彼女を追って部屋へと足を踏み入れる。


 刹那。

 扉の向こうに一面広がっていた光景に彼等は目を奪われ固まった。


「なんだこりゃ……」


 二の句が継げずに立ち尽くす少年少女の背後から、同じく部屋に入って来たヨシタケの驚き声が聞こえてくる。

 そこは、まるまる三階階分ぶち抜いて広がる大部屋であった。

 どういう原理なのかはわからないが、蛍の光のような淡い緑の光が周囲を柔らかく照らすその空間は、カンテラの灯りがなくても視認ができる程度の明るさを保持していた。

 だがその原理不明な光もさることながら、特筆すべきはその部屋の四方を囲う、天井に迫る程に聳え立った大樹の如き本棚の存在だった。

 無論聳える棚の中には幾千、いや幾万という本が所狭しと収められているのが見える。

 例えるならば『書物の森』――

 そんな言葉が頭に浮かんできて日笠さんは幻想的な光景を眺めつつ目をぱちくりさせていた。


 一方で先に足を踏み入れていたエリコはその書物の塔本棚を見上げながら部屋の奥へと足を進める。

 この古城に似合わぬ書物の数々、一体誰が集めたのだろう――沸き起こる疑問に彼女は剣呑な表情を顔に浮かべていた。

 と――

 

「これは実に興味深い……」


 やや興奮気味の自分付の教育係の声が聞こえて来て、エリコは正面を向き直る。

 はたして、正面奥に見えた立派な書斎机の上に腰かけ、山のように積まれていた書物のうちの一冊に興味津々目を通している彼女の姿が見えて、エリコは肩を竦めてみせる。


「何読んでんのよ?」

「かなり年代物の魔法に関する書物です。実に造詣深く、しかも多岐に渡って記されておるのでございます」

「魔法? それじゃ魔導書グリモアってこと?」

「いいえ、どちらかというと実験記録に近いのでございます。中でも目を引くのは死霊魔法ネクロマンシーに関する部分。察するにこの本の著者は――」

「あの伝承に出てくる死霊使いネクロマンサー……そう言いたいの?」


 嫌悪の感情を隠すことなく露にしながら答えたエリコに向かって、彼女の教育係であるその女性はコクンと頷いてみせた。

 なるほど、ではさしずめここは死霊使いネクロマンサーの書斎といったところだろうか。

 まあ書斎と呼ぶにはあまりにも大仰な広さではあるが。

 ともあれこのスペースなら襲われても上手く立ち回りができそうだ――

 即決すると彼女はしげしげと周囲を眺めながら歩いてきていた日笠さん達を振り返る。

 

「ここで休むことにしましょう」


 彼女の提案に体力の限界に至りつつあった少年少女達は一も二もなく頷くと、途端にその場に座り込んだのであった。

 

♪♪♪♪

 

 数十分後。

 書斎――そう呼称するには広大過ぎる部屋の中央で、一行はカンテラを囲むようにして床に座り、各々楽な姿勢で寛いでいた。

 ぼんやりと揺らめく灯りを見つめながら日笠さんはパンを齧る。

 大きな音を鳴らしたかのーの腹がきっかけではじまったかなり遅い昼食だ。

 もっとも、彼女が携行していた食料はキシから逃げる際に内堀に飛び込んだせいで、全て水に濡れてダメになってしまっていたため、今食べているのはサイコからお裾分けしてもらったものである。

 よろしければどうぞ。そう言って彼女は肩から下げていた鞄から人数分のパンを取り出し皆に配っていたのだ。

 その小さな鞄によく人数分も入っていたなあと思いながらも、日笠さんは差し出されたそのパンありがたく頂戴していた。

 ちなみに、一瞬浮かべた少女の不可解そうな表情から察したエリコが教えてくれた話では、彼女の鞄は魔法道具の一種らしい。

 パーカスのカジノ大会会場で見たスポットライトのような光源を生み出す装置や、マイクのように声を拡張する装置と同じ類の道具だとのこと。

 彼女がエリコの教育係になった時からずっと携帯しているものだそうで、原理は分からないが見た目より大分色々なものを収納しておけるらしい。先刻ヒロシ目がけて投げつけていたワインのボトルもこの鞄から取り出したものだったようだ。

 けれど、食べ物以外が出てきたの見たことないけどね?――と、冗談めかしてクスリと笑いながらエリコは付け足していた。

 きっと緊張を和らげようとしてくれたのだろう。

 日笠さんはそんなエリコに感謝するように微笑んでいた。


 というような経緯から貰っていたそのライ麦パンは、まるで出来立てのようにほんのり暖かくそして柔らかだった。

 本当に不思議な道具だ。仕舞えるだけでなく、時間も止めることができるとか?――

 そんなことを考えながら日笠さんはもくもくとパンを食べる。

 魔曲の連続使用と、一日中生死の境を駆けまわったおかげで身体は限界だった。

 正直に言えば食欲も沸かないし、味もあまりよくわからない。けれど手に伝わるパンの暖かさはそれだけでありがたかった。

 それは傍らで同じくパンを齧るクマ少年とバカ少年も同様だったようで、特にかのーはガツガツとパンを頬張り、あっという間に食べ終わると意地汚くおかわりを要求していたくらいである。

 そんな食事もやがて終わると、一行は誰一人として何も話そうとせず、ただただじっとカンテラを見つめながら時を過ごしていた。


 と――

 

「伝承の死霊使いネクロマンサー……ね」


 ヒールを脱いで、右足の凍傷の具合を確かめていたエリコは徐に呟く。

 大量発生した不死者アンデッド。それだけでなく動く鎧の出現。そして極めつけはあの三羽の黒鴉トリニティ・レイヴンズの復活だ。

 今回のこの一件、まず死霊使いネクロマンサーが絡んでいることは間違いない。

 だがそれが伝承に出てくる死霊使いネクロマンサーであるとは未だに信じ難いのだ。

 これまで目の当たりにしてきた状況証拠からそう考えざるを得ないとしても、エリコはやはり納得がいかず頬杖を付きながら、小さな溜息を吐いていた。


「随分とまた渋い顔をされますね」


 淹れたて熱々の紅茶を口に運びながらサイコが尋ねる。

 もちろん紅茶は鞄の中から取り出したものだ。少しはその鞄を食べ物以外で有効活用できないものか――

 エリコは傍目でジロリとサイコを見ながら口を尖らせた。


「そりゃそうでしょ? だってありえないもの」

「死んだ者は決して甦らない。そうおっしゃりたいのでございましょう?」

「ええそうよ」


 そう。サイコの言うとおりだ。死んだ者は決して生き返らない。

 たとえ超越した力を持つ魔法という理をもってしても、命を落とした者を再び現世に甦らせることはできないのだ。

 だからこそ、彼女は納得が合点がいかないのである。

 伝承の死霊使いネクロマンサーは六百年前にこの地を訪れた僧侶によって殺されたはずだ。

 よしんばその言い伝えが紛い物であり、彼が命を永らえたとしよう。

 だとしても人は六百年も生きることはできない。とうの昔に寿命で死んでいておかしくないのだ。


「成りすましの可能性は?」

「低いのでございます。今の世にこれだけの不死者アンデッドを同時に使役できる死霊使いネクロマンサーは恐らくおりません」


 ホルン村を出発する前にチョクは言っていたことであるが、死霊魔法ネクロマンシーは魔法の中でもかなりのスキルを必要とする上級魔法である。

 また禁呪の類として忌み疎まれている魔法でもあるため、好んで使役する魔法使いも少ない。

 それ故に時代と共に死霊使いネクロマンサーを使役する者の技術も廃れてきているのが現状だ。

 数百体、いやそれ以上の不死者アンデッド達を同時に使役することができるほどの卓越した死霊魔法ネクロマンシーの使い手は恐らく現存しないだろう。

 ならばますますもって不可解だ。エリコは肩を竦めながらサイコの顔を覗き込んだ。

 

「じゃあ一体どんな手品よ?」

「やはり噂通り、伝承の死霊使いネクロマンサーの仕業であるかと」

「……だからぁ、アンタ何度いわせんの?それは無理って――」

「確かに死んだ者は甦りません」


 話が振出しに戻ってしまった――苛立たし気に語気を荒げたエリコに向かって、サイコはコトリとティーカップを皿に置くと、ゆっくり首を振ってみせる。

 やにわに彼女はにやりと口の端に笑みを浮かべ言葉を続けた。


「ですが死してなお、不死者アンデッドとしてこの世に留まることは可能です」


 不貞腐れるように眉根を寄せてサイコの話を聞いていたエリコの顔が、みるみるうちに険しくなっていく。

 彼女だけではない。日笠さん達もヒロシもヨシタケも、サイコの口から放たれた半ば信じがたい言葉に反応し、一斉に彼女を向き直っていた。


「まさか……伝承の死霊使いネクロマンサーは自ら不死者アンデッドになった――そういいたいの?」

「さようで、死霊魔法ネクロマンシーはそもそも『不老不死』を求める魔法使い達の手によって発展していった魔法でございます。その研究の途中で死者を使役する魔法が生まれました。そして彼等が突き詰めし不老不死の究極形態、それは即ち自らを不死者アンデッドへと転生させ、永遠の時を生きること」

「……リッチ?」


 なんてことだ。子供の頃、よく侍女に聞かされた御伽噺だけの話だと思っていた。まさか本当に実在するとは――苦虫を噛み潰したような表情でエリコは唸り声をあげていた。

 サイコはその通りと頷きながら、感心するように彼女へピースマークを突きつける。


「んー、なんだその『リッチ』って?」

「極めて高い魔力を持った魔法使いが、死後不死者アンデッドに転生した魔物のことよ。別名は『死神』――」

「しっ、死神?!」


 死神っていうと、ローブを羽織った骸骨がでっかい鎌を背負っているあの死神のこと?!

 聞こえてきた覚えのあるその言葉に、日笠さんは思わず素っ頓狂な声をあげて口をパクパクとさせる。

 サイコは少女に向かって先刻同様に頷いて応えると話を続けた。

 

「リッチとして転生するには、かなり高度な魔法のスキルがなくては不可能……しかし伝承に出てくる死霊使いネクロマンサーならば恐らく可能でございましょう」


 残されている数少ない文献によれば、彼は歴代の悪名高き死霊使いネクロマンサー達の追随を許さぬ類稀なる才能と底なしの魔力をその身に秘めていたという。


「そう、最高にして最悪の死霊使いネクロマンサー『ノブヒコ=マダラメ』ならば、リッチへと転生することも可能なはずでございます」


 刹那。

 サイコの口から放たれた伝承の死霊使いネクロマンサーの名前を聞いた日笠さんは、身体を襲っていた疲労も忘れ目を剥きながら彼女へと詰め寄っていた。

 あまりに唐突なその反応に、さしものサイコも思わず身体を逸らし眠そうな半目を僅かに見開く。

 

「あの……すいませんサイコさん。今言った死霊使いネクロマンサーの名前をもう一度――」

「ノブヒコ=マダラメ――でございますが?」

「……その名前は間違いないですか? 実は一文字違ってたとか、人違いだったとか! できればそうであってほしいんですけど!」


 お願いだ。間違いであってほしい、同姓同名の人違いであってほしい――

 必死の形相でサイコの手を取り、日笠さんは懇願するように口早に問い詰める。

 だがしかし。

 祈る様にじっと返答を待つ少女に向けて、サイコはゆっくりと首を振ってみせた。

 

「間違いございません。今に残る死霊魔法ネクロマンシーの文献にはどれもそう記されております故」

「……最悪だ」


 ぼそりと呟き日笠さんは項垂れた。

 よりによってあの最低のストーカー少年をモデルとした人物が出てくるなんて。

 舞ちゃん、これは笑えないよ。てか何であなたはあいつのことを知ってるの?

 もしかしてカッシーが話したの? ねえカッシー、嘘だよね? よりによってあんな最悪な出来事を五歳の子に話したの?

 こうしちゃいられない。一刻も早くカッシー達と合流しなくては。

 もし死霊使いネクロマンサーが名前だけでなく、その性格も癖も嗜好も斑目とそっくりだったとしたら大変なことになる。

 特になっちゃんが心配だ。もし彼女と奴が会ったりしたら、それこそどうなってしまうか分かったものではない。

 あの事件はきっと彼女にとってトラウマだろうし――


「マユミちゃん、どうしたの?」

「大丈夫ですかマユミさん?」

「……すいません取り乱しました。なんでもないです」


 急に様子を一変させた少女を、憮然とした表情で眺めていたエリコとヒロシが彼女の身を案じて声をかける。だが日笠さんはゆっくり顔をあげると、二人に向けて首を振ってみせた。

 そして今にも泣きそうな表情でこーへいを振り返る。

 珍しく険しい表情を浮かべ眉根を寄せていたこーへいはその視線に気が付くと、咥えていた煙草をピコピコと上下させながら小さく頷いてみせた。

 おーい、こりゃマジでやべーな?――と。やはり名前を聞いてピンときたようだ。

 その傍らですっかり忘れていたバカ少年はどっかで聞いた名前ディスネ――と、首を傾げていたが。


「マユミさん、もしや貴女様は、マダラメのことをご存じだったのでございますか?」

「いえ……ごめんなさい早とちりでした。気にしないで下さい」


 舞の絵本の世界とリンクしていること、そして自分達の知る人物がモデルとしてこの世界にいること――それを話した所で余計に混乱させるだけだ。日笠さんは誤魔化すように苦笑をすると慌ててサイコの手を放していた。

 そんな少女をサイコは訝し気に見つめていたが閑話休題、彼女は一行を向き直り再び話を続ける。

 

「とにかくリッチとなった死霊使いマダラメを倒さない限り、不死者アンデッドの群れが村を襲うのをやめることはないでしょう」

「でもサイコさんよぉ、一つわかんねーことがあるんだけどさ」


 腕を組みじっと話を聞いていたヨシタケが不可解そうな顔つきでサイコを向き直る。

 

「なんでございましょう?」

「なんでその……あー、マダラメだっけか? そいつは今になって突然村を襲いだしたんだ?」


 六百年前に死んだのなら、大分前にリッチになっていたはずだ。

 にも拘らずこの六百年間、弦管の戦争には巻き込まれたものの、それ以外は特に何もなくホルン村は平和そのものだった。それが何故今になって突然不死者アンデッドを操って、再び村を襲い始めたのだろうか。

 どうにも腑に落ちないと言いたげにヨシタケは上半身をサイコへと乗り出しながら尋ねた。

 

 貴方様にしては中々鋭い質問です。感心したのでございます――

 と、問いを受けたサイコは、嬉しそうににやりと笑みを浮かべると、すくりと立ち上がる

 

「残念ながらその理由はわかりません。なのでこれから調べてみようと思います」

「調べる?」

「さようで。この書斎にある書物の中に、何故今になってマダラメが動き出したのか? その理由が記されているかもしれません。ですので少し調べて参ります」

「ちょっとサイコォ?」

「皆様は先にお休みになられてくださって結構です」


 そう言って踵を返すと彼女はテクテクと本棚の一画に向かって歩いていってしまった。

 残った一同はしばらくの間離れていく彼女の姿を見つめていたが、やがてお互いを見合って目線で確認を取り合う。

 さてどうするか?――と。

 

「休みましょう」


 明日もきっと戦いは続く。極限の緊張もきっと続く。

 今は少しでも休息をとっておくべきだ。

 言うが早いがエリコはその場に寝転がり、欠伸をしながら背を伸ばした。


 彼女のその言葉に、疲労のピークに達していた一同が反対するはずもなく。

 冷たく固い床であるにも拘らず、横になった彼等はたちまちのうちに眠りの世界へと旅立っていったのだった。

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