第四章 生か死か

その10-1 死中求活

コルネット古城二階

南西の倉庫前――


 完全に袋の鼠と化した彼等に向けて、こじ開けられた入口から鎧の軍団が突撃チャージを開始する。

 どうしよう、逃げ場がない!

 日笠さんは手に持つ杖をぎゅっと握り、青ざめながらその軍団を見据えた。

 刹那、彼女の脇から獲物を狙う獅子の如く、大きな影が飛び出す。

 

「ふんっ!」


 勢いよく床に踏みこんだその脚が地震と見紛う揺れを生みだす中、丸太のような剛腕が先頭を駆ける鎧の胴にめり込んだ。

 インパクトの瞬間、回転伴って放たれたヒロシの正拳突きは、捻じ切るようにして鎧の胴を穿つ。

 カウンターでその一撃を食らった動く鎧は、真後ろに続いていた鎧の軍団を巻き込みながら勢いよく吹っ飛んで行った。

 一拍置いて、部屋の外から金物がばらけ散る破壊音が聴こえてくる。

 と、構えを解かず鎧の軍団へ睨みを利かせるヒロシの頭上を飛び越え、青竜刀を振り上げたヨシタケがさらに迫撃を繰り出した。


「だありゃああーーっ!」


 気合いの入った叫び声と共に振り下ろされた青竜刀の分厚い刃が、彼の目の前に立ち尽くしていた鎧の一体を斬るのではなく叩き潰す。

 膝から崩れ落ちたその鎧を捨て置いて、間髪入れずにヨシタケは通路へと飛び出した。

 

「うおっしゃあーっ! 燃えてきたぁーっ!」


 両手で握りしめた青竜刀をまるでバットの如く大振りし、ヨシタケはすぐ近くにいた鎧の頭を吹き飛ばすと、よろめきながらも次の獲物へ狙いを付ける。

 獣のような咆哮をあげ、彼は通路を支配する鎧の集団に飛び掛かった。

 やにわに正面に立ち塞がるようにして武器を構えた鎧二体に向け、ヨシタケは一回転すると全身の体重と勢いを乗せた青竜刀を繰り出す。

 金属が引き千切れる不快な甲高い音と共にその二体の鎧達が吹き飛び、床に打ち付けられてバラバラになった。


「かかってこいやオルァァ!」


 血走った眼をギョロリと剥いて鎧達へ叫ぶとヨシタケは特攻を開始する。

 なんというめちゃくちゃな戦い方だろうか。

 まさに『喧嘩上等』――型や技などない荒く豪快な戦法で鎧の群れを蹴散らしていくヨシタケを見てエリコは感嘆の息を漏らす。

 これは勇猛果敢というよりか猪突猛進だ。無謀な単騎駆けは褒められたものではない。

 だが彼のおかげで鎧の囲みが解けた。今が好機チャンスだ。


「みんな通路へっ! 脱出よ!」


 エリコの言葉に従って一同は通路へと飛び出すと、お互いの背中を庇うようにして武器を構える。

 暴走青年の果敢な特攻ぶっこみによって、動く鎧達の陣形は乱れ始めたようだ。

 追い詰めたはずの獲物の予想外の反撃に浮足立っているようにも見て取れる。

 既に通路にヨシタケの姿は見えなかった。単身奥まで斬り込んでいったようだ。

 先の通路からひっきりなしに響く金属が叩き割られる甲高い破壊音と、飛び散る鎧の破片が見えて、こーへいは呆れたように咥え煙草をプラプラとさせる。

 おーい、あっつい人だな?――と。

 しかしこの数相手に一人でいつまでもつか、このままでは彼が危うい。

 エリコは面倒くさそうに舌打ちする。


「たくっ、あいつ何考えてんのよ?」

「あの青年は頭に血がのぼると、どうも周りが見えなくなるようでございます故」

「仕方ないあの脳筋を追うわよ!」

「エリコ王女、後ろっ!」


 と、日笠さんが目を見開いて叫ぶと同時に、お騒がせ王女は持ち前の反射神経で身を捻り、上体を反らしていた。

 一瞬後に彼女の真横から飛び出した両手剣バスタードソードの切っ先がその鼻先を通過する。

 避けきれなかった彼女の明るい茶髪が数本切断されて宙を舞う中、エリコは紅く輝きだした瞳で傍らに迫ったその鎧を睨みつけた。

 だが地が揺れたかに感じると同時に、両手剣を肩越しに構え直したその鎧の姿が勢いよく真横へ吹っ飛ぶ。


「王女、お怪我は?」


 代わりに彼女の視界に現れたヒロシが太い眉を寄せながら身を案じて尋ねた。

 先刻同様、地が震える程の踏み込み当時に放たれた彼渾身の体当たりが鎧を吹き飛ばしたのである。


「ありがとう、助かったわ」

殿しんがりはお任せください。ヨシタケに続き包囲の突破を!」

「わかった、任せたわよ」


 ズン――

 

 返事の代わりに巨漢の脚がどっしりと床を踏み鳴らす。

 視界の端で移動を開始したエリコ達を確認し、ヒロシは徒手空拳構え直すと動く鎧の群塊を睨みつけた。


「こいっ!」


 気焔万丈放たれたその挑発に、中身無き鎧達は一斉にヒロシへ襲い掛かる。

 ガッシャガッシャと音を鳴らし先頭を切って彼へ近づいてきた鎧の一体が、手にした斧を振り下ろした。

 鈍くそして遅い――未だ武の頂を目指す男は、鎧が放ったその一撃を見極め半身をずらして躱すと、そのまま懐に潜り込む。


「せっ!」


 再び通路が揺れた。

 中国武術の『震脚』に似た凄まじい踏み込みと共に放たれたヒロシの大きな背中が、中身のない鎧の胸部に激突する。

 刹那、先刻同様その背後に続いて迫っていた数体を巻き込み、まるで大型車両に跳ねられたかの如く、鎧の集団は通路の奥へと吹っ飛んでいった。

 武人は攻撃の手を緩めない。

 吹き飛んでいった仲間を振り返り、一瞬動きを止めた残りの鎧達目がけて彼は詰め寄った。


「はあっ!」


 床を蹴ったその巨体が鎧の横腹へ肘を放つ。

 真横へ吹き飛ぶその鎧の脇をすり抜け、ヒロシは続けざまに掌底を打ち込んだ。

 一気に三体の鎧が巻き込まれて吹き飛び、壁に激突してバラバラになる。

 

「ここから先は生者の路、一歩たりとも先へは行けぬと思え不死なる者達よ」


 死線に立った武人の気迫に、悲鳴のような軋みをあげて鎧達が動きを止める。

 いざ、死中求活相見えん――腰を落として構えるとヒロシは残った鎧の群塊へ飛び掛かった。

 

♪♪♪♪


「オラァ! 次はどいつだ!? かかってきやがれええっ!」


 血走った眼で見栄を切りながら、ヨシタケは半笑いを浮かべ目の前を遮る鎧の群れを掻き分けていく。

 思いっきり青竜刀を横薙ぎしたかと思うと、次はケンカキック、そして続けざまになんと鎧相手に頭突き――

 本能のままに繰り出される獣のような攻めの一手により、彼の背後にはまるで十戒の如く道が出来上がっていた。

 だがしかし。

 そんな勇猛果敢な青年の特攻にも陰りが見え始める。


「っだっりゃあああーっ!」


 気合一閃、振り下ろされた暴走青年の青竜刀が甲高い剣戟の音色を立ててついに動きを止めた。

 青年の身長程もある無骨な大剣によって。


「あ゛あ゛んっ!?」


 誰だコノヤロウ?!――

 額に青筋を作りヨシタケはその大剣の主を見上げると、怯むことなく鎧の軍団の長である大鎧に向かって睨みを利かせガンつける。

 胸に未だ刺さる投げ斧トマホークをそのままに、大鎧はヨシタケを押し潰そうと大剣に力を籠めた。

 途端に青年の身体に万力のような力が圧し掛かる。


 膝が軋む。自分の倍ほどもある大鎧の無慈悲な殺意がヨシタケを仕留めようと容赦なく襲う。

 それでも彼は退かない、媚びない、顧みない。

 デカ物? それがどうした? よくも村を! よくも菅国の兵隊さん達を!

 てめえらだけは絶対に許さねえ!――


「うおっしゃーっ! 上等だぜえええーーっ!」


 血管がブチ切れそうなほどに顔を真っ赤にしながら、ホルン村一熱い血潮を持つ漁師は叫ぶ。

 気合と根性、そして溢れるばかりの怒りを全身に漲らせ、彼は両手で青竜刀を押し返した。

 しかし、気合いだけではどうにもならない戦況が、途端に彼に向けて死の宣告を告げだす。


 動きを止めた青年を鎧達が囲み始めたのだ。

 こいつはやべえ――

 周囲に迫る鎧の気配を感じながらも、大鎧の剣を受け止めるのに精一杯であるヨシタケは、しくじったと歯を食いしばる。

 騎士道精神など皆無である感情なき死者の軍団は、当然ながら果敢にも一人挑んできた熱き魂の青年を称えて待つことなどなく――

 今が好機とばかりに手にした武器を振り上げヨシタケに襲い掛かった。

 

 だが刹那。


「奏でよ玉薬の音を、虚空を裂いて我に仇なす者を貫け――穿て! 聖なる弾丸っ!」


 背後から聞こえてきた謳うような詠唱と共に、一瞬視界が眩く光り輝いたかと思うと、ヨシタケを囲んでいた鎧達は一斉にその場に崩れ落ちた。

 青年を助けようと放たれた、無数の光の弾丸によって全身に無数の穴を空けながら。


 なんだ? 一体何が起きたのだ?――

 突如活動を停止した配下達に気づき、大鎧は兜の奥の紅い光を点滅させた。

 はたしてその命なき紅眼に映ったのは、こちらへと杖を翳す少女の姿。

 奮い立たせた勇気で恐怖を必死に押し殺しながら、彼女はその双眸を逸らすことなく大鎧へと向けていた。


「もうだめ……あとは任せたから」


 本日三回目の魔曲。流石に精神力の限界だった。

 どっと噴き出した汗をそのままに、日笠さんは杖に寄り掛かるようにして床に蹲る。

 

 と――


「日笠さんナイスだったぜー?」


 何とも場違いなのほほん声が聞こえて来て、大鎧は自らの懐を見下ろした。

 一瞬少女へと向けた注意の隙を狙って潜り込んでいたクマ少年は、自分に向けられた紅い光に向けてにんまりと笑ってみせる。

 この巨躯を『投げる』のは無理だ。だが『崩す』ことならお手の物――

 刹那、大鎧の踏みしめられた右足目掛け、こーへいの重心を見定めた出足払いが放たれる。

 掬い取るように繰り出されたクマ少年の技が大鎧の右足を滑らせ、その巨体がガクンと傾いた。

 途端全身を押し潰すように掛かっていた大剣の重圧が消えて、ヨシタケは後方へ低く跳躍する。

 

 連携攻撃はまだ終わらない。

 

 片膝をつき、体勢を立て直そうとした大鎧目掛けて大蛇が迫る。

 空を割いて放たれたエリコの鞭は大剣を杖代わりに起き上がろうとしていた大鎧の兜に巻き付いた。

 両手でしっかりと鞭の柄を握り締め、彼女は釣り上げるようにしてそれを手繰り寄せる。

 まさか!?――と、大鎧が慌てて両手を兜に伸ばした時はもう遅かった。


「ふっ!」


 ピンと張った鞭が撓ると同時に、軋みをあげて兜はもがれる。

 大物いただき♪――ニヤリとほくそ笑むお騒がせ王女を、宙を舞う兜の紅い双眸が恨めし気に見つめていた。


 それが大鎧の観た最期の光景となる。

 

「ドゥフォフォフォー! カブトとったドー!」


 やにわに『頭上』から聞こえてきた喧しい程のケタケタ笑いと共に兜の隙間に乱暴に棒が侵入した。

 とどめの隙を狙って宙へと躍り出たバカ少年の奇襲が成功したのだ。

 途端に兜は落下のベクトルを真下へと変え、床へと迫る。

 やめろ! よせ! そんなことをしたら!?――

 紅い双眸が慈悲を乞うように点滅したが、その光にバカ少年が気づくわけもなく。


 グシャリ――と。

 何かが潰れた音が聞こえたかと思うと、かのーの全体重を乗せた棒は、床とサンドイッチにするように兜を串刺しにしたのだった。

 刹那、頭部を探すようにわたわたと諸手を振り回していた大鎧の胴体がピタリと動きを止め、地響きを立ててその場に倒れる。

 それを皮切りに、周囲でいくつもの倒壊音が響き渡った。

 残った鎧達がその活動を停止しその場に崩れ去ったのだ。

 どうやらこの大鎧が周囲の鎧達を使役していたらしい。

 

 やれやれなんとかなった――再び通路に静寂が戻り、エリコは油断なく周囲を警戒しながら鞭を手繰り寄せた。

 だがしかし。

 

「へっへ、やるじゃあねえか王女さんよぉ」


 途端に聞こえてきた脳筋青年の笑い声により、彼女は不機嫌そうに顔を顰める。

  

「アンタもう少し頭使いなさいよ。一人で突っ込み過ぎ。無謀もイイトコでしょ?」

「わりいな、これしか戦い方を知らねえんだ」


 悪びれる様子もなく、ヨシタケは鼻の下を擦りながらそう言って清々しい笑顔を浮かべてみせた。

 だめだこいつ――眉間をカリカリと掻きながら、エリコは深い溜息を吐く。

 だがこの青年の勇敢さに助けられたのも事実だ。まあ今回は良しとしよう。

 彼女は気を取り直すと、苦笑を浮かべながらヨシタケの顔を覗き込む。


「周囲を見て戦う癖を付けなさい、でないと早死にするわよ?」

「わかった努力するよ」

「やはりこいつが制御コントロールしておりましたか――」


 と、散らばる鎧の残骸をひょこひょこと避けながらサイコがやってくると、彼女は倒れた大鎧を見据え両目を細めた。

 この鎧の集団を統制している個体がいるはずでございます。狙うならその個体のみ、周囲と動きの違うその一体を探すのでございます――

 一人突っ込んだヨシタケと合流するために道を駆ける最中、彼女はそうエリコに示唆していたのである。

 

「アンタよく知ってたわね」

「前に書物で読んだことがございました故」

「書物? なんで死霊魔法ネクロマンシーの本なんかを?」

「別のことを調べている際に成り行きで――」

 

 そこまで答えてから、サイコは二人の傍らを通過すると、床に転がっていた大鎧の兜の前に屈みこむ。

 そして兜の前面を開けて中に手を入れると、ピクリと眠そうな半目を僅かに見開いた。

 やにわにサイコは手を引き抜く。

 彼女の手に摘ままれていたのは、かのーの棒によって潰されたとある昆虫の死骸であった。


「おーい、なんだそりゃ? 蜘蛛か?」

「さようで。見事な死霊魔法ネクロマンシーでございます……」


 大鎧の胴体に刺さっていた投げ斧を、丁度引き抜いていたこーへいは、緑色の体液を滴らせる大きな蜘蛛をじっと見つめていたサイコに気づき、眉尻を下げる。

 

「何よその蜘蛛?」

「媒体です」

「媒体?」


 訝し気に尋ねたエリコに向かってコクンと頷くと、サイコは蜘蛛を投げ捨てた。

 そこで二人は会話を中断する。

 通路の奥に新たに蠢きだした複数の影に気づいて。


 新手か? きりがないわね――

 エリコはその影に気づくと、辟易したように溜息を吐いた。

 と、そこに殿しんがりを務め終えたヒロシが駆け寄って来る。


「王女、ご無事ですか?」

「おかげさまでね、そっちは?」

「問題ありません、ですが――」


 彼も近寄ってくる影に気づいたようだ。途端に全身に闘気を漲らせヒロシは低く腰を落とすと臨戦態勢に入った。

 やや遅れてヨシタケも面倒くさそうに舌打ちすると肩に担いでいた青竜刀を構える。


 ややもって通路の奥から低い呻き声が聞こえ始めた。

 同時に周囲に漂いだした何とも言えない臭い。

 こーへいに助けられてようやく立ち上がった日笠さんは、鼻腔を刺激するその臭いに思わず眉を顰めた。


 やがてその『新手』の正体が鮮明になる。

 緩慢な動作でのそのそとこちらに向かってきたその集団は骸骨兵スケルトンでもなく、動く鎧でもなく、『辛うじて』人の形をしていた。

 だが、その身体から生気は感じられず、何も映していない濁った瞳は虚空を彷徨っている。

 歩く度に腐食した関節部分が水っぽい音を立てて床に体液をまき散らし、その度に酸鼻極める腐臭が濃厚になっていった。


 新たに彼等の前に姿を現した不死者アンデッドの集団。

 それは生ける屍。

 

 

 ――ゾンビの大群だった。

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