その9-2 感謝してあげる
同時刻。
コルネット古城 北通路―
通路を黙々と歩いていたカッシーはふと足を止め、背後を振り返る。
そして薄暗い通路を一頻り凝視した後、彼はポリポリと頭の後ろを掻いた。
「柏木君?」
「何でもない」
突然足を止めた少年に気づいて、東山さんが不思議そうに呼びかける。
しかしカッシーは小さく首を振って彼女に答えると再び歩き出した。
―小僧、気づいたのか?―
「ん?」
腰の妖刀が追って彼に問いかける。
何がだよ?――と、カッシーは視線を時任へ向けた。
―一瞬だが大きな妖気が噴出した。この真上だな―
「んなもん感じとれてたまるか」
―じゃあさっきのあの動きはなんだ?―
明らかに何かを感じての反応だった。
憮然とした面持ちでそう答えたカッシーに対し時任はさらに尋ねる。
「……ただ何となくだっつの」
少年は答えた。
誇張も何もない、そのまま感じた通りの言葉だった。
そう。ただなんとなく『聞こえた』気がしただけだ。
姿を消した微笑みの少女の助けを求める声が。
もちろん気のせいだった。振り返った先に見えたのは薄暗い通路だけだった。
だがここの城に来てからなんだか妙に勘が冴える。
それだけは確かだ。
さっきの
こりゃ一体なんだ? ナマクラの力だろうか。それとも自分が少しは強くなったから?――
と、そこまで考えてからカッシーは口をへの字に曲げて考えるのをやめた。
考えても埒があかないし、たまたま偶然が重なっただけだろう――
心の中でそう結論を出し、我儘少年は顔を上げた。
彼の自問自答をなんとなくだが読み取った時任が軽い笑い声を放つ。
と――
黙々と先頭を歩いていた柿原の足が止まる。
傍らにいたなつきもだ。
そこは北の通路の途中だった。周囲に特に変わった様子はない。
にも拘らず足を止めた二人をカッシーと東山さん、そしてチョクは怪訝そうに見つめる。
そんな彼等に構わず、柿原は壁に手を当ててごそごそと何かを捜すように表面を撫で始めた。
「柿原君、どうしたの?」
「んっとー、確かこの辺にスイッチが――」
「スイッチ?」
「そっ、隠し通路のね」
あったこれこれ♪――
東山さんの疑問に答えると同時にそのスイッチを見つけた柿原は、やにわに壁についていた右手をぐっと押した。
刹那。彼が立っていた場所から一人分右側の壁が、振動音を立ててスライドしていくと、ただの壁だったその場所にぽっかりと真っ暗な空間が現れる。
こんな所に――壁の向こう側に続いていた薄暗い通路に目を凝らし、東山さんは感嘆の声をあげていた。
と、なつきと柿原は慣れた足取りで中に入ると、ぽかんと立ち尽くすカッシー達を振り返る。
「早く入んなよ、なにぼーっとしてんの?」
せっつくように三人を一瞥しなつきは人差し指でちょいちょいと招いた。
カッシー達はお互いを見合った後、そそくさと中へ続く。
全員が中に入ったのを確認すると、柿原は通路の内壁に備え付けられていた鎖の付いた鉄の輪を握りそれを引いた。
再び壁がスライドし、隠し通路を塞いでいく。
ズン――と、音を響かせ壁が完全に閉まると、途端闇がカッシー達の視界を遮った。
だがそれは一瞬であった。
やにわに仄かな灯りが両脇の壁に点灯し通路を照らす。
壁に掛けられていた燭台に自然に火が灯ったのだ。
その灯りの下に現れたのは、少年が想像していた真っ直ぐな『通路』ではなく、一人がやっと通れるほどの『螺旋階段』だった。
カッシーは思わず驚きの声をあげながら、階段の先を見上げる。
等間隔に壁に備え付けられた燭台の灯りは頭上へと続いていた。
奥は降り頻る雨のせいか心なしか湿っていてカビ臭い。
「これはまた……驚いたっスね」
勝手に点灯したこの燭台ははたしてどんなギミックなのだろう――チョクは興味津々といった顔つきでしげしげと燭台を眺めながら呟く。
と、そこで柿原は安堵の表情を顔に浮かべ、ほっと一息つくや否や、途端満面の笑顔になるとカッシーの顔を覗き込んだ。
「あー緊張したあ。でもここまでくればもう大丈夫かな。ほーんとびっくりしたよ、だって伯爵が「誰かが禍々しき紅き炎と戦っている(キリッ)」とかいうから、もしかしたらヒロシさん達とか思って行ってみたら、戦ってるのカッシー達なんだもん! えーっ、なんでー!? なんでカッシー達がここにー!? とか思ってたらでっかいネズミに追われてるしさ。それにして久しぶりだよね~、カッシーも委員長も元気だった? あれからもう一月半以上だっけ? 僕もう二度とみんなと会えないと思ってから本当に嬉しいよ! でもなんでこんな所にいるの? カッシー達もしかしてずっとここにいたの? だとしたら凄くない? よくこんな化け物だらけの所で一月以上も生き延びることができたねー! なーんてそんなわけないかー! んじゃどこから来たの? 何しに来たの? あ、それとそこの眼鏡のオジさんはどこのどなた? え? 僕たちこそなんでここにいるのかって? ここに住んでたのって? 違うちがーう、そんなわけないじゃーん。あのね、僕たちはさーこの城の近くのホルン村っていうところに――」
「やかましいわこのボケっ!」
相変わらずのマシンガントークだ。
まったくこいつほんと変わってねえな!――
顔がくっつく程にすり寄って来たかと思えば、いきなり抱き着いてきて話し始めた柿原の顔をぐいっと強引に引き離し、カッシーは彼を睨みつける。
そんな二人のやり取りを呆気に取られてチョクは眺めていたが。
「うっさい柿原ぁ! ギャーギャー騒いで見つかったらどうするつもり?」
「もーなつき怖いなあ。久々に仲間と再会できたんだから少しくらいは大目にみてよ」
「黙れこの騒音発生器。それ以上騒ぐならあんただけ外にほっぽりだすよ?」
「はいはーい、わっかりました~♪」
と、たちまちのうちに音高最凶の少女の一喝を受け、柿原は慌ててカッシーから離れると、てへぺろ――と全く反省のない笑い顔を浮かべる。
やれやれと溜息を吐き、だがすぐに気を取り直すとなつき懐かしそうにカッシー達を見渡した。
「久しぶり二人とも。元気だった?」
「おかげさまでな。なつきも相変わらず元気そうじゃん」
「でもその恰好、どうしたの?」
と、二人も久々の再会を喜ぶように笑いながら彼女の言葉に息災の言葉を返す。
だがそこで東山さんはなつきの着ている服に気づき、眉間にシワを寄せて尋ねた。
明るい茶髪をサイドテールにしたコギャルメイクのその少女は、見慣れた派手なキャミソールとデニムショーツではなく、ホルン村で見かけた
ついでに言えば、柿原も見習いの修道者が着るという黒の修道服と荒縄を腰に巻いていた。
「あなた達悔い改めでもしたの?」
「あーその、成り行きってやつ? 着てた服ボロボロになっちゃったからさ」
「キクコさんに借りたんだけどこれしかなくてさ。あ、キクコさんっていうのはね、ホルン村の村長さんでー僕たちを助けてくれた――」
「――知ってるからいい。てかお前はちょっと黙っててくれ」
また怒涛のマシンガントークが始まりそうな気配を察知して、カッシーは釘を差した。
先手を打たれた柿原はつまらなそうに口を尖らせ肩を落とす。
「ま、ちょっと地味だけど中々似合うっしょ? それに
「どこの世界に厚底サンダルのシスターがいるんだっつの……」
ちらりとなつきの足元に見えた裕に十センチは底上げされたど派手なサンダルを見ながらカッシーは顔に縦線を描いた。
どうやら靴だけは変わっていないようだ。
「あんた達だって似たようなもんじゃん。何よその服、どっかの騎士様にでもなったつもり?」
「うっ、仕方ないだろ。こっちだって成り行きで断り切れなかったんだっつの」
むっと顔を顰め問い返してきたなつきに対し、カッシーはしどろもどろになりつつ反論する。
まあ騎士様になったつもりじゃなくて、実際なっちゃったのだけど――話を聞きつつ東山さんは心の中で呟いていたが。
「てかあんたらさ、こんな所で何やってんの?」
「何って、お前らを探しに来たんだよ」
「うちらを?」
「ええ。ホルン村に行ったらあなた達がこの城に向かったって聞いて、それでここまで追って来たの」
と、カッシーと東山さんはこれまでの経緯を簡単に話始める。
この世界にどうして飛ばされたのか、どうすれば元の世界に戻れるのか、そしてそのために仲間を捜してここまでやって来たこと――
話を聞き終えたなつきはしばしの間狐に摘ままれたような表情でぽかんとしていたが、やがて殺気の籠った舌打ちを一つして拳を握りしめた。
いつかあの会長ぶん殴ってやる――と。
「なるほど、あの頭のおかしい会長の仕業とは薄々思っていたけど、やっぱりそうだったとはね」
「あー……それについては否定しない」
「まあそれは置いといて、つまりあんたらはこの眼鏡のオッサンとトランペットのはっちゃけ王女様と一緒にうちらに会いにここまで来たと」
「オ、オッサン……」
俺、一応ギリギリ二十代なんスけどね――
またもやオッサン呼ばわりされてとほほ、とチョクは溜息を吐く。
しかし無粋にその事を突っ込んで話に水を差そうとしない所は、流石は大人である。
対して傍若無人にオケの頂点に君臨する
「カッシー、あんたも物好きだねー」
「はあ?」
「今この付近一帯がどういう事になってるかキクコさんから聞いたでしょ?
「お前が言うなっ、この我儘コギャル!」
「でも結果としてまゆみ達と逸れちゃってるじゃん」
「うっ……」
「さっきの
「ぐっ……」
「わかってんの? あんたらはただの高校生なんだから無茶しちゃダメだって。大人しくうちらに任せてホルン村で待ってればよかったのに」
「あのな――」
大体お前がはっちゃけてこの城に乗り込んでなけりゃ、俺達だってこんな化け物だらけの古城に来る必要なかったっつの!
なんだこいつ、相変わらず腹立つ奴だな。やっぱり助けにこなけりゃよかった。――額に青筋を浮かべてカッシーはなつきを睨みつける。
だがそんな我儘少年の怒りの視線を軽くいなし、なつきは少しだけ嬉しそうに微笑むと、踵を返して螺旋階段を登り始めた。
「まあいいわ、とりあえず感謝してあげる。ありがとうね、
「お、おいまてよなつき。どこ行く気だ?」
「続きは隠れ家に戻ってからにしよ、阿部と亜衣ちゃんが待ってるしね」
聞こえてきた少年の問いかけになつきは歩みを止め、ひょいっと上から顔を覗かせて返答する。
自分のパートの後輩の名前が聞こえて来て、途端東山さんは心配そうになつきを見上げた。
「亜衣ちゃんは元気?」
「私が護ってんのよ? あったりまえでしょ!」
いいからついてきて――
得意満面でそう言い返してなつきは東山さんを手招きすると、再び階段を登っていった。
やれやれと東山さんは苦笑するとカッシーを振り返る。
少年は未だ収まらぬ怒りを鼻からフンと吹き出しながら憮然とした表情で階段の上を見つめていた。
「くっそ……あいつはほんと可愛くねえ――」
「まーまー、カッシー許してあげてよ。ああ見えてなつき、結構嬉しいんだと思うよ?」
「はあ? あれのどこがだ!」
「久々に笑ってた」
「へ?」
「ここに来てから、彼女の笑ったところ見た事なかったから――」
と、食い気味に突っ込んだ我儘少年に向かって、柿原はまるで自分のことのように嬉しそうに答えた。
乗り込む前は、死神なんて私がこてんぱんにしてやるからまあ見てなさい――と意気揚々と強気に笑っていた。
けれどこの城に来てから、彼女の表情は日を追うごとに強張り、険しくなっていった。
常にピリピリしていて、声を荒げることも多くなった。
そしてとうとう彼女はまったく笑わなくなったのである。
無理もない。この三日間、常に『死』と隣り合わせだった。
一歩間違えば誰かが死んでいてもおかしくない場面が幾度もあった。
自分が率先して仲間を護らなければならないという重圧は、彼女の中で日に日に増していたのだろう。
見かけも言動も軽いが、ああ見えて人一倍責任感の強い少女である事を、柿原はよく知っている。
そしてだからこそ。
孤軍奮闘していた所に駆けつけてくれた、
彼女自身も気づかぬうちに無意識に見せていたあの笑顔には、様々な気持ちが籠っていたのである。
だがそれを素直に表現出来る程、悠木なつきという少女は器用ではないのだ。
「だからさ、今回ばかりは勘弁してやってよカッシー」
「……くそっ、わかったよ」
まったく素直じゃないな、あのコンミスも――
自分を棚に上げてそんな事を考えながら、カッシーは頭をガシガシと掻くと諦めたように深い溜息を吐く。
「そちらの眼鏡の『お兄さん』も……あー、えっと名前なんでしたっけ?――」
「ナオト=ミヤノです。チョクって呼んでください」
「チョクさん。さっきはうちのコンミスが失礼しました」
なつきの代わりにぺこりと頭を下げた後、柿原はチョクの顔色を窺うように顔を上げる。
チョクは眼鏡を押し上げ、ニコリと笑いながら首を振ってみせた。
「礼を言うのはこちらの方ッス……あー――」
「柿原って言います。あ、直樹って下の名前で呼んでくれてもいいですよ?」
「ではカキハラ殿。我等管国の民を護ってくださったこと、女王に代わりお礼申し上げます。本当にありがとうッス」
一歩少年の前に歩み出て頭を深く下げながら、チョクは心の底からの謝辞を述べた。
きょとんとしていた柿原は、ややもって照れ臭そうに苦笑しながらぽりぽりと鼻の頭を掻く。
「いやーあはは、なんか改めてそう言われると照れるなー♪ いや実は僕大したことしてなくて、ホルン村でもこの城でも大体なつきが率先して戦ってたんだよねえ。あ、でも僕の妹にはお礼言ってあげてください。亜衣って言って、僕に似てめちゃくちゃ可愛い妹なんですけど、亜衣はなつきと一緒に一生懸命頑張ってたので! だからチョクさんからお礼言ってもらえるとすっごい喜ぶと――」
「柿原君、その辺にしてね?」
ちょっと褒めるとすぐこれなんだから――
またもや暴走を始めた柿原に向けて、眉間にシワを寄せまくった笑顔を浮かべると東山さんは言った。
「ちょっとあんたら何やってんの? 早くこっち来なよ」
と、階段上からなつきの催促する声が聞こえて来て一同は振り返る。
自分の話をされているとは気づかない少女のその声は、童顔少年が先刻言った通り、どことなく明るさが感じられた。
「ま、続きは歩きながらってことでいい? 案内するからついてきてよ」
柿原はそう言って階段を上り始める。
カッシー達もその後に続き、螺旋階段の中にその姿を消していった。
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