その8-1 どうなったの? どこにいるの? 答えなさい!

 カチカチとライターを鳴らしこーへいはカンテラに再び火をつける。

 死が支配するこの古城の中に再び灯った、生命を象徴するようなその火の揺らめきを眺め一同は僅かに安堵の息を漏らした。

 薄暗かった部屋がぼんやりと光に照らされ各々の顔が鮮明になる。

 改めてお互いを一瞥した彼等は喜怒哀楽入り混じった様々な感情を顔に浮かべていた。

 クマ少年はそんな一同を見渡した後、近くにあった木箱の上にカンテラを置くとその傍らに腰を落とす。


 しばしの間沈黙が続いた。お互いの出方を探るような気まずい沈黙。

 日笠さんは部屋の隅にちょこんと体育座りをして皆の様子を窺う。


 こーへいは湿ってしまった煙草を引き続き乾かそうと、革袋からだして木箱の上に並べていたし、かのーは相変わらず何を考えているかわからない顔付きで、壁にもたれかかってぼーっとしている。

 『お気楽極楽』と『本能の赴くままなんも考えていない』この二人の少年は平常運転のようだ。

 エリコはというと、近くの古い椅子に足を組んで頬杖を付きながら、不貞腐れたように口を尖らせていた。

 そしてついさっき、衝撃的な遭遇をしたこの部屋の先住者?の三人。


 まず日笠さんの丁度対面、部屋の入口近くの壁に寄り掛かり腕を組んでいる超大柄の男性。

 サラサラの黒髪をツーブロックに刈りあげたその男性は、まさに『巨漢』という言葉がぴったりな、筋骨隆々の引き締まった肉体の持ち主だった。腕周りなど誇張抜きで日笠さんの頭ほどの直径がありそうだし、逆三角形に盛り上がった胸板など、その上に着ている服がはちきれんばかりだ。

 こーへいがツキノワグマなら、さしずめこの男性は灰色熊グリズリーといったところだろうか。

 着ている服は黒地に紅を基調とした戦闘服で、エリコ曰く管国軍所属の者が着用する服だそうだ。

 一重瞼に意志の強そうな太い眉、そして真一文字に口元を閉じたその男性は、先刻から目を閉じ山の如く微動だにしない。

 その佇まいに、武道経験者特有の隙の無いオーラをどことなく感じて、日笠さんは小さな吐息を漏らしていた。

 

 続いてもう一人の男性。先程エリコに剣を突き付けていた男性だ。

 背丈はこーへいと同じくらい、細身だが引き締まったその身体は陽に焼けて浅黒く、くっきりとした眉に鋭い目つきと、やや高めの鼻を持った青年だった。

 かのーよりもさらに短くスパイキーに揃えた髪をねじり鉢巻きで縛っており、服装は大柄な男性の着ている管国の軍服ではなく、素肌に黒のベストを纏い、下はややゆとりのあるカーキ色のパンツと革のサンダルを履いている。

 その腰に荒縄で結わえられているのは、武骨で分厚い刃をした曲刀だった。日笠さん達の世界でいう所の『青竜刀』にフォルムの近い曲刀である。

 そんな彼はさっきから椅子に腰掛け、落ち着かない様子で腕を組みトントンと爪先で床を叩いていた。

 苛立っているのか、それともそういう癖の持ち主なのか。

 いずれにせよエリコとのやり取りを見た限り、短気で粗暴そうな印象を受ける男性だ――日笠さんはそんな感想を頭に浮かべていた。

 

 そして最後の一人。サイコ=イマイ――先程不敵な笑みと共にドヤ顔でそう名乗っていた女性。

 年齢はエリコより、少し年上だろうか。ぱっちりした目を眠そうに常時半目にしており、小さな鼻と薄いおちょぼ口が特徴的な小柄な女性で、黒髪をひっつめにし、旋毛のあたりでピンで留めている。

 服装は灰色を基調としピンポイントで鮮やかな紅をあしらったチュニックと脛まで覆う長目のスカートを履いており、その上に濃い灰色のケープを羽織っていた。管国王家に宮仕えする女性が着る正装らしい。

 そんな彼女は、先刻同様箱の上に胡坐をかき、周りの様子などそ知らぬ感じで、軍用携帯食の干し肉を齧りながら黙々と本を読んでいた。


 見た感じ、ヨシタケ――そう呼ばれていた中肉中背の青年を除いて二人は管国の関係者のようだ。

 と、なるとやはり先にこの城を訪れた討伐隊の一員だろうか。

 にしてはたった二人、いや三人と考えても少なすぎる。キクコ村長は二百名が向かったと言っていたのだ。

 落ち着いて来たら、沸々と疑問が湧いてきて日笠さんはしげしげと三人を一瞥してしまっていた。

 

「てかさ――」


 と、そこで沈黙に耐えられなくなったのか、エリコが頬杖を付きながら口を開く。

 サイコは咥えた干し肉をそのままに顔を上げると小首を傾げた。

 管国王家の関係者にしては王女を前にして何とも不遜な態度である。だがエリコは気にせず話を続けていた。


「アンタなんでここにいるワケ?」

「さっきも申し上げたでございましょう。貴女様を城に連れ戻しに来たのでございます」

「だからそれがなんで『ここ』にいるのかって聞いてんのよ」


 足を組みなおしエリコはサイコの返答に被せるようにして問い詰めた。

 サイコは開いていた本を閉じ眠そうな瞼を少し見開くとエリコの問いに答えるべく口を開く。


「派手好き、物珍し好きな貴女様の『光に釣られて飛んでいく羽虫』のような単純明快な思考からすれば、巷で噂になっている『神器の使い手』に会いにホルン村に向かうであろうと思いました故――」


 賽の目を読むより容易でございました――そう言ってサイコは肩に下げていた鞄から数枚の紙を取り出し、エリコに見せつける。

 それはまさしくエリコが持ってきた、ゴシップ紙と同じ切り抜きであった。

 目を剥いてそれを見つめるエリコに対し、サイコは咥えていた干し肉をガブリと引き千切り、ニヤリとほくそ笑む。


「……アンタさ、私のこと本当に王女と思ってる?」

「思っておりますとも。ですから早々にご帰国下さい王女様? ミドリ女王は大変にご立腹でございます」

「何よその悪意のある言い方はぁ? 相変わらず嫌味な奴ね!」

「何度も言っているでしょう。やるならばれないように上手くやれ――と。私だって面倒くさいので、できる限り放置しておきたかったのでございます。あまり私の手を煩わせないでいただきたいのですが」

「あーもういいわ。わかったわよ!」


 本当にやり辛い相手だ。毎度毎度のことだが完全にこちらの思考を読まれている。

 チョクなら多少脅せば大抵のことはやり過ごせたが、この女性はそうはいかない。

 苦々しい表情を顔に浮かべ、お騒がせ王女は悔しそうに舌打ちした。

 

「あの、エリコ王女。彼女とはどういう関係なんですか?」

「私の現教育係。簡単に言うと私の付き人」

「それじゃチョクさんの――」

「そ、後釜」

「改めまして、サイコ=イマイでございます。よろしくお願い致します」


 と、小声で尋ねた日笠さんにエリコが面倒くさそうに答えると、話を聞いていたサイコは自己紹介と共にピースサインを突き出した。

 教育係にしては凄いやり取りだ。仮にも王女に対してあまりにも横柄で不躾な態度ではなかろうか――そう思いつつも目をぱちくりさせながら、日笠さんはぺこりと頭を下げる。

 

「けどさ、アンタ別に古城ここまで同行する必要はなかったんじゃない? 私を待ち伏せする気だったならホルン村で待ってればよかったのに」

「個人的に調べたい事がありましたので」

「調べたい事? 何よ?」

「それは秘密でございます」

「……あっそ」

 

 今更だがそのピースサイン意味わかんないわ――

 やはり不敵な笑みを浮かべながらピースサインを突き出したサイコに対し、エリコは呆れたように肩を竦めてみせた。


「ところで王女、この少年少女は一体どちら様で?」

「アンタが今言った神器の使い手達よ。ホルン村の噂を聞いてここまで来たの」

「初めまして、日笠……えと、マユミ=ヒカサです」

「こーへいでーす。よろしくなー?」

「ムフ、かのーディス。ヨロシク敬え」


 紹介を受けて、日笠さんは姿勢を正すと名を名乗った。

 続けてこーへいとかのーが何とも軽い口調で自己紹介をする。

 サイコは三人を興味深げに眺めていたが、やがて納得したように一人頷くとエリコを向き直った。

 

「なるほど、それで王女はいい退屈しのぎができた――と、案内役を引き受ける等と巧みに彼等を誘ってここまで同行してきた口でございますか?」

「この際私のことはどうだっていいでしょ?」


 ジトリとサイコの半目で見つめられ、エリコは言葉を詰まらせながらも誤魔化すように反論する。

 あのお騒がせ王女がいいように手玉に取られているその光景を見て日笠さんは思わず苦笑してしまった。

 と――

 

「ちょっと待ってくれ、神器の使い手ってことはあんた達ナツキちゃんの仲間ってことか?」


 話を聞いていた中肉中背の青年がやにわに椅子から身を乗り出し日笠さんに尋ねる。

 少し戸惑うように身を竦ませながらも、その通りと少女は頷いてみせた。


「私達、エリコ王女が教えてくれた『ホルン村の救世主』っていう情報を元にここに来たんです」

「そっか。あーその……さっきは疑って悪かった。俺はヨシタケ=ミウラ。ホルン村で漁師やってるモンだ」

「いえ、お気になさらず」


 心底申し訳なさそうに頭を下げてヨシタケは頭を下げる。

 さっきまでの警戒した態度は何処へ行ったのか、もはやその目に少年少女達に対する懐疑の色は失せていた。

 粗野な性格に見えたが根は悪い人ではなさそうだ――日笠さんはそう感じ取り、ヨシタケに向かって首を振ってみせる。

 

「漁師って? こいつ軍部うちの所属じゃないの?」

「彼は道案内を頼んだホルン村の者です。ですが剣の腕は相当のもので、我々にも引けを取らない勇猛ぶりでした」


 と、寡黙に皆のやりとりを眺めていた大柄な男が、そこでようやく口を開きエリコの疑問に答えた。

 それを聞いてエリコは意外そうにヨシタケを向き直ったが、先刻のことを思い出したのか納得いかなげに眉根を寄せる。

 

「ふーん、まあ人は見かけによらないっていうしね」

「そりゃお互い様だろ。俺だってあんたが王女様なんて未だ信じられねえしな」

「あ?」

「お?」

「はい、そこまでー! 喧嘩してる場合じゃないですよねエリコ王女?」


 まったくもう、子供じゃないんだから――

 再び始まったガンの付け合いを見て、日笠さんはやれやれと溜息を吐くと二人の間に割って入った。

 まあまあと窘める少女と、側面から放たれるジトリとしたサイコの視線を感じて、エリコは仕方なくヨシタケから顔を離す。

  

「ヨシタケもいい加減にしろ。王女に対して失礼であるぞ」

「けっ、わかったよヒロシさん」


 と、引き下がったエリコをなお睨みつけていたヨシタケに気づき、大柄の男が静かだが威厳ある声で諫めた。

 そして彼はエリコを向き直り、隙の無い仕草で頭を下げる。

 

「王女、どうかヨシタケの非礼をご容赦いただきたい。彼の獅子奮迅の戦いぶりには我が軍も助けられたので」

「まあいいわよ。てか誰かと思ったらアンタ、ヒロシよね?」

「覚えておいででしたか、お久しぶりですエリコ様」


 と、不器用に精悍な笑みを口元に浮かべヒロシ――そう呼ばれた大柄の男は頷いた。


「自己紹介が遅れました。ヒロシ=ヤスモトと申すものです。以後お見知りおきを」

「こちらこそよろしくです。えっと、この方も知り合いなんですか?」

「そ、十年前の冒険の際にいろいろ助けてもらったの」


 日笠さんの問いかけにそう答えて、エリコも懐かしそうに笑顔を浮かべると大柄の男を見上げる。

 十年前、弦管両国の衝突を止めるために道を急ぐ五人が、厳重警戒態勢に入った国境を通れず立往生していた際に助けてくれたのが、当時国境警備を担当していたこの大柄な男だったのだ。

 けれどそんな彼が何故ここに?――不思議そうに眉根を寄せたお騒がせ王女に気づき、彼は話を続ける。


「六年前に転属になりました。現在はカデンツァ第二小隊隊長を務めております」

「カデンツァ? カデンツァってあのカデンツァ?!」


 思わず椅子から立ち上がり、エリコは狐に摘ままれたような表情を顔に浮かべヒロシに詰め寄った。

 対してヒロシは苦笑を浮かべながら再度頷いてみせる。

 カデンツァ。協奏曲コンチェルトなどでやソリストが自由に即興演奏を奏でることを指す音楽用語のことだ。

 だがこの世界ではきっとまた違った意味を持つ言葉なのだろうけど――

 エリコの驚く理由がわからず、日笠さんはまたもや疑問を彼女へと投げかけようとした。

 だが今度はエリコの方が少女の表情からその心中を察して、先に説明を始める。


管国うちの軍の部隊名よ。少数精鋭で編成された謂わばエリート集団」


 要人警護、対暴徒鎮圧、諜報、暗殺・単独潜入を目的とした第一から第四部隊で編成され、それぞれの部隊にその道のエキスパートが配属されている女王直属の精鋭部隊――それがカデンツァである。

 軍部の中でもその特異な行動目的から、対外的に秘密とされておりその姿が表沙汰になることはあまりなかった。

 それ故にエリコですらも彼が転属になっていたことは知らされていなかったのである。


「それじゃヒロシさんはその精鋭部隊の隊長ってこと?」

「おーい、すごくね?」

 

 思わず感嘆の声をあげる少年少女に対し、だがヒロシは途端に苦渋の表情を顔に浮かべ俯いた。

 その様子に気づいたエリコはピクリと眉を動かし、兼ねてから抱いていた一つの疑問を彼に向けて投げかける。


「ねえヒロシ、村長が言ってた討伐隊ってアンタ達のことよね?」

「そうです。女王の命により、カデンツァ第二小隊四十名。重装歩兵隊 第一師団百六十名。計二百名……以上がこの城へ来た討伐隊でした」

「……でした?」


 引っかかる言葉だった。まさかとは思っていた。

 いや、だからこそ彼女は、無意識に考えようとしなかっただけかもしれない。

 この部屋で彼等と遭遇した時に、その事実を受け入れるべきだったのだ。

 静かすぎるこの城内と、一向に姿の見えない鷹の兵という『事実』を受け入れるべきだったのだ。

 途端に血相を変え、エリコは剣呑な表情を顔に浮かべてヒロシを見上げる。

 

「他の兵はどこにいるの? 第一師団の隊長は?」

「……」

「逸れただけよね? 急襲を受けて散り散りになった――機を見て再集結しようとしている最中……そういうことでしょ?」


 だがヒロシは答えない。

 唇を血が出る程に噛み締め、大きく節くれだった分厚い両手を耐えるように握りしめ彼は目を閉じた。

 刹那、エリコは彼の胸倉を掴み引き寄せると、必死の形相でさらに問い詰める。

 

「討伐隊はどうなったの? 二百名はどこにいるの? 答えなさいヒロシ!」


 エリコだけでなく、神器の使い手である少年少女も一縷の希望を託し固唾を呑んで見守る中、ヒロシは無念の表情を浮かべ静かに目を閉じた。

 そして葛藤を続けた後、主である紅き鷹の王女に命に対し、彼はやっとのことでこう答えたのだ。

 

 

「討伐隊二百名……我々三名を残して……死亡もしくは消息不明です」



 ――と。

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