その7-2 なんでアンタがここにいるワケ?!

 少女を一刀両断しようと、大鎧の構えた巨大な刃が振り下ろされる。

 間に合わない。避けるにはもう遅い。

 悲鳴をあげる余裕すらなく、日笠さんはまんまるに目を見開いてその光景を眺める事しかできなかった。


 だがそんな彼女の左耳朶を後ろから前に向けて風の唸りが打ったかと思うと、鈍い衝突音が目の前で起こる。

 二人の間に割って入るようにして飛び込んできた投げ斧トマホークが大鎧の胸にザクリと刺さったのだ。

 その衝撃に生命なき大鎧は、よろよろと後退り、あわや少女の額に侵入しようとするギリギリのところで大剣は動きを止めた。

 あぶねーあぶねー間一髪ってか?――投げ斧の主であるこーへいはにんまりと笑う。

 

 助かった。途端に早鐘のように鼓動を打ち出した胸を押さえ、日笠さんは真っ青になりながらも安堵の吐息を漏らした。

 と、そんな少女の右手を背後から誰かが掴む。


「エリコ王女……」

「ぼさっとしてないで、こっちよ!」


 こーへいが投げる動作を見せると同時に彼女も日笠さん目掛けて駆けだしていたのだ。

 日笠さんの手を引っ張り、エリコは踵を返すと一目散に走り出した。

 と、ぐらりとよろけた大鎧は、胸に刺さった投げ斧をそのままに体勢を立て直すと、まるで号令をかけるように手に持つ大剣を再び掲げる。

 刹那。

 金属の擦れ合う音が雨のように通路に降り頻った。

 並んでいた鎧達が一斉に動き出したその光景を目の当たりにして、日笠さんは短い悲鳴を頭のてっぺんから放つ。

 

「う、うそ……これ全部動くの?!」

「さっきも言ったけど悪趣味極まりないわね」

 

 視界の両端で次々と動き出した鎧を掻い潜るようにして二人は通路を駆け抜ける。

 

「悪かったな日笠さん、疑ってよ?」

「でしょ? ほら、だから言ったじゃない!」

「いや、喜んでる場合じゃねーだろ……」


 やってきた二人を出迎えたこーへいは、開口一番そう言って通路に整列しだした鎧の群れを一瞥した。

 その光景はさながら統率された一個小隊のようだ。

 手に持つ武器を各々構え、鎧の群れは大鎧の次なる号令を待っているかのように見えた。


「ドゥッフ! ヤバイヨヤバイヨー逃げるディス!」


 と、状況を忘れてドヤ顔を浮かべた日笠さんの横を、全力疾走でかのーが通過していく。

 ハッと我に返った少女の背後で、大鎧が剣を振り下ろしその切っ先を少女達へと向けた。軋む金属音が豪雨の如く響きだし、鎧群の突撃が開始される。

 

「おー、こりゃやばくね?」

「やばいに決まってんでしょ! 逃げるわよ、走って!」


 顔に縦線を描いて、しかしぶれずにのほほんと呟いたこーへいに向かってエリコは叫ぶ。三人は慌てて踵を返すと、バカ少年に続くようにして走り出した。


「まったく、骸骨兵スケルトンの次は動く鎧とは恐れ入るわ」


 背後を追ってくる鎧の群れをちらりと眺めながら、エリコは辟易したように呟く。

 魂のない無機物を使役するのも死霊魔法ネクロマンシーの一種だ。

 これで『ただのアンデッドの自然発生』では説明がつかなくなってきた。

 敵には確実に死霊使いネクロマンサーがいることになる。

 これはますますもって、噂の死霊使いの復活を信じざるを得ないか――


「んー、見逃してくれる気はないみたいだなー?」

「ひよっちがチョーシに乗って説教なんかするからディスヨ!」

「なっ!? 誰のせいだと思ってるのよ! 元はといえばあなたが――」

「はいはい、喧嘩してる場合じゃないでしょ?」


 と、エリコに窘められて、ムッとしながらも日笠さんは仕方なく口を噤んだ。

 こんな状況なのに、なんともまあ緊張感のない罵り合いだ。しかもこの私が喧嘩の仲裁? いつもはされる側なのにね――場違いにも可笑しくなってエリコは思わずクスリと笑う。


「あの、エリコ王女。どうしました?」

「なんでもないわ。アンタ達きっと大物になると思っただけよ」

「へ?」

「こっちの話。それより逃げ続けるわけにもいかない。ここは何処かで隠れてやり過ごしましょう」


 アンデッドの厄介なところはそのタフさだ。既に死んでいる彼等は疲れとは無縁の肉体を持っている。逃げ続けてもこちらの体力が尽きていずれは追い付かれるだろう。

 だが幸いにも動く鎧の小隊の足はそれ程速くないようだ。今の時点でも差が付きだしている。

 どこか手頃なところで隠れて撒くのが得策だろう――

 エリコのその提案に日笠さん達は肯定の意を表すように頷いて見せた。

 

 三人の同意を得るとお騒がせ王女は、しばらく逃げた後に見えてきた通路の角を左へと曲がる。

 即ちそれは東西に続いていた通路の終点。場所はざっくりだが南東の角あたりだろう。刹那、進路を北に変えた彼女は、おあつらえ向きにそこに見えた扉に気づくと、スカートをたくしあげ勢いよくそれを蹴り開けた。


 早く中へ――

 目で訴えた彼女に従って三人は飛び込むようにしてその中に駆け込む。最後に入ったエリコが扉を閉めると、四人は息を殺して通路の様子を窺った。

 と、時間にしておよそ十数秒。

 通路に金属の軋む音と床を踏み鳴らす足音が聞こえ始めた。

 エリコが皆を振り返り、唇に手を当てる仕草をする。

 手で口を押さえ、祈る様に扉を凝視しながら日笠さんはコクコクと頷いていた。

 

 やにわに足音の数が増し、地鳴りの如く通路を揺るがしながら扉の前を通過していく。

 こりゃすげー数だな?――振動によりパラパラと天井から落ちてきた埃をちらりと見上げながら、こーへいはそっとカンテラの中に息を吹きかけて火を消した。

 やがて足音が遠ざかっていくと、それと比例するように部屋を揺らしていた振動も徐々に収まる。

 再び場に静寂が舞い戻った。聞こえてくるのは外で振り続ける雨音のみ。

 何とか撒けたようだ。四人はようやくもって安堵の吐息を漏らす。


「ドゥッフ、ヒドイめにアッタヨー」

「どうなってんだよこの城は」


 油断も隙もあったもんじゃない。

 各々床に胡坐をかいて一息つきながらかのーとこーへいは愚痴るように呟いた。


「早いところあっちと合流した方がいいわね」


 この調子で襲われてはたまったものじゃない。体力切れになったところをやられるのがオチだ。

 いずれにせよ敵のホームで戦力分断されたこの状況を続けるのは得策ではない。

 エリコはスカートの裾を払って立ち上がると三人を振り返る。

 

「少し休憩したら先へ進みましょう」

「わかりました」

「へいへーい」

「オッケーディース」


 日笠さん以下少年達が各々そう答えるのを見届けると、エリコは部屋を一瞥した。

 咄嗟に飛び込んだため中を確認する余裕まではなかったが、この部屋はどうやら何かの倉庫のようだ。

 曇天の雨模様により、窓からの採光は心許ない。だが、辛うじて箱や資材が乱雑に置かれているのが見て取れた。


 とりあえずどこか座れる場所はないだろうか――

 エリコは、部屋の半ばまで足を運び腰に手を当てながら再度周囲を窺った。


 と――

 

 そこで彼女は動きを止め、途端に剣呑な表情を顔に浮かべる。

 喉元に突きつけられた、鈍く光る分厚い刃に気づいて――


「動くんじゃねえぞ化けモン――」


 ドスの効いた低い男の声が耳元で囁くように聞こえて来て、彼女は眉を顰めた。

 異変に気付いたこーへいが慌てて助けようと立ち上がる。

 だがしかし。

 その彼の前にも新たな人影が割って入るようにして現れた。

 やにわに雷鳴が轟く。一瞬ではあるが立ち塞がったその人影の姿が雷光によって鮮明に浮かびあがった。

 

 クマ少年の前に立ち塞がったその人物。それは二メートルはあろうかという程の筋骨隆々とした大男だった。

 なんだこいつ?――と、訝し気に煙草をプラプラさせながら、こーへいはその大男を見上げる。対して、見た目通りの只者ならぬ気合いを全身から滾らせながら、大男も不動の構えと共にクマ少年を睨み返していた。


 どうやら不死者アンデッドではなさそうだ。しかし敵かはたまた味方なのか?――突如として現れたその二つの人影を交互に見つめながら、日笠さんは目をぱちくりとさせる。

 と――

 

「ちょっと、何するワケ? レディにいきなり刃物を突き付けて、しかも化け物呼ばわり? 失礼極まりない奴ね」


 強気な態度を崩さず、エリコは背後の人影に対して言葉を投げかける。

 途端に鼻で笑うような声がその人影から返って来た。


「ハッ、こんな化け物だらけの城の中に淑女レディがいてたまるか。吐くならもうちっとマシな嘘を吐けこの化けモン!」

「ここにいますけどー?」

「いいからさっさと正体現せ! 三枚におろしてやるからよ?」

「ちょっとは落ち着きなさい。アンタこの城に向かった管国の討伐隊でしょ? 所属は何処? 私の顔に見覚えない?」


 これだけ意思疎通ができるのだ。不死者アンデッドの類ではないだろう。

 となると考えられるのは先にこの城へ向かったという兵達だが――

 かまをかけるつもりでエリコは背後の人影に尋ねた。

 と、背後にいたその人影は、油断なくエリコの前へと周ってくると彼女の顔を覗き込む。


 再度の雷鳴。そして雷光。

 一瞬だがお互い見えた相手の顔に、二人は感嘆の吐息を漏らした。


 間違いない。生ある者だ――

 精悍な顔つきをした男性の姿が見えてエリコは確信する。

 だが男の方は一瞬見えたエリコの顔を眺めた後も、一頻り訝し気に唸り声をあげていた。

 

「やっぱり知らねえ顔だな。こんな軽そうな顔した女の知り合いはいねえよ」

「……あ゛?」


 状況が状況だから大人しくしてやってれば、言うに事欠いて『軽そうな女』ですって?――

 見下すようにそう言い放った男をギロリと睨みつけ、お騒がせ王女はたちまちのうちにその額に三つほど青筋を作り出す。

 

「待て、ヨシタケ」


 と、凛とした野太い声が男を諫めるように投げ掛けられた。こーへいの前に立ちはだかっていた大男のものだ。

 彼も一瞬の稲光によりエリコの顔を確認していたのだ。エリコの思惑通り、どうやら彼の方は気づいたようである。


「止めんなヒロシさん。今こいつの化けの皮を剥いでやっからよ!」

「待てと言っているのだ。そのお方が誰だかわかっているのか?」


 ヒロシ――そう呼ばれた大男は、やや慌てた様子でさらに男へ言葉を投げ掛けた。

 だが大男のその言葉を聞いてなお、男は鼻で笑いながら首を振る。


「だから尻軽そうな女のふりしたゾンビかなんかだろ?」

「いい加減気づきなさいよ、アンタ脳みそ足りないんじゃないの?」

「……あ゛?」

「ゾンビがここまで流暢に言葉話しますかー? もしもーし?」


 エリコもエリコで負けてはいない。彼女は男の顔を覗き込み、しかし額の青筋はそのままに煽るようにしてクスクスと嘲笑ってみせた。

 途端に男も額に四つ程青筋を浮かべ返し、ずずいとエリコに顔を近づける。

 

「上等だ、やんのかコラ?」

「喧嘩売ってるなら買ってやるわよ? この脳筋野郎」

「あ゛?」

「お゛?」


 まるで計ったように雷光が部屋の中を照らし、二人の感情を表現するかのように一際大きな雷鳴が轟いた。

 さながらそれは暴走族とレディースのガンつけ合い――一瞬見えたエリコと男の、鬼のような形相を見て日笠さんは口の端を引き攣らせる。

 

 

 と――



「やめるのでございますヨシタケ――」


 物静かだが雷雨の中でもよく通る女性の声がそのガンつけ合いに待ったをかける。

 他にもまだ誰かいたようだ――

 はっとしながらその声の主を振り返った日笠さんは、部屋の隅の木箱の上にちょこんと座る人影に気づき息を呑んだ。

 一方で浮かべていた青筋を引っ込めて、エリコは怪訝そうに細い眉根を寄せる。


 この声、どこかで聞いたことがあるような――と。


「そのお方はゾンビなどではございません。確かに行動も軽率で口も悪く、言葉より先に拳が飛ぶような短気なお方ですが、れっきとしたトランペット第一王女でございます」

「そこ! ちょっと待ちなさい!」


 なんだか酷い言われようだ。

 だがこの声といい、歯に衣着せぬ言い回しといい、やはり聞き覚えがある。

 途端にエリコは何とも言えぬ悪寒を感じ、剣呑な表情を顔に浮かべた。


「マジかよ? このちんちくりんがトランペットの?」

「口を慎めヨシタケ! 失礼だぞ」

「ちっ、わかったよ仕方ねえ……」


 素っ頓狂な声をあげた男を再び大男が諫めると、彼は渋々ながらエリコに突きつけていた剣を降ろす。

 やれやれと肩を竦め、呆れたように男を一瞥した後、エリコは部屋の隅を向き直った。

 勿論木箱の上に座る女性の正体を明かすために。

 

「ちょっとアンタ誰よ? 私のこと知ってるってことは王家の関係者でしょ?」

「誰?――とは心外でございますね。教育係である私の声を、もうお忘れになったとは――」


 淡々と。やはり物静かに。

 しかし一言一言はっきりとそう告げて、その声の主はすっくと立ちあがると木箱から飛び降りた。

 刹那、その言葉を聞いたお騒がせ王女は血相を変える。

 …………教育係? もしやこの声の主って――引き攣った薄笑いを口の端に浮かべながら、エリコは思わず後退ってしまっていた。

 

「うっ、嘘でしょ?! なんでアンタがここにいるワケ?!」


 明らかに顔色が悪い。怯えるような、狼狽するような。こんな彼女は初めて見た。

 先刻の氷使いとの戦いでも強気な態度を崩さなかった彼女がこんなに動揺するとは、この人物は一体何者だ?――日笠さんもこーへいもかのーもゆっくりゆっくり歩み寄ってくるその小さな人影に注目する。

 

「無論、貴女を城へ連れ戻すためでございます」


 刹那。

 本日最高の稲光と、本日最大の雷鳴が部屋に轟いた。

 

「一月半ぶりですね王女……サイコ=イマイでございます」


 眩い光に照らされて姿を露にしたその小柄な女性は、お騒がせ王女に向かって不敵な笑みと共にピースサインを突き付けたのであった。

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