その5-1 退魔守

同時刻。

コルネット古城 北東角。

円筒状のホール―


「柏木君! そっちいったわ!」

「マジでか!?」


 聞こえてきた音高無双の少女の警告に、カッシーは声を上ずらせて叫ぶ。

 間違いない。空を切って巨大な何かが迫る音が背中から聞こえてくる。

 そして追うようにしてチリチリとうなじを焦がすようなこの熱量。

 全力疾走で駆けていた我儘少年は、とっさの判断で横っ飛びしてその場を離れた。

 

 刹那、彼の脇を頭程の大きさの火の弾が通過していったかと思うと、正面に見えた古城の壁に激突し盛大に炎上を起こす。

 

「冗談きついぜ……」


 強かに腹を打ち付け呻き声をあげたカッシーは、炎を巻き上げる壁を眺め真っ青になりつつ呟いた。

 

「カッシー大丈夫?」

「なんとか」


 と、心配そうに駆け寄って来たなっちゃんに、口をへの字に曲げつつ答えると彼は起き上がって服を払う。

 だがすぐさまホールの中央を振り返り、険しい表情を浮かべながら唸り声をあげた。


 視界の中央に東山さんとチョクが各々武器を構え果敢にも特攻していく姿が映る。

 二人が突撃を開始したその先に佇むのは一人の男。

 そう、たった今少年に向けて火の弾を放った張本人――


「ボケッ、なんなんだよあいつは――」


 剣呑な表情を浮かべその男を見据えながらカッシーは呟いた。


 三十分ほど前。

 轟音をあげて閉じ切った古城の門は、流石の東山さんの力でもビクともしなかった。

 閉じる瞬間見えた、空から降って来たあの男。

 一瞬ではあったがあいつから感じられたのは他でもない『敵意』だ。

 どうする? 早くしないとこのままでは日笠さん達が危ない。

 とにかく外に出る道を探して合流しましょう――

 そう提案したなっちゃんに一同は反対などするわけもなく、急ぎ外へ通じる道を探して古城内の探索に乗り出していたのだ。

 

 そしてつい先刻、ほんの十数分前だろうか。

 この北東のホールに少年達が辿り着いたのは。


 そのホールの中央で。

 その男は彼等を待ち構えるようにして佇んでいたのだ。


 身の丈はカッシーより頭一つは大きかった。

 全身筋肉の塊のようながっしりとした体格のその男は、膝丈までのボロボロのパンツ以外は何も履いていない半裸だった。

 赤き野人――一目見てカッシーはそんな言葉を思い浮かべていた。

 少年がそう感じた理由は、人とは思えぬその男の肌の色だ。

 筋骨隆々の男の肌は赤黒く脈打っており、そしてボサボサに伸びきった蓬髪もやはり赤い。


 炎使いのセキネ――先刻空から降って来た男を眺めた時と同じ、当惑の表情を浮かべつつチョクが呟いたのが聞こえ、カッシーは既視感を覚える。

 セキネ……セキネ……関根?

 そういや似ている。

 おい、ちょっと待て。てことはもしかして――

 だが、はっとしながら顔をあげた少年は何か言おうと口を開いたが、その口が言葉を発する時間はなかった。

 

 刹那。

 セキネ――そうチョクが呼んだ男は、ホールに入って来た四人に気が付くと、団子鼻をひくひくと動かしそしてつぶらな瞳をシパシパさせて――

 ぱっかりと楽しそうにその口元に笑みを浮かべながら、有無を言わさず襲い掛かって来たのである。

 そして今に至るというわけだ。

 だが強制的に始まった戦闘は、四対一という数的優位に立つにも拘わらず、カッシー達の旗色は今一つだった。


「このっ! ちょこまかと動くんじゃないっ!」

「相変わらず素早い奴っスね!」


 唸りをあげて放たれたヌンチャクと、的確に急所目がけて針のように繰り出される細剣レイピア

 東山さんとチョクの声がホールに響く。

 だが二人の武器は、翳された丸太のような太い腕に遮られ動きを止めた。

 どっしりと大樹の根のように地に指を噛ませ、二人の攻撃にも微動だにしない蓬髪の野人は、にぱっと嬉しそうに笑うと大きく息を吸う。

 

「オオオオイイィィィー!」


 雄たけび。いや咆哮――

 空気を振動させる大声をあげて、炎使いのセキネは腕を振り二人の身体を武器ごと弾き飛ばした。

 何て怪力。力比べに自信があった東山さんは、いとも簡単に跳ね除けられたヌンチャクを素早く脇に戻し、悔しそうに眉間にシワを寄せる。

 

 と――

 

 間髪入れずに蓬髪の野人の振り上げた拳に熱が集まりだしたのに気づき、彼女は慌てて床を蹴ると後ろへ離脱を試みた。

 またあれがくる――と。

 はたしてセキネの両手が輝きだし炎を纏う。弾ける寸前の風船のような熱の凝縮が、既に十分な距離をとったにも拘らず感じられ、東山さんは息を呑んだ。

 

「エミちゃんっ! 気を付けるッス!」

「わかってます!」


 聞こえてきたチョクの警告に早口で返事をし、音高無双の少女は腰を落として構えた。

 刹那。

 両手を広げた蓬髪の野人の身体が一回転する。

 瞬間、彼の両手から無数の火炎弾が生まれ無差別に全方向へと放たれた。


 これで三度目、そろそろ反撃の時だ。いざっ、虎穴に入らずんば虎子を得ず――

 

 すっと息を呑み、少女は見開いた目で迫りくる炎を見つめる。

 類稀なる運動神経と天性のセンスで東山さんは火の弾をギリギリで躱し、そしてそのまま半身を踏み出し即反撃しようと飛び込んだ。

 それはすぐ傍らで同じく攻撃を見切っていた眼鏡の青年も一緒だ。


「てえぇぇぇーっ!」

「はあっ!」


 気合いと共に武器を振り上げ、二人はセキネへの攻撃を再開する。


 また来やがった!――

 一方でセキネの背後を取り挟撃を試みていたカッシーは、またもや猛スピードで迫りくる火の弾に気づき、慌ててなっちゃんの手を引いてその場に伏せる。

 そう間もない時を置いて頭上を複数の火炎弾が通過し、やはり先刻同様ホールの壁に直撃して炎上した。


「くそっ、勘弁してくれよ」

「もう、たちの悪い攻撃ね」


 これじゃ近づけない――ぶすぶすと降り注ぐ火の粉の中、恨めしそうに顔をあげてカッシーとなっちゃんは蓬髪の野人を睨みつける。

 単純だが手数に物を言わせた全方向への無差別攻撃。

 下手な鉄砲も数撃ちゃあたる。ご覧の通りそんな言葉がぴったりくる攻撃だが、そのせいで数的優位を確保できず彼等は先刻から攻めあぐねていたのだ。


「攻めは単調なんだけど……うまく隙さえつければ――」


 見た目通りの野人全開な大味攻撃だ。

 反撃に転ずる隙さえ見出せば勝てなくはない――

 何かいい案はないかと微笑みの少女は床に伏せつつ、顎に指をあて現状を打破できる策を巡らせる。

 

 と――

 

―ケケケ、だから俺に任せろって言ってるだろう小僧!―


 何とも楽しそうな笑い声と共に、腰の無機物が会話に割り込んできて、二人はうんざりしたように同時に溜息を吐いた。

 あーもう、こいつさっきからうるせえな!――

 カッシーは口をへの字に曲げながら、腰に差された時任を向き直る。


「黙ってろナマクラ! 今割とピンチなんだよ」

―窮地だからこそ俺を使えって言ってんだよ―

「ボケッ! 金輪際ごめんだ、あんな地獄の苦しみは!」


 また思い出してしまった。身体中が軋みをあげて指一本動かすだけで全身に激痛が走るあの地獄を――

 顔に縦線を描きつつ我儘少年は喉の奥で唸り声をあげ、脳裏をよぎったトラウマを振り払うように首を振る。


―そりゃお前の身体の鍛え方がなってねえからだ。俺のせいにするな―

「無茶言うな! あんな激痛に耐える身体とかどう鍛えたらできるんだよ?!」

―ケケケ、まあ今すぐには無理な話か。ちっ、仕方ねえ。和音を使うのは勘弁してやるよ。だが代わりに俺を使え―

「お前を? ナマクラが何言ってんだっつの!」


 刃がない刀。それが時任こいつだ。

 パーカスでは生身の盗賊相手だったからまだ通用したが、今の相手は筋骨隆々の蓬髪の野人。

 チョクの繰り出す細剣レイピアすらその肉体を貫けず、皮膚で留められてしまっている。

 あんな化け物相手に通用するはずがない――

 どう聞いても無謀でしかない提案をした妖刀を見下ろし、カッシーは八重歯を覗かせて歯噛みする。

 

 だがしかし。

 

 それでもなお、時任は自信ありげに笑い声をあげていた。


―ケケケ、小僧。俺の銘を忘れたか?―

「は?」

―俺の添え銘は『退魔守たいまのかみ』、はびこる『魔』と『妖』を狩るために鍛えられた刀なんだよ―

「魔と妖を……狩る?」


 訝し気に言葉を繰り返した我儘少年に向けて、そうだ――と肯定し、妖刀はその身を鈍く光らせる。

 

―そうだ。あやかしを相手にする時こそ、俺の力は発揮される。あいつらは俺が滅ぼすべき宿敵だからな―

「宿敵って……――」


 宿敵――明確な敵意を口にした時、僅かに時任の口調が荒くなった気がした。

 違和感を覚えカッシーは眉根を寄せる。

 だがそれ以上の詮索は状況が許さなかった。

 

 やにわに、ホールに悲鳴が木霊する。

 

 何事かとその声の主を向き直った我儘少年と微笑みの少女の視界に映ったのは、脇腹を押さえ床に倒れる音高無双の少女の姿だった。


「委員長!?」

「恵美っ!」


 何が起きたのかは見ていない。

 しかし苦悶の表情を浮かべ、その場に蹲る少女の様子は明らかにおかしかった。

 そしてその隙を逃さず、蓬髪の野人は喜びに打ち震えるような雄たけびをあげると東山さん目掛けて突進を開始しようとする。

 

「そうはさせないっ!」

「オオオオィィー!」


 だが決死の覚悟でチョクがその間に割って入り、少女を庇って猛攻を開始した。

 連続で繰り出される蜂の一刺しの如き突きを、セキネは二パッと浮かべた笑い顔のまま受け止めながら再度雄たけびをあげる。

 邪魔だ、そこをどけ――まるでそういわんばかりに。

 その隙に這うようにして東山さんは逃げる。だがその動きは何ともたどたどしく、そしておぼつかない。


―ケケケ、さあどうする? 時間がねえぜ小僧―


 またあの時と同じだ。覚悟は決めたんだよなあ小僧?――

 またもや妖刀は蠱惑的に少年へと決断を求める。

 

 刹那。

 

 柄を握った少年のその右手は、妖刀の刀身をホールを支配する闇の中へ誘っていた。

 惑いなき覚悟と共に、意志強き双眸を蓬髪の野人へと向けながら――


―ケケケ、いい面構えだ小僧っ! そうこなくちゃなあ!―

「光の……刃?」

―そう、これこそが俺の真の姿。魔を狩るための刃よ!―


 驚きのあまり思わず呟いたなっちゃんに対し、歓喜とそしてあやかしに対する憎悪の感情を含ませて時任は笑い声をあげる。

 はたして少女のその呟き通り、涼しい音色をあげながら黒漆拵えの鞘から引き抜かれたその刀身は、いつもと異なり淡い金色こんじきの光を帯びていた。

 

「なっちゃん、俺があいつを引き付ける。その隙に委員長を頼むぜ」

「わかった。気を付けてね」


 傍らの少女がコクンと頷いたのを視界の端で確認し、カッシーは小さく息を吸った。

 そして飛び掛からんとする獣の如く腰を落とし、肩越しに退魔の光を帯びた妖刀を構える。


「くそっ、結局お前の思惑通りかよナマクラ!」

―ケケケ、なら辞めてもいいんだぜ小僧?―

「ボケッ、悔しいけど乗ってやる!」


 軽口を叩く時任へ吐き捨てるようにそう言い放ち、少年はセキネ目掛けて突撃を開始した。 

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