その2-1 わからなくもないんだ

その日の夜。

ホルン村宿屋。カッシー達の寝室―


「で、どうするのアンタ達?」


 夕食を終え、今後のことをどうするかを決めるために集まった一同を前に、ベッドに腰かけていたエリコが尋ねる。


「えと……どうするって?」

「私とチョクは明日古城に向かうわ。うちの討伐隊が向かってるらしいしね。だけどアンタ達の判断は任せる、別にホルン村ここで待っててもいいってこと。今回はかなり危険だしさ」


 と、遠慮がちに尋ね返した日笠さんに対し、エリコは端的に決断すべき要点をまとめて告げた。

 彼女はもう決めていた。もちろん管国の討伐隊を追いかけてコルネット古城へ向かう事をだ。自国の民が化け物に襲われて困っているのを王家の者として見過ごすわけにはいかない。軍が動いたとなれば尚更だ。彼等に加勢し、速やかに脅威を掃討する。

 無論彼女と共に少年少女達の部屋を訪れていた眼鏡の青年も想いは一緒だった。


 ただ彼等は別だ。

 死霊使いネクロマンサーの真偽は定かではないにしても、古城がアンデッドの巣窟になっていることは確かなようだ。

 聞いたところでは彼等がこの世界に来て一月近く。それなりに場数は踏んだようだし、『神器楽器』の力という切り札があったとしても、だが戦闘は決して得意とはいえないだろう。

 古城に乗り込んだ仲間を追って、救出に向かうにしてもそれなりの危険は覚悟しなければならない。

 下手をすればミイラ取りがミイラになる可能性もあるのだ。

 ならば仲間のことは我々エリコとチョクと先に向かった討伐隊に任せ、ホルン村でその帰りを待つといった選択もできる――

 エリコはそう言っているのだ。

 その問いかけを受け、一同はさてどうしたものかとお互いを見合う。

 

「どうしよっかみんな?」

「でもよー? 行ったのなつきだしなー?」

「そう、それが一番の問題。あのワガママ娘よ? 何しでかすかわかったもんじゃない」


 日笠さんがそう言って意見を促すと、窓辺で煙草を吸いながら話を聞いていたこーへいが辟易したように眉尻を下げる。

 すると、クマ少年の言葉に賛同するようになっちゃんも言葉を続けた。


 昼間の村長の話では、討伐隊と共に古城に向かったのはどうも四人らしい。

 一人は既に名前の挙がった悠木ゆうきなつき。

 そして残る三人は、柿原直樹かきはらなおき柿原亜衣かきはらあいの柿原兄妹と阿部雅彦あべまさひこの三人とのことだった。

 

 悠木ゆうきなつきは、何度か話の中で名前が出てきた少女であるが、改めて紹介するとすれば『傍若無人』『天衣無縫の暴君』な今回の卒演の首席奏者コンミスを務める女の子だ。

 身長は小柄で東山さんと同じくらい。セミロングの明るい茶髪と、派手なメイクにネイルアートという『今どきの高校生』という表現がぴったりな見た目の少女で、性格もその外観通り所謂『コギャル』である。

 基本的に派手好き、新しいもの好き、トラブル好きで、逆に自分が興味がないものや嫌いなものは頑として否定する。

 思ったことは歯に衣着せずはっきりと言うし、度胸があってケンカっ早い。こうと決めたら即行動というフットワークの軽さ――

 彼女を怒らせ目を付けられた部員がその後どうなったかを枚挙したら、恐らく一昼夜語れるほどになるだろう。

 故にヴァイオリンパート、いや弦パートの部員達は彼女の一挙一動に気を遣い、怒らせないようにしていた。

 ただ彼女のヴァイオリンの腕は恐らく音オケでも一、二を争うもので、音楽に対する熱意と、首席奏者コンミスとして自他共に厳しくオケに取り込む姿勢は本物であり、そこは皆も一目置いている存在である。

 

 そして柿原直樹かきはらなおき亜衣あいの柿原兄妹。

 兄の直樹はチェロパート所属の三年生でカッシー達の同級生だ。性格は明るくお調子者。

 身長はカッシーと同じくらいでやや小柄、年齢の割に童顔で中学生かと間違われるほど幼い顔つきをしており、中性的で声も高い。

 趣味は写真撮影で、女の子を撮るのが好きと堂々と公言しているが、何故か女子から嫌われない得な性格の少年である。

 とにかくお喋りが好きで放っておくと延々話しているくらい話好きのため、夏の合宿の際同部屋となったカッシーは、就寝後も話し続ける彼にブチ切れ、早く寝ろと頭突きをかましていた。

 そんな彼ではあるが、視野が広く場の空気を読む機微に長けており、こと音楽については妥協を許さないなつきが、これまた音楽について同じくらい妥協を許さない毒舌少女であるチェロトップなっちゃんと衝突した際は間を取り持つなど、潤滑油役を担う面も持っていた。

 ちなみに、カッシーに負けず劣らずのシスコン。中学の時不慮の事故で両親が他界して以来、親代わりに面倒を見てきた妹の亜衣のことを、目の中に入れても痛くないくらい溺愛しており、彼女のことになると目つきが変わる程である。

 

 妹の亜衣あいは、今年の春に音瀬高校に入学してきた一年生で、ヴィオラパートに所属する女の子。

 お調子者の兄とは正反対に、しっかり者の妹であり、おしゃべり好きでハイテンションな兄を都度諫め、暴走しないように手綱をコントロールしている。

 また、やはり兄と同じく見た目はかなり童顔で、下手すると小学生と見間違えるほどに幼い風貌をしており、ただ本人はその事を気にしているようなので、周りはあまり触れないように気を遣っていた。

 威風堂々、常に凛とした佇まいの東山さんパートトップに憧れていて、彼女を慕って風紀委員になろうとしたが、絶対ダメ――と柿原兄に猛反対されて渋々ながら諦めた経緯がある。そんな兄に対して、親代わりに育ててくれたことは感謝しているが反面、自分に対するその過保護っぷりに少し辟易しており、いい加減妹離れしてくれないかと最近は思っているようだ。


 最後に阿部雅彦あべまさひこ

 カッシー達と同じく三年生で、コントラバスパートトップの男の子。

 性格は普段は温厚で控え目。あまり表だって意見は言わないが、しかしコントラバス歴が長く職人気質な面があり、オケに関しては他の追随を許さない程我の強い弦パートトップ――なつき(Vn)、東山さん(Va)、なっちゃん(Vc)相手にも妥協しない一面もある。

 そんな彼は音オケの中で最も背が高くなんと百九十センチという、弦楽器の中で一番大きなコントラバスが普通の大きさに見える程長身痩躯な少年である。

 ただ、元々身体があまり強くなく、肌の色は真っ白、顔色も常に冴えないといった不健康ぶりで、一年の頃から貧血で倒れること多数、体育は見学常習者という病弱男子だった。

 柿原兄と三年間同じクラスだったこともあり、仲が良く一緒にいることが多い。

 

 と、まあ長々と紹介したが以上の四名、奇しくもヴァイオリンからコントラバスまでそろった弦楽四重奏組カルテットがどうもコルネット古城へ向かったようだが――


「……柿原君達、苦労してそうね」


 なつきの暴走を必死に止めようとするもその強引さに押し切られ、やむなくついて行った様が容易に想像できる――

 東山さんが同情するようにぼそりと呟いたのを聞き、一同はしみじみと頷いてしまっていた。

 あのコンミスが大人しく管国の討伐隊に任せると思えない。きっと自ら先頭を切ってモンスターや死霊使いネクロマンサーに挑もうとするに違いない。『悠木なつき』という少女はそう言う人物だという事をここにいる部員全員身を持ってよく知っている。


「やっぱりなつきが暴走する前に止めにいった方がいいと思う。じゃないと余計な被害が周囲に及ぶわ。二次災害は何としても防がないと――」

「アンタ達がさっきから言ってるそのナツキって子、一体どんな子なワケ?」


 彼女が毒舌な少女であることは知っている。だが、それを差し置いても酷い言われような気がするが――

 力説しながら提案したなっちゃんの言葉を聞いていたエリコは、呆れたように肩を竦めながら、この場に居ずしてここまで皆に言われる少女に同情する。


「んー、一言で言えばそうだな……うちらの世界の『お騒がせ王女』ってか?」

「へえ……コーヘイ。アンタケンカ売ってる?」

「じょ、冗談でーす」


 この世界の本家本元『お騒がせ王女』からニコリと殺気の籠った笑顔を浮かべられ、こーへいは誤魔化すように猫口を浮かべそっぽを向く。

 周りで聞いていた一同は、言い得て妙だ――とクマ少年の発言に心の中で賛同していたが。

 と、そこで一人思案していたまとめ役の少女が、小さく頷いた後意を決したように口を開く。

 

「あの、私はできれば……ここで待つのもありかな――って思うんだけど……」

「……どうしたのまゆみ?」


 両手の指をくっつけ、遊ばせるように遠慮がちにそう提案した日笠さんを見て、東山さんは意外そうに尋ねた。

 

「え? な、なにが?」

「いえ。やけに消極的だなって思ったから」

「そうかな……別にそういう訳じゃないの。ただ、私達行く先々で危険と隣り合わせだったじゃない? それでも結局何とかなったけれど……でもそれは人間相手だったところもあるんじゃないかと思って――」


 だが今回の相手はその人間どころか動物でもない。化け物、モンスター――そう称してもおかしくない未知の敵なのだ。

 私達は『タダノコウコウセイ』。今までだって奇跡に近い運の良さもあって何とかなってた。


 けれど、奇跡は何度も続かない――


 あの時ふと脳裏をよぎった懸念を思いだし、日笠さんは憂いから表情を曇らせる。

 と、そんな少女を見て小さな溜息を吐くと、なっちゃんはニコリと意地の悪い微笑みを浮かべ、日笠さんに向かって首を傾げた。


「まあ確かに、まゆみはお化け苦手だもんね?」


 彼女なりの元気づけるための揶揄だった。

 途端目をぱちくりとさせ、日笠さんは慌てて両手を振って微笑みの少女のその発言を否定してみせる。


「ち、違うってなっちゃん! お化けが怖いわけじゃないよ? それはその……できれば会いたくはないけど……でも臆病風に吹かれたとかそうじゃないの。もしものことがみんなにあったらって考えると……やっぱり『二次遭難』だけは避けたくて――」


 消え入りそうな語尾でそう言い終えると日笠さんは俯いてしまう。

 思ったより反応が返ってこなかったまとめ役の少女を見つめ、なっちゃんは心配そうに端正な眉を下げた。


「ごめん、今のは忘れて……私は皆の意見に従うことにするから」

「まゆみ……」

「ねえ、カッシーあなたはどう思う?」


 と、誤魔化すように無理してニコリと笑い、日笠さんは我儘少年を向き直って尋ねる。

 日笠さんのその問いかけを受け、やはり先日から少女の様子に違和感を感じていたカッシーは、しばしの間慮るように彼女を見つめていた。

 だが、ややもって皆が自分の発言を待つように視線を向けていることに気づくと、少年はにへらと笑って見せた。

 

「俺は古城に向かう」


 ――と。

 既に腹は決まっている。そう謂わんばかりのにへら顔だった。

 彼の言葉を聞いたエリコは嬉しそうに口元に笑みを浮かべたが、すぐにそれを引っ込め神妙な顔つきで彼に尋ねる。

 

「一応聞くけど理由は?」

「自ら本拠地に特攻かけるなんて、いかにもなつきらしい行動だとは思う。けどさ……なんとなくあいつの気持ち、わからなくもないんだ」

「気持ち?」

「俺等がチェロ村を助けようと思ったように、あいつもこの村を助けたかったんだと思う」


 昼間キクコ村長は言っていた。

 あの子達は我々の恩人なのです。どうか責めないであげて欲しい――と。

 

 一月前、彼女達はこの村の付近で倒れているところを村の人々に発見され、手厚い介抱を受けたらしい。

 以後彼女達はキクコ村長の開く教会でお世話になることになった。

 丁度その頃からだった。毎夜アンデッドの集団が村を襲う様になったのは。

 村人達の中には疑心暗鬼に陥り、彼女達四人を匿ったからアンデッドが村を襲うようになった、と実しやかに非難する者もいた。

 彼女達を村から追い出せと宣う者達まで出始めた。それでもキクコ村長はなつき達を匿い、疑わなかった。


 そして彼女のその優しさに報いる様に、なつき達は管国の討伐隊が来るまでの間、連日連夜襲い来るアンデッドの集団を相手に魔曲を駆使してこの村を護っていたのだそうだ。

 余所者にも拘わらず、襲い来る死人の脅威からこの村を護ろうとする勇敢な姿を見て、次第に彼女達を疑う者はいなくなったという。


 我儘少年は同じワガママ娘を知る――というわけではないが。

 あの傍若無人で、逆らう者には容赦しない暴君コンミスが飽きもせず、そして弱音も吐かず自らの意志でこの村を護り、そして根源を断とうと敵の本拠地へ赴いた。

 その理由が少年には何となくわかるのだ。自分だってそうだったから。

 

「あの時の俺等と一緒なんだよきっと。なつきのやつ……いや、柿原も阿部も亜衣ちゃんも、世話になったこの村のこと放っておけなかったんだと思う。だから俺はあいつらの恩返しに協力したい。でもこれは俺の勝手な意見だ……その、みんなは残っててくれていいぜ?」


 もちろん危険は覚悟のうえだ。それに強制はするつもりはない。

 正直言えば、討伐隊という戦のプロに任せた方がどう考えても懸命なのだから。

 だがそれでも行くと自分は決めた。

 意志強き光を秘めた双眸で一同を見渡し、カッシーはもう一度にへらと笑う。

 

 と――

 

 やれやれと溜息をつき、しかしなっちゃんは微笑を浮かべて少年の顔を覗き込んだ。

 

「まったくチェロ村の時もそうだったけど、あなたらしい青臭くて勝手な理屈ね」

「うっ……だから言ってるだろ? 残っていいってさ」

「なら私も言わせてもらうわ。『夢見が悪くなるのは嫌』なの、だから私も行く」


 チェロ村を思う俺達と一緒――

 そう言ったカッシーに、いかにも彼女らしい『あの時』の言い回しを口にしてなっちゃんは同行を表明した。

 微笑みの少女のその言葉を聞き、カッシーは返答に困るようにして口をへの字に曲げる。

  

「じゃあ、私もこう言えばいい? 『義を見てせざるは勇無き也』よ――って」

「んー、俺あの時何つったっけか……まあいいや、要は死ななきゃいいんだろ?」


 皆を護るのは自分の役目。元々決めていた事だ、私も行くと腕を鳴らす東山さんと共に、お気楽極楽クマ少年も紫煙を燻らせながらにんまりと笑ってみせた。


「ムフ、そんじゃオレサマ留守番してるカラ、みんな頑張ってネー」


 椅子を漕ぎながら話を聞いていたかのーは頭の後ろで手を組みながら能天気に笑い声をあげる。

 付き合ってられないディース――と。

 だがしかし――

 

「かのー、あなたこの前パーカスで私に盗賊全部押し付けたこと、忘れてないわよね?」

「……ドゥッフ、と思ったけどやっぱり面白そうだしイクヨーイクヨー」


 今この場でその清算をしてもいいけど?――眉間のシワを深いものしながら、途端に陽炎の如く怒気をその身から上げだした風紀委員長を見て、バカ少年はくるっと掌を返していた。

 このバカはいてもいなくてもあんまり変わらない気がするが、まあいいか。

 なんだかんだで結局古城へ向かう意思を示した仲間を見てカッシーは、嬉しそうににへらと笑う。

 

 と、やにわに彼はまとめ役の少女を向き直った。

 浮かべていた笑みを引っ込め、一転神妙な顔つきで。

 そんな少年をじっと見つめ、日笠さんは隠すようにして両手を握りしめていた。

 また彼がどんどん離れていくような錯覚を感じながら。

 

「そういう訳だ日笠さん、ちょっと行ってくるよ」

「……カッシー」

「あーその……心配かもしれないけど無茶はしないから――」


 ポリポリと頬を掻き、顔色を窺うようにたどたどしくそう告げた我儘少年をしばしの間じっと見つめていた苦労人の少女は、やがてお決まりの如く深い溜息をついて苦笑する。


「……その言葉ほど信用できないものはないんだけどな」

「うっ」

「はぁ~~~じゃあ私もこう言ったらいい? 『あなた達を放っておいたら、それこそどんな事になるか心配でたまったもんじゃないわ』――って」

「日笠さん……」

「私も行くに決まってるじゃない。うちらは運命共同体でしょ?」

「その……ありがとう」

「どういたしまして」


 憂うのも悩むのもとりあえず今は辞めよう。

 神器の使い手は運命共同体。こうなったらやるだけやってやる――日笠さんは弱々しく微笑むと皆を一瞥する。


 やがて決意を秘めた眼差しと共にこちらを向き直った我儘少年を見て、エリコは満足そうに笑い返した。


「んじゃ決まりね。アンタ達も行くってことで」

「ああ。よろしく頼む」

「任せておきなさい。私とチョクが付いてるんだからアンデッドなんてちょちょいのちょいよ。心配しなくても平気平気♪」

「みなさんのことは必ず守ってみせるッス。ですからどうか安心を」

「ありがとうございます。エリコ王女、それにチョクさん」

 


 かくして。

 場所は違えど、思いは一緒。チェロ村での自分達の思いをなつき達と重ね――

 六人の少年少女は先に向かった仲間を追って、呪われし古城へと向かうことを決めたのであった。

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