その1-2 悍ましき伝承の古城

二日前。

ホルン村教会奥、執務室―


「ええっ!? ここにはいない!?」


 日笠さんは思わず身を乗り出し、たった今聞いたばかりのその言葉を繰り返してしまった。

 それでもなお信じられない――といった様子で前のめりにこちらへ迫る少女に対し、年季の入った黒檀のテーブルを挟んで座していた老婆は頷いてみせる。

 日笠さんはがっくりと肩を落とした。


 村について早々、彼等は飛ぶようにして村長の家を訪れていた。

 親切な村人に案内されやってきたのは村一番奥にある教会とおぼしきデザインの建物。

 そして中に入り、奥に通された先で待っていたのは優しそうな眼をした銀髪の老婆であった。

 

「ようこそホルン村へ。私が村長を務めております、キクコ=ニシヤマです」


 胸の前で横に五回空を切り、丁寧に頭を下げると彼女は自己紹介を述べる。

 ちなみに彼女はこの村の村長兼、今案内されてきたこの修道院の院長を務めるシスターとのこと。

 言われてみれば身に纏っているその服装は少年少女達の世界でいう修道服に近い、黒と白を基調としたゆったりしたものだった。

 もっとも、その首に掛けられていたのは銀の十字架――ではなく、楽器経験者であれば誰もが一度は目にしたことのある音楽記号の形をしていたが。

 所謂『ト音記号』。一体何の宗教なんだろう。でもこの世界にも教会?ってあったんだ。まあ宗教がない世界というのも考えづらいが――と、様々な疑問がわき起こって来て、日笠さんは邪念を払うように思わず首を振る。

 今は話に集中しなければ――と。

 だが逸る気持ちを抑え、順を追って事情を話した彼女に向けてのキクコ村長の返答は、残念ながら先刻少女が放った言葉であったわけだ。

 即ち、『ここにはいない』という返答。

 老婆がそう告げた対象はもちろん、彼等が探し求めてやってきた巷で噂の『神器の使い手』――もとい音高交響楽団の部員のことである。


「残念ですが、彼等なら二日ほど前にコルネット古城に向かってしまいました」


 やや高めの鼻に掛けられた老眼鏡を指で直し、キクコ村長は穏やかな落ち着いた口調でそう付け加えて申し訳なさそうに眉をハの字にしていた。


「二日違いか……」

「擦れ違いになっちゃったわね」


 惜しい。

 悔しそうに呟いたカッシーの言葉に続けて東山さんも無念そうに眉間にシワを寄せる。

 パーカスに寄り道したのが痛手となった。だが今更それを悔やんでも仕方がない。

 それに寄り道したおかげで寝耳に水の果報もあったわけだし。

 さて、どうしたものか――と、一同は顔を見合う。


「失礼、コルネット古城って……この地方の伝承に出てくるあの城ッスか?」


 と、黙って話を聞いていたチョクがもしや――という顔をしながら老婆に尋ねる。

 はたして彼女はその通りと頷きながら、感心したように小さく溜息を漏らしていた。

 

「よく御存じで」

「いえ、私も書物で読んだ限りの事しか知りませんが。ではひょっとして、彼等が古城に向かったのはこの地で今問題となっているアンデッド騒動に関与して――」

「その通りです」

「ちょっとチョクどういう事よ? 私達にもわかるように説明しなさい」


 二人で勝手に話を進めだしたチョクとキクコ村長に対し、釘を刺すようにしてエリコが会話に割って入る。

 彼女だけではなかった。なんだか物騒な言葉が聴こえてきてカッシー達も途端に顔色を変えてチョクを向き直る。

 

「このホルン村からさらに東へ向かったところにある古城なんスけど、いわくつきの話があるッス」

「あの、それってどんな伝承なんですか?」


 一同の問いを受け、キクコ村長はやにわに表情を曇らせるとテーブルの上で手を組んだ。


 少々長くなりますが――

 そしてそう前置きし、彼女はこの地方に伝わる言い伝えを話し始めたのである。

 彼女の話をまとめるとこうであった。


 今からおよそ六百年程前、まだこの大陸が弦管両国に分かれる前の話である。

 この近辺はホルン地方の領主が治める、肥沃な大地に恵まれた豊かな土地だった。

 もちろんホルン村も例外ではなく、今より数倍は人口の多い平和な村だった。

 ところがある日この地域一帯に疫病が流行った。

 疫病は非常に性質の悪いものでしかもなかなか収まらない。

 この地に暮らす人々が途方にくれていたその時、一人の魔法使いがホルン地方を訪れた。


 困っていた領主はその魔法使いに疫病について相談したのだ。

 すると魔法使いはとある条件と引き換えに疫病を止めてみせると約束したのである。

 

 その条件とは、領地の一部を自分に寄越せというものであった。


 疫病にほとほと手を焼いていた領主は背に腹は代えられぬと、魔法使いが提示したその条件をやむなく飲み、ホルン村一帯の領地を魔法使いに与えると同時に、小さな廃城を改修してその城主に任命した。

 

 はたして魔法使いは約束通り、疫病の蔓延を止め苦しむ人々に薬を施して領民を救った。

 それまでの苦しみがまるで嘘のように、たちどころに回復していく家族や恋人たちを見て人々は喜び、魔法使いを崇め奉った。


 しかし、それは魔法使いの巧妙な罠であった。

 彼には狙いがあったのだ。

 領土を得てホルン村の人々を自分の支配下に置いた魔法使いはある日を境に、村へ要求をするようになった。


 村の若い女性を一人城へ寄越せ――と。

 名目は現在研究中の新たな魔法の実験に協力をしてほしいとのことだった。

 若い女性限定というのが気になったが、彼はこの地方の恩人。しかも新たな魔法の研究ということであれば協力せざるを得ないだろう――当時の村長はそう考え、まずは自分の娘を魔法使いの元へと送った。

 

 実験が終われば娘は帰ってくると思った。

 しかし娘は帰ってこなかった。一週間待っても、一月待っても――

 

 流石に心配になった村長は娘を返してほしいと城を訪ねた。

 だがしかし、彼を迎えたのは変わり果てた姿となった娘であった。

 娘は既に息絶え、その骸は生ける屍として魔法使いに使役されていたのである。

 そう、彼は魔法使いの中でも外道として、仲間より追われていた死霊使いネクロマンサーと呼ばれる死者を操る魔法を専門とした魔法使いであったのだ。

 村長がその事に気づいた時はもう遅かった。

 娘の死に絶望する彼の耳元で、死霊使いはしわがれた声色でこういったのである。


 これからは毎月一名、村の若い娘を城へ差し出せ。

 できなければ即疫病を復活させる――と。

 

 腰を抜かしながらも這う這うの体で逃げ帰った村長は、しかし逆らうこともできずどうしたものかと領主に相談した。

 当然領主は烈火の如く怒り、死霊使いの元へ兵を送りこんだ。

 だが兵達は一人たりとも帰ってこなかった。

 

 それから数日後、領主の砦を所属不明の兵が襲撃する。

 攻め込んできたその兵を見て領主は恐怖に凍りついた。

 それは自分があの死霊使いに送りこんだ兵士達の息絶えたなれの果てだったからだ。

 かくして生ける屍と化した自らの兵により領主は絶命した。

 

 もはや村の人々に逃れる術はなかった。

 断れば、即疫病により今度こそ村は滅びるだろう。

 彼等は泣く泣く若い娘を古城に差し出すしかなかったのである。


 そんな日々が一年近く続いたある日のことだった。

 ホルン村にとある旅の僧侶が訪れた。

 修行の為に諸国を巡礼していたその僧侶は、話を聞いて村人を助ける決心をした。

 そして僧侶は生贄の女性のふりをして単身城に乗り込み、隙をついて死霊使いを倒したのである。

 しかしその僧侶も死に際に放った死霊使いの呪いにより、帰らぬ人となってしまった。

 こうして一人の僧侶の尊い犠牲によって悪しき死霊使いは倒され、この地方に再び平和が戻ったのだった。


「――その死霊使いネクロマンサーが住んでいたといわれる城が、現在のコルネット古城と言われています」


 キクコ村長はそこまで語り終えると、ふぅと一息ついた後一同を見渡した。


「ドゥフォフォフォー! なかなか愉快な話ディース」

「アホッ! おまえ絶対聞いてなかっただろ!」


 案の定、話の途中でついていけなくなって話半分で聞いていたかのーがケタケタ笑いながら拍手すると、カッシー以下六人もじろりとバカ少年を睨みつける。

 しかしなんて壮絶な結末の話だろう。

 話を聞き終えた日笠さんは感慨深げに溜息を漏らしていた。


「旅の僧侶ねえ」

「はい、後ろの壁に掛けてあるその絵の人物が言い伝えの僧侶だといわれていますが」


 そういった伝承をあまり信じないタイプのエリコが半信半疑うさん臭そうに呟くと、キクコ村長は皆の後ろの壁を見上げ目を細めて話を付け加える。

 一同がその視線につられて振り返った先には、年季の入った額に収まった絵画が掛けられていた。

 老婆のいう通り、その絵は髪の長い色白な女性がこちらを向いて微笑んでいる肖像画だった。

 端整な顔立ち、白くて華奢な身体つきだが、こちらを見つめるその瞳からは強い意志が感じ取れる。

 だがその肖像画を一目見て、日笠さんは眉を顰めた。

 この絵、誰かに似ているような――と。


「話によると、その絵のモデルとなった一週間後に、全身に腫物ができてお亡くなりになられたそうです」

「腫物……それが呪いかなにかですか?」

「わかりません。オラトリオ大学の考古学者の話では、所謂天然痘だったのではないかとも言われていますが……所説定かではありませんので」


 こんな綺麗な人が全身に――その壮絶な散り際を思い浮かべて東山さんは思わず眉間のシワを深くする。


「伝承はわかったわ。けれどそんな城にどうして彼等は向かったの?」


 閑話休題。

 伝承は伝承で興味深かった。だが肝心のその城へ向かった仲間の動機が分からない。

 腕を組んで話を聞きながら状況を整理していたなっちゃんは、気になっていた疑問をキクコ村長へと投げかけた。

 途端表情を暗くして、老婆は眼鏡の奥の瞳に憂いを灯す。


「……再び現れたのです」

「現れた?」

「今お話しした伝承に出てきたその死霊使いネクロマンサーが――」


 キクコ村長の表情は真剣そのものだ。

 冗談を言っているとも思えない。

 だがそれでも一同は言葉を失い、狐につままれたような表情でしばしの間沈黙してしまっていた。


「キクコ村長、ちょっと待ってください」

「はい?」

「え? だって死んだんですよね? その死霊使いネクロマンサーって――」

「そうです、確かに伝承の中で旅の僧侶に倒されました。しかし……私達にはそうとしか考えられず――」


 まるで自分で自分に言い聞かせるように、思いつめた表情で老婆は言葉を少しずつ紡いでいった。


「村長、一体どういう事ッスか?」

「……皆さんもご存じの通り、この村は一月前からアンデッドの襲撃を受ける事態となっております。そしてそのアンデッド達はどうも、コルネット古城から村にやってきているようなのです」

「おーい、マジか?」

「村の人々は『きっと伝承に出てくるあの死霊使いネクロマンサーが復活したのだ』とすっかり怯えてしまい――」

「なるほど、そういう事。誰かがそいつを見たわけじゃないのね?」


 よくある集団恐慌の一種じゃないだろうか。

 合点がいったと小さく頷きながらエリコが尋ねると、老婆は顔色を白くしながらしかし首を振る。


「それはそうですが……自然発生したとは思えぬ統率ぶりと、執拗にこの村を狙ってくる挙動から考えるに、明らかに背後でアンデッドを操っている死霊使いネクロマンサーがいるとしか思えないのです」

「てか今更なんだけど、その『ネクロマンサー』ってのは何なんだ?」


 まあ名前の響きからなんとなくよろしくない感じはするが――

 話の腰を折るのは忍びないが、また聞きなれない言葉が出てきて、カッシーは頼るようにチョクを向き直った。

 お人よしの眼鏡青年は少年のその視線を受けて説明を始める。


「死者の『魂』や『骸』を媒介として幽霊レイス不死者アンデッドを使役する魔法を専門として扱う魔法使いの事っス。別名『死霊使い』とも呼ばれるッスけど」

「そ、そんな事できるの?」

「可能よ。でも、そういった類の魔法を使役することは、大陸じゃ禁止されているの。死者を冒涜する行為だし、それに悪用すると自然の摂理を乱す事になりかねないから」


 チョクの説明に続いて、エリコはそう答えるとしかし彼女はきな臭そうに顔を顰めた。

 いよいよもってファンタジーな話になってきた。ゾンビやスケルトンなどの所謂『アンデッド』と呼ばれる不死の化け物が存在する――それは迷いの森でキャンプした時に話を聞いていたが、まさかそいつらを使役する魔法があるとは初耳だ。

 しかしまあ死者を操るとか物騒な話だし、穏やかじゃない話だ――カッシーは顔色を悪くしながら剣呑な表情を浮かべる。


「まあ、魔法使いはこの大陸じゃ限られていますし、死霊魔法ネクロマンシーは魔法の中でも非常に高度な部類に入るので、使役できる者はかなり稀有な存在ッスけどね」

「でもその『稀有な存在ネクロマンサー』が古城にいる可能性が大きいってことでしょう?」


 確認するようにそう尋ねた微笑みの少女の表情はしかし、なんとも渋い渋い表情に変わっていた。

 何故彼女はそんな表情をするのだろう――日笠さんはなっちゃんのその変化に気になり小首を傾げる。

 だがしかし――

 

「……ん? んんん? え、ちょっ! ちょっと待ってそれじゃ!?」


 苦労人の少女はやにわに目をぱちくりとさせ、さらには顔に縦線を描きながらキクコ村長を向き直った。

 頭の中に浮かび上がった、一つの推論を証明するために。

 

「あの……もしかしてうちらの仲間がその古城に向かった理由って――」

「はい、その死霊使いネクロマンサーを退治すると言って古城に向かってしまったのです」


 はたして、心底申し訳なさそうにこうべを垂れながらキクコ村長は答えた。

 途端真っ白になり、光の消えた瞳と共に少女は溜息を吐く。


「……ソウデスカー」

「申し訳ありません。私は止めたのですが、つい先日管国の討伐隊がこの村に到着しまして――」

「管国の?」

「はい。アンデッドの襲撃があって早々、ミドリ女王に討伐の依頼を出していたのです」


 結果管国女王はキクコ村長のその依頼を承諾し、討伐隊をホルン村へと派遣したのであった。

 その討伐隊が到着したのが丁度三日前のことらしい。

 意外そうに尋ねたエリコに対し、老婆はその通りと頷きながら答えていた。

 

「それで討伐隊が城に向かうと聞いて、彼等も一緒に――」


 なるほど、アンデッドの巣窟に自ら乗り込んだというわけですね!

 何 考 え て る の よ そ い つ ら ! ?――


 日笠さんは眩暈を覚えふらふらとテーブルに突っ伏していた。


 大した度胸というか無謀というか。まあ私達も人のことはいえないが、だが助けにきたこっちの身にもなって欲しい。

 一体どこのどいつだこんなことをするバカは!

 ああ、そう言えば肝心の名前を聞くのを忘れていた――

 苦労人の少女はしばしの間の後、呼吸を落ち着かせてから顔をあげる。

 

「あの……古城に向かったその子達の名前ってわかります?」

「名前ですか? それはもちろん、この村を救ってくれた恩人ですから」

「教えてください! その無謀な奴の名前を!」


 バン!―と、乱暴にテーブルを叩きながら日笠さんは前のめりに尋ねた。


 

「ナツキちゃんです」

「……へ?」

「あ、失礼……ナツキ=ユウキさんとそのお友達三名です」


 と、キクコ村長がやや驚いて身を引きながらも古城に向かった少年少女達の名前を伝えると――

 次の瞬間、少年少女六名はほぼ同時に大きな大きな溜息をついて、だが納得したようにお互いを見合ったのであった。



 よりによってなつきか! 何考えてんだあの首席奏者コンミスめ――と。

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