折り紙

 彼女は机にあった紙ナプキンを一枚手に取ると、せっせと折り紙を始めた。


「何を作っているの?」


「んー、ハート」


「へぇ、カッコいいじゃん」


 僕の何も考えていない返答に彼女は曖昧な表情を浮かべてみせる。


「もう少し、興味を持ってほしいけどね。ほら、ハートだよ?」


「凄いと思うよ、単純に」


「思っていないな、その反応は」


 いやいや、と僕はスマホから顔を上げて首を振る。


「僕は折れないから。凄いと思うよ」


「折り紙、苦手だっけ?」


「得意ではない。鶴が折れるくらい」


「ホント?蓮、義務教育で何していたの?」


「折り紙って選択科目でしょ。俺その間、三味線の授業取っていたから」


 僕はスマホでクエストの周回をしながら、彼女の強い言葉にまぜっかえす。彼女は三味線の授業ってなに、と言って笑う。


「文化交流会も、テキトーに過ごしていたから」


「あー、あの時って、なにをしたんだっけ?」


「んー。楽器演奏のサポートしてた」


 留学生との文化交流会。高校二年は毎年留学生を受け入れ、留学生の歓迎会を含めて毎年文化交流会なるものを開く。学年の全員が何らかの日本文化を紹介しなければならないが、準備段階から盛り上がり、高校生活の楽しかった思い出として挙げる人も一定いるらしい。

 そういえば、彼女はあの時折り紙を紹介していたように思う。


「あの時に覚えたの?」


「うーん、その前からハートぐらいは折れるよ。ハートと、鶴と、あと手裏剣とか? 日本っぽいものがウケるから」


「すごいな」


「そりゃあ、日本の文化ですから。日本人として、当然かな」


「それは折り紙が折れない僕への侮辱?」


「深読みし過ぎじゃない? ま、折り紙が折れない人は、もう日本人じゃないとは思うけど」


「当てつけじゃんか。あと、僕も鶴なら折れるんだから」


「鶴だけでしょ?」


「鶴さえ折れれば、今までの人生で困ったことはなかったぞ」


「まぁ、生活に直結する技能ではないけれど。日本人として、ねぇ?」


「そうね、仕方がないからイギリス人にでもなって、アフターヌーンティーでも嗜むよ」


「英語できないんだから、日本人として頑張った方がいいと思うけれど」


「そういえば、そうだった」


 僕と彼女は何事もなかったかのように珈琲を飲み、空白の時間ができる。


「折り紙でなんでも折れるのはカッコよくない?魔術師みたいでさ」


「うーん、それはそうかも。でも、ただの紙だよ?」


「そういう現実を突きつけないで。折り紙って、もともとそういうものでしょ」


「じゃあ、動物作って」


「今度ね。作り方見ながらになるけれど、それでもいいのなら」


「ホント?」


 彼女は頷く。それならば、と僕は調子に乗ってお願いする。


「じゃあ、この珈琲のお代わり作って」


「それは、お金を払って店員に頼んで」


 彼女はこちらを見ることもなく言った。

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