炭酸

 あかりはメニューとかれこれ五分ほど格闘していた。

「ねぇ、カルピスとカルピスソーダ、どっちがいいと思う?」

「値段は?」

「同じ」

「じゃあ、カルピスソーダじゃないか? なんとなく、炭酸の分のお得感があるだろ」

「そうかも。じゃ、カルピスソーダにする」

 そう言うと、あかりは呼び出しボタンで店員を呼び出す。カルピスソーダと僕の分のコーヒーを注文してしまうと、あかりは名残惜しそうに店員の背中を目で追っていた。

「でもさ。炭酸って、タダなんじゃない?」

「なんで?」

「だって、炭酸って二酸化炭素が水に溶けている状態なんでしょ? 地球温暖化で二酸化炭素の排出を減らそうって言っているくらいだし、余っているんじゃないの?」

 そうねぇ、と返してから僕は考え込む。さて。なにか、テキトーな騙し文句を考えなけばならない。


「炭酸って、どうやって作ると思う?」

「二酸化炭素を溶かすんじゃないの?」

「じゃあ、どうやって溶かすのさ」

「知らない。頑張って、溶かすんじゃない?」

 少しは考えてくれとも思うが、仕方ない。

 圧力をかけて、二酸化炭素の溶解できる最大量を増やす。高校で状態変化の図は見ているはずだが、彼女にとっては記憶の埒外に存在しているものらしい。

「原理は分かった」

「それはよかった」

「じゃあ、なんでカルピスとカルピスソーダの値段が変わらないの?」

 僕は言葉に詰まる。その答えは、僕には分からない。

「炭酸は有り余っているから、じゃないか?」

「それじゃあ、私と変わらないじゃない。なにか、いつもみたいに即興で考えてよ」

 そう言われると、仕方ない。僕の沽券にかかわる。

「炭酸は、おおもとは二酸化炭素だろ?」

「そうね」

「二酸化炭素は、いまどういう状態にある?」

「増えているんでしょ、地球温暖化って言われているし」

「そう、じゃあ地球温暖化の改善にはどうすればいいと思う?」

「二酸化炭素を減らす」

「そのために、炭酸飲料として二酸化炭素を封じ込めることで、地球温暖化の改善にも少しずつ役に立っているわけ。分かる?」

「それ、正しいの?」

「いや、まったく。炭酸飲料を飲んだらげっぷが出るでしょ、あれで二酸化炭素は結局排出されているし」

「真面目に考える気はある?」

 あかりの言葉に耳を疑ったが、僕は真面目に考えることにする。

「炭酸って、漢字で書ける?」

「馬鹿にしているの? 炭に酸でしょ」

「他に、酸と付く言葉は?」

「塩酸。硫酸、酢酸とか?」

「塩酸や硫酸は、あかりもよく知っているだろうけれど危ないものだよね。酢酸は、もともとお酢から発見されたから、酢酸と付いた」

「うん」

「それじゃあ、炭酸は?」

「炭の、酸ってこと?」

「ほら、炭酸を飲んだら骨が溶けるとか言わなかった?」

「聞いたことはあるけれど」

「それだけ、炭酸も塩酸や硫酸のように強い効果を持っている。それでも、今や世界には地球温暖化になり、二酸化炭素が溢れている」

「そうね」

「少しでも、二酸化炭素を減らすために、世界中の人間に少しずつ取り込ませることで、二酸化炭素の量を減らそうと開発されたのが、炭酸、というわけ。少量であれば特に大きな効果を示さないからこそ、この方法が使われている」

「じゃあ、カルピスとカルピスソーダが同じ値段のわけは?」

「販売元は、その事実を知っているからね」

「なんで、カルピスソーダの方が安くないの?」

「素人が見ても付加価値が付いているように見えるものの方が安いと、疑う気持ちが生まれないか?」

 あかりは、一度喫茶店を横目で見渡してから言った。

「真面目に答える気は?」

「もちろん、ない」

 僕は、珈琲を飲む。

「こうやって、よく分からない陰謀が生まれるのね」

「そうね。ネットリテラシーは大切に」

 あかりの顔は、「どの口が」と言っているが、僕は鈍感なフリをすることにした。

「一応、ひとつ訊くね」

「どうぞ、なんなりと」

「私はカルピスソーダを頼んだのだけれど」

「つまらない戯言で人を騙してもてあそぶほど、僕は堕ちていないよ」

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