野生

 彼女は、喫茶店にもかかわらず、肉のサラダを頼んでいた。彼女が注文したそれは店のメニューにさまざまな珈琲などのドリンクとともに書かれているれっきとした商品の一つで、むしろこの店の名物料理となっていた。毎度のことながら、僕は彼女のその選択を訝しく思う。この店は確かにそのメニューがあるとはいえ喫茶店なのであり、彼女は例えばケーキやパンを選ぶべきだと思う。しかし、それを口にしたところで彼女が肉のサラダを注文することには変わらないのだから、あえて僕が言及する必要もない。


 彼女はやっぱりこれよね、と言う。僕はその言葉に曖昧に頷くだけで、この話が流れてくれるよう祈る。

「この野生感がいいじゃない?」

 彼女はそう言ったが、僕はその言葉に疑念を抱いてしまった。

「野生感?」

「そう、野生感。肉と野菜そのまんま、というか」

「…そう」

「わっ、虫入ってた。すいませんー!」

 彼女は目ざとく虫を見つけ、店員を呼ぶ。すぐにやってきた店員は申し訳ございませんと頭を下げて皿を取り下げた。

「まったく。私の楽しみの時間を邪魔されちゃった」

「なぁ、訊いてもいいか?」

「嫌。駄目」

 彼女は否定したが、長年の付き合いでその言葉に拘束力を込めていないことくらいは知っている。

「野生感がいいんだっけ?」

「そうよ、ワイルドな感じ。あぁ、作られたものじゃない、というか」

「それなら、虫こそが野生じゃないのか?」

 彼女は意味が分からない、といった顔をする。

「考えてもみろ。その肉はどこかの牧場で育てられたものだし、その野菜もどこかの農家さんが育てたものだ。どちらも、人の手が介在している。いわゆる、野生感があるように見せかけた偽りのものなんだよ。それに対して、虫は完全に野生だ。生まれてから死ぬまで、誰の手もかからず、この環境のなかでたくましく生きてきた。野生感は、虫にこそあるんじゃないか?」

「もう黙ってて。私は、偽りの野生感がいいの」

 彼女は少し怒ったように言った。僕は、肩をすくめて珈琲を飲む。人工物の味がした。

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