馬と鹿に代わるもの

  喫茶店にこうも入り浸っていると、周りの会話というものは意外にも聞こえているものである。「馬鹿」や「殺す」などはこの優しいBGMに包まれた和やかな雰囲気の喫茶店でもその雰囲気を特に壊すことなく聞くことができる。


 馬と鹿、と書いて馬鹿である。本来は莫迦だが、難しいからか、ただの当て字で馬と鹿となったらしい。


 鹿は奈良や広島で見た覚えしかないからはっきりしたことは言えないが、馬は比較的賢い動物の例だろう。つまり、馬を莫迦の当て字に使うのは、いかがなものかと思う。

 そこで、「ば」と読む漢字と「か」と読む漢字を考え、莫迦という意味が漢字にも生きるようなものを考えたい。

「ば」と読む漢字だが、パッと思いつくのは、「場」しかない。罵倒。薔薇。老婆。数分ストローの包み紙を折りながら考えて、三つしか出てこない。意外と、ない。海馬。河馬。馬である。伊庭八郎、三つ葉なんかの「は」の派生で「ば」に代わるものは、やはり私としては認められない。

 スマホで漢字を調べた結果、薔薇は本来「ショウビ」と読み、その派生でバラと読むのだとか。となると、使えない。


 第一案は、「罵可」である。罵っても可い。または、罵る可。しかしべしと読ませる場合は可能のように前に来る。罵っても可いと読み下すのが正しい。たしか。高校時代の記憶なのでひどく曖昧ではあるが、それでも不確定なものは自信をもって送り届けることはできない。


 他、私は珈琲を飲みながら考えるが、いいものが思い浮かばない。しかし、困った時に取る手段がある。お得意の、作り話である。白眉は優れたものを指す言葉だが、ただ単に白い眉の馬良兄ちゃんが一番頭がよかったに過ぎない。もし馬良が鼻ピアスで目立っていたなら「鼻ピアス」が優れてものをあらわすことになっただろう。当時の中国に鼻ピアスがあるとは思えないが、ようは「赤シャツ」と原理は一緒だ。

 第二案として、私は「婆歌」を推薦したい。

 あるところに一人のおばあさんがいた。おばあさんはもともと歌が好きであったが、おばあさんは歌が下手なことを気にして子供の頃からあまり歌うことをしなかった。しかし、彼女も高齢になり彼女の娘も無事に結婚して孫ができた。彼女は子育てやさまざまな役目を終え、好きだったことをして余生を過ごすことにした。もちろん、長年歌っていなかった歌も声に出して歌うことにした。しかし、何十年も歌っていなかったせいで、彼女は歌詞を忘れてしまっていた。覚えているリズムに合わせてうろ覚えで歌うが、その歌詞は支離滅裂なものとなり、毎度違う意味の歌になった。そんなおばあさんの歌を孫たちはせがみ、「婆の歌、婆の歌」と慕った。転じて支離滅裂で毎度言うことが変わったりすること、また支離滅裂なことを言う人のことを婆の歌、婆歌と言うようになった。


 なんともばかげた即興の作り話であるが、こんなものもあっていいのではないだろうか。

 ほら、また隣の席のカップルが騒いでいる。

「あんた、婆歌じゃないの?」

「そんなことはないから、話をちゃんと聞け。あと女の子が婆歌なんて汚い言葉を使うんじゃありません」

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