漫画っていいよね。

「みくは、漫画描かないの?」

 沙弥は肘をついて、こちらを見ていた。黒いごつごつした男物の時計が、沙弥の腕の細さには余っていた。私はその時計からやっとのことで視線をそらし、首を振る。

「別に、特に絵は描かないし」

「前に描いてたじゃん、落書き。あれ、普通にうまいと思ったんだけど」

「そうだっけ?」

「そう。なんだっけ、マッカーズの金髪の子のイラスト。数学のプリントの端に書いてたでしょ」

「あぁ、あれか。あれしか、描けないし」

「えー、練習すればいいじゃん」

「そういう問題でもないんじゃないの?」

「だって、簡単じゃん?絵描けたら、表現の幅広がるよ」

「絵がうまく描ければ、の話だけどね」

「描けるじゃん」

「漫画と落書きは別でしょ。私、影だとか立体的な表現なんかは描けないし」

 紗弥は、わかりやすく落胆している。漫画に、そんなに思い入れがあるのだろうか。仕方ない。私も、なんとなくのフォローは入れよう。

「絵が描けた方が、楽だとは思うよ」

「そうでしょっ!」

 紗弥は興奮したように前のめりになる。時計がぶらぶらと動いてコーラに当たりそうで、私は勝手にひやひやさせられる。

「バトルものとか、そういうのは小説よりもずっと絵の方がわかりやすいだろうし。今、異世界転生が流行っているって言うじゃん。バトルシーンを言葉だけで表現するのはなかなか難しいもん。その分、ラノベ書いている人ってやっぱり凄いと思うし」

 紗弥は、うんうんと大きく頷く。

「でも、だから面白いのかもね。そのぶん表現する楽しみというか。伝わった時は気持ちいいというか」

「でもでも、簡単に伝わってくれる方がよくない? あと、読者からしたら、手に取りやすいし?」

 私は、少し考えてみる。

「うん、嫌だな。というか、今の自分が絵でなにかを表現してしっかりと伝わる自信が無いように思える」

「そっかぁ」

 紗弥はまた大きく落胆してみせる。紗弥の魂胆は分かった。どうやら、私の書いた新作を読むのが億劫になったらしい。紗弥から読みたいと言ったことを彼女は覚えているのだろうか。


「あとさ、漫画だったら、表情だったりその時々の違いをうまく表せないかも」

 紗弥が分かっていないような表情をしているのを見て、私は笑ってしまいそうになる。

「なんて言うだろう、全部寂しいだったら寂しいみたいな。あとは読者が勝手に読み取れーみたいな?その点、文章だと色んな書き方があるからさ。寂しさも悲しさも表現ひとつで随分印象が違うじゃん?」

「そっかぁ」

 紗弥は、私への説得を諦めたようだった。コーラが一気に紗弥の口の中に消えていき、残された氷が存在を主張するように音を鳴らす。

「でもやっぱり、漫画っていいよね」

「ほら、そうでしょ?」

「いや、実際活字の方が好きではあるけど」

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