物理が分からない
「じゃあ、なんでここの過程では正負が逆になるの?」
日曜の午前十一時二十四分。僕は奈々と香織にこの喫茶店に呼び出されて、喫茶店で質問責めにあっていた。それだけ言えば僕は彼女ら二人をたぶらかしているモテ男のように思われるかもしれないが、実際そんなことはない。質問内容は、来週ある物理のテスト範囲に関する質問ばかりで、色恋沙汰なんて話は程遠かった。
「んー、これは、授業のノートある?それあった方が、説明しやすいかも」
ダルい。一言にまとめるなら、これに尽きる。
なぜダルいのか。それは、僕が頭がいいわけではないから、である。我が学校は成績ごとにクラスが分かれている。僕も奈々も香織も同じクラスで、上から二番目のBクラス。一番上のAクラスの人間に訊くのは少し気が引けるし、Bクラス内で助け合おうという奈々と香織の気持ちもわかる。わかる。あと、Aクラスの人間が少し怖い、というのもわかる。けれど、いや、だとしたら、僕に完璧を求めるのは違う。僕は、Bクラスのなかで物理の成績がいい、というだけ。実際に、僕の前回の物理のテストの点数は72点。最高点は98点、もちろんそれはAクラスの人間。学年での平均点は54点とかそのあたりだからもちろん僕はそれを超えたことになるが、Cクラスの赤点連中が平均点を著しく下げているのであって、Aクラスの平均点は、80点を超えている。僕はAクラスの平均点にも及ばないのであって、僕に物理の質問をするのは、断じて間違っている。それでも、さまざまな事情から僕にその役目が回ってきて、僕は課せられた義務のように二人の物理の質問に答えなければならない。
隣に座っていた大学生らしきお兄さんは、PCにひたすら何かを打ち込んでいたし、そのさらに隣の席ではスーツ姿のおじさんが優雅に小説を読んでいた。僕もあんな風に喫茶店に来たかった、と思った。
窓側の席では、同じように大学生らしきお兄さんが同じような大学生らしいペンと紙を握りしめたお姉さんに質問責めにされていた。あの人も、僕と同じように不憫な休日の過ごし方をしているんだろう、と思った。そして、それを認知したおかげで僕の気持ちは幾分か、楽になった。
ところどころ僕も言葉を詰まらせ頭を悩ませながら、日曜は過ぎていった。僕は疲労感を抱えて休日を無駄にさせられる。やっぱり、僕の役目ではなかったと思う。奈々と香織は、お礼の言葉に笑顔を添えただけで帰っていった。せめて珈琲の一杯くらい、奢ってほしかった。
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