コップ

 コップは軽やかな音を立てて砕け散った。持ち主の性格をあらわしているかのような音に私はおもわず笑ってしまう。


 彼曰く、限定のコップで、希少価値が高いらしかった。どこか名の売れた喫茶店で買ってきたんだと、彼が鼻高々に説明していたような気もする。フリマアプリで売りに出してもよかったが、こいつは誰か他人に使われるよりか、割られることを望んでいるようだったから、割ってやった。割ってみて、特に清々しさも爽快感もなかった。要らなくなったものが、ただ使えないゴミとして床に散らばった、というだけだった。これが、こいつの末路だったのだ、と思う。彼は割れたことで幸せだっただろうし、こんな最期が彼にはお似合いだ。


 しかし。


 私は舌を盛大にこの部屋に響き渡るように鳴らす。まだ、床には血が懸命にその跡を付けようと伸びていて、まだ私に何かを求めているらしい。


 動かなくなった彼を片付けるのは、私なのだ。

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