人が死ぬ、ということ

 僕は美香と喫茶店でお茶をしに来ていた。これはデートでもなく、ただ幼馴染の二年ぶりの再会だ。僕たちはお互いの近況をざっくりと説明しあい、一杯目の珈琲がなくなったところだった。美香が僕の代わりに店員さんに二杯目を注文し、なにかを思い出したらしく手を叩く。

「あっ、そうだ。死って、なに?」

「いきなり、なんだよ」

「えっとねぇ、今うちに叔母さんの家族が来てるの。お母さんの妹なんだけどね、叔母さんの子供、まだ小さくてさ」

「その子に、死ぬって何と訊かれたと」

「簡潔に言えば、そういうこと」

 いかにも子供らしい、大人の答えられない問題だ。

「で、どう言ったの」

「お姉ちゃんもあまりちゃんとわかってないから、明日頭のいいお兄ちゃんに訊いてくるねって」

「おい、待て。ということは、その子供は今日お前が帰ってくるのを待ってるのか?」

「そういうこと、相変わらず察しがいいじゃん。はい、死ってなに?」

「輪廻転生でも教えてあげればいいんじゃないか?また新たに生まれ変わるためにって」

「私の質問聞いてた?死とはなに、って言ってるの」

「つまり、一対一の回答が欲しいと?」

「そう。死とは、これこれっていうやつ。あぁ一応言っておくけれど、子供にも理解できるものね」

 なるほど。なかなか、大役を任されたようだ。

「死とは、人が動かなくなることだ」

「却下。子供相手よ」

「死ぬというのは肉体の生まれ変わり、すなわち魂の肉体からの解放のことで…」

「どこぞの新興宗教じゃないんだから。子供に変なこと教えたら、ダメでしょ」

「死ぬということは、生きることだ」

「そんな哲学みたいな理論、子供が理解できるわけではないでしょ?」

「死とは、異世界への転生のことで、そこではみんなチートな能力をもって女の子に囲まれて…」

「ごめん、そういう系は求めていないの」

「死とは、人間の最期の贖罪だ」

「あぁ、あなたの意見を聞きたいんじゃないの。というか、久しぶりに聞いたわ。その理論でまだ生きてたのね」

「使徒は、エヴァンゲ…」

「ねぇ、真面目に答える気ある?」

 その言葉が出たら、僕のボケる時間は終了だ。僕は珈琲を一口飲み、思考回路を真面目なものに変える。

 さて、どうしたものか。僕は、目を瞑って視覚情報を遮断する。そもそも、僕の定義のなかで、死とは生きている状態が終了すること、である。しかし、いま求められているのは、どちらかといえば「コウノトリさんが運んでくるよ」といったものだろう。

「死ぬ、っていうのは見守る側になる、ということだ」

「というと?」

「死んで、今度はみんなを見守るために天に向かう。みんなや家族を見守るために、お星さまになってみんなを見守ってくれているんだ」

 僕は美香の顔色をうかがう。

「なるほど。そう言っておく。ありがと」

「なんのこれしき」

「もっと、ボケることなく早く考えてくれると嬉しいんだけどね」

「幼馴染との会話は、長く楽しみたいからな」

 僕は、お代わりを注文するために店員を呼び止める。

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