アノマリー
僕は、レポートのお題を聞いてげんなりする。
「…また、僕が嫌いなものじゃんか」
「そう言わないで、私は書かなくちゃいけないんだから」
僕は嫌だと言う代わりに大きめのため息をついてみせる。
「まず、アノマリーってなに?」
僕は面倒になって、説明を放棄する。
「タピオカが流行ったら、不景気になる」
「へぇ、そのことをアノマリーっていうの?」
「まぁ、アノマリーの例というか。なんだっけ、サザエさんがグーを出したら、次の日株式市場が荒れる、だっけ。そんなの、とか」
「どういうこと?」
紗弥は、ただ分からない、という顔をしていた。まぁ、そうだろう。サザエさんが経済的な権力を持っているとは、誰も思っていないだろう。紗弥に伝わるように説明するには、どう言えばいいのだろうか。
「訊きたいんだけど、タピオカが流行ったら不景気になると思う?」
「なるんじゃない?」
考えるという行為を怠った言葉が返ってきた。わずかながら湧き上がってきた怒りをこらえて、僕は質問を続ける。
「その根拠は?」
「うーん。タピオカが流行ったら、どこでもタピオカ関連の商品を出すけど、徐々に飽きられて、経営が赤字になる、とか?」
可能性としては、無きにしも非ず。だが、そういうことではなかったり。
「十年前くらいに、タピオカ流行ったの、覚えてる?」
「知らない」
「ブームがあったんだよ、同じように。その時、直後に起こったのが、リーマンショックなの」
「何でそんなこと知ってるの?その時私と同じ九歳とか十歳とかでしょ?」
芸人のトークライブを好きで昔からよく見ていて、その頃から見ていると時事的な話題として出てくるから、なんて、僕がそれを知っている理由はどうでもいい。
「簡潔に言えば、タピオカが流行ったあとにリーマンショックがあったんだと。それで、そんな根拠のない噂があるわけよ」
「それが、アノマリーだと」
「そう」
「風が吹けば、桶屋が儲かる、的な?」
「あー、ちょっと違う」
ちゃんと説明しようとして、はたと止まる。紗弥は風が吹けば桶屋が儲かるという言葉を分かっていないのか、アノマリーの説明を分かってないのか、どちらなのかが分からなかった。
「関係がないのに、関連付けがあるように考えること、って言った方がいいかな?」
分かる?と訊くと、紗弥は微妙な顔をした。
「まぁ、関連のないものに、関連があるように思うってこと。紗弥といま、二人でここにいることも、なにかのめぐりあわせかもね」
「うん、そっか」
関係ないじゃん、というツッコミもなければ、なにか納得した素振りもないのは悲しかったが、仕方ない。今できる最良なまとめ方をしたつもりだが、紗弥には響かなかったらしい。
僕は恥ずかしさを隠すように珈琲を口に運ぶ。アノマリーの説明をすると、珈琲を飲みたくなる。これは、たぶん「風が吹けば桶屋が儲かる」の類義語だ。
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