農場の救世主

 僕の隣には、大学生らしき青年が三人、座っていた。三人ともがノートパソコンを広げていて、なにかを編集しながらそれについてどうするかを話し合っていた。

 僕は、それに目を向けたが、別にさして興味はない。また読んでいた資料に意識を戻す。


 そのうち、大学生グループは、作業をやめて息抜きを始めていた。最近、その三人のなかで流行っているゲームらしい。自分の農場を持ち、野菜や果実を育て家畜を飼い発展させていくゲームだ。

 彼らはお互いに、欲しい野菜や果物を求めあっていた。

 僕は、スマホを操作して自分の農場を覗く。彼らが求めているものはすべて僕の農場には揃っていた。

 何を隠そう、僕はそのゲームに熱中していた過去があり、彼らよりも発展した農場の持ち主なのだ。僕は、さながら迷える子羊たちを救う救世主の面持ちでいた。

「あー、ニンジン足りない」

「なんでだよ、空きないのか?」

「いや、単純に生産が追い付かない。余ってるか?」

 余ってない、と他の二人は首を振る。僕はほくそ笑む。さぁ、僕に頼るほか、選択肢はない。僕は、ここで待機しているのだ。あなた方の必要としているものを持った救世主メシアがここにいるのだ。

 大学生たちはしばらくすると諦めてアプリを閉じ、また編集作業の話し合いに戻った。僕は、頼られなかった。それ以降、彼らはそのゲームの話をしなかった。


 僕はまたしばらく資料をまた読み進め、ホテルへと戻った。何ともいえない気分にさせられた僕はその日の夜に、いつもなら手を出さない親子丼を食べた。あまり味はしなかった。

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