願い事
僕は、先ほど本屋で見つけた小説を手に、喫茶店で珈琲を飲んでいた。名前も知らない小説家の、聞いたこともない作品だった。本屋で見かけて面白そうだったから手に取った。この小説と僕の関係性は、ただそれだけだった。
なんの予定もない休日。
何にも縛られることなく、何の拘束力も持たない僕をただ無為に過ごすことができる一日。
こうやってゆったりと過ぎていく時間を楽しむのが、僕なりの最高の休日の使い方だ。
「私を呼び出したのは、貴様か」
正面から僕に向かって放たれたらしい声に僕は顔を上げるも、すぐにまた小説に意識を戻す。
「聞いているのか。私を呼び出したのは貴様かと聞いている」
「断じて違う。他をあたってくれ」
「そうか。しかし、これも何かの縁だ。詫びも含めて、何か一つ願い事をかなえてやろう」
僕はもう一度重い顔を上げる。なぜこんな店にいるのかが不思議なほどのとてつもない大きさをした龍が目の前にいた。
周りを見渡しても、この非現実的な光景に、誰も疑問を抱いていないようだ。いや、この龍は僕にしか見えていないのかもしれない。願い事、か。邪魔をせず去ってくれ、と言おうかとも思ったが、さすがにもったいない。
「言っておくが、願い事を複数に増やすという願い事は不可能だ。我の気分が乗らない」
どうやら、気分の問題らしい。しかし、僕もある程度いい年をした大人だ、そんな子供じみた願い事をするわけがない。
「決めた。願い事は、一つだ」
「聞いてやろう。金か?地位か?女か?」
「力、というか能力が欲しい」
「ほう?いいだろう。別に構わんぞ。世界を支配する力か?世の女すべてをはべらかす力か?」
「あなたの願い事をかなえる能力を僕にくれ」
龍は沈黙した。
「僕は、あなたが言うような願い事を増やすなどのお願いはしていない。ただ、超人的な能力が欲しいと言っている。さぁ、はやくその能力を僕にくれ」
龍はふっと消えるようにいなくなった。僕の視界には日常とも呼ぶべきものが広がっていて、その隅っこに、冷めてしまった珈琲がぽつんと存在していた。
好みの女の子がこの喫茶店に入ってきた途端に僕に惚れて、僕の席の向かいに座るように願ってみる。
案の定、何も起こらなかった。
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