カフェインが効くまで

 僕は数分間、珈琲とのにらめっこによる死闘を演じてみせたところで、彼女に話しかけてみる。

「眠くなった時に、カフェインを摂ると眠れなくなる」

「そうね」

 彼女は読んでいた小説から、目を離さずに言った。

「でも、僕は眠い時に珈琲を飲んでも、寝てしまうことがある」

「強いんじゃないかしら」

「いや、僕が今疑問に思っていることはそこじゃない。飲む時間が悪いんじゃないか、ということなんだよ。カフェインって、即効性のあるものなのか?」

「どういうこと?」

 彼女はページをめくった。僕は、わざとらしく咳払いをしてみせる。

「カフェインといえば?」

「眠くならない」

「他」

「…利尿作用?」

「それだよ」

「僕は、今ひらめいたんだ。カフェインは、つまり身体の水分を失わせることで身体の機能を利用して、むりやり身体を起こすのではないだろうか、と」

「うん」

「つまり」

「カフェインの眠気覚ましの効果は、同じような効果を示すものであれば、代用が効く、ということだ」

 僕は誇らしげに言ってみたが、彼女を小説から取り返すことはできなかった。

「そして、その理論が成り立つのなら、カフェインは僕らの身体に吸収されすぐに働くわけではない、ということではない。即効性はないはずなんだよ」

「つまり?」

「僕らは、眠いと感じるであろう頃を計算し、カフェインを摂取する必要がある」

「うん」

彼女は、またページをめくる。

「つまり、僕らが喫茶店に行くべき時間は、昼ではなく夕方から夜にかけて、じゃないだろうか」

「でも、夜は喫茶店はあまりやっていないんじゃないかな?」

「そう。だから、喫茶店は店を開ける時間帯を見直すべきだと思う」

「そうね」

 彼女は興味なさそうに言った。

「ま、喫茶店の利用者は、適度な飲み物と会話を楽しみたい人たちばかりで、あなたのようにカフェイン信者じゃないと思うけれど」

「そうなのか?」

「そうよ」

 彼女は、そこで久しぶりに顔を上げた。彼女の顔は見違えるくらいに変わったようにも思えた。

「ちょうど、今の私達みたいに、ね」

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