無人島の破綻
私はいま、行きつけの喫茶店で今週までに提出しなければならない企画書に追われていた。私がこの店を行きつけにし始めた頃はこんなに客が多くもなく、むしろ閑散として静かな絶好の穴場カフェだったが、穴場のカフェとしてテレビで紹介されて以来、客足が増えたらしい。はた迷惑な話だ。店の経営からすればそっちの方が絶対にいいのだろうが、私は静けさを良しとしていたのに。まぁ仕方ない。この店以外を探すのも億劫だし、それ以上に今は忙しい。
この企画書が仕上がったら、気軽に行ける無人島がないか調べてみよう。私は、そう決めた。必死に指をキーボード上で走らせ、条件を空想する。自宅から徒歩二十分圏内。誰にも邪魔されず、ヤシの実が一本、生えているだけの小さな無人島。
無人島。
それは冒険心と好奇心を掻き立てるものである。らしい。そういう風に育ってこなかった私には、その感情はよく分からない。
ただし、なかなかの破綻があると私は思う。
無人島。
つまりは人がいない島のこと。
新たな冒険者が踏み入って住んでしまえば、そこは無人島ではなくなる。
無人島をその文字通り人がいない島と捉えるか、人が住んでいない島と捉えるかにもよるが。
人が住んでいない島だとすれば、冒険者が住まない限り無人島である。では、「住む」の基準はなんなのか。辞書によれば巣を作って生活を営む、ということだと出てくる。.....人の捉え方にもよるだろうが、テントを張って冒険者達が泊まりでもしたら、そこは無人島ではなくなる。それは移動型の巣を作って生活をしているのだから。新たな島で生活しているのだから。
人がいない島だとすればなお面白い。
無人島は入ることしかできなくなる。入った時点で目指していたはずの無人島は消えてしまう。無人島の探検は夢のまた夢、そんなことを探検家はゆめゆめ思わない。
無人島に対して大きな夢を持つ人達には、まさしく取り付く島もない話だ。
企画書は何とか仕上がった。ぬるくなった珈琲を飲み干し喫茶店を出る頃には、無人島への熱い想いは消えていた。
家路をたどる間、私はひとまず家近くの喫茶店を調べる。
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