夜、学校、猫
私は今宵も静まり返った校舎を歩き回る。ゆっくりと。慎重に。誰にも見つからぬように。
生きにくい街に、居心地の悪い世の中になってしまった。道端にいても誰も食べ物を恵んでくれるわけでもない。といっても警察なんかのお世話になる気もない。そうなった場合の未来は何となく想像できるし、そんな惨めな自分にはなりたくないという、小さなプライドはまだ持っていた。
いつからか使われなくなったこの校舎は私にとっては居心地の良い場所だった。ほこりっぽさも私以外に誰も来ていないことを示してくれる。私は何故か嬉しくなった。はやる気持ちを抑えながらそれでも脚を前に動かす。
脚が気持ちよりも先に進む。私は階段を駆け上がっていった。無造作に並んだ机にも理科室の骨格標本にも目をくれず。
階段をのぼりきった私は冷たい扉に手をかけた。いつものように鍵はかかっていない。扉を押し開けると冷たい風が私を激しく撫でた。くすぐったくも私は屋上を街が見下ろせるまで歩を進める。
明るく輝くネオンの光。すっかり変わり果てた街。もう私の居場所はどこにもない。
私は吹き荒れる風に乗せてにゃあと叫んだ。
*
「こんなので、どう?」
出来上がったものをそのまま、僕はパソコンの画面で見せる。
「六十点」
彼女の望んだものには仕上がらなかったらしい。
「もうちょっと、可愛いのがよかった」
彼女は、甘いケーキを食べながら、文句をつける。彼女はここの喫茶店のケーキを気に入っていて、隔週で食べに来る。その時は毎回、僕も練習がてら向かいの席で三題噺を考える。彼女のなかで、そう決まったらしい。まぁ、別に僕は構わないが、彼女は褒めないタイプであるということだけがネックだ。
「もうちょっと、頑張るよ」
「そうして」
彼女の食べている姿を僕は見ながら、考えるふりをする。まさに至福のひとときを楽しんでいる彼女は美しかった。にゃあ、と声を掛けてみる。
「私、猫より犬派なの」
「そう」
それならなぜ題材に「猫」を指定したのか分からないが、幸福な僕にはどちらでもいいことのように思えた。僕は時間が経ったレモンソーダをストローで吸い上げる。わずかに残った炭酸がシュワシュワと舌を刺激する。
僕はパソコンのなか、並んだ文字列のなかに存在する猫に、レモンソーダを掲げ優越感を得る。お前は、敗北者だ。僕は、幸福な勝者だ。そう考え、また彼女に微笑んでみる。
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