第34話 神様の殺し方
「五人の死傷者を出したこの事件を警察は……」
窓も無い部屋。あるのはベッドとテレビ。食事が部屋に送られてくる。最初はスプーンも自殺の危険性があるらしくお椀だけで出されていた。
ブルーライトだけが部屋を照らす。心を落ち着かせる効果があるらしい。
テレビではあの事件で持ちきりだ。それはそうだろう。十四歳でこれだけの人数を殺してしまったら。
「……いや、この裁判は長引きますよ」
「現在の少年法では……」
似たような番組が連日繰り返されて報道されている。
「死刑しかないでしょ!」
僕が殺してしまった人間の遺族らしい。罪悪感は全くひとかけらもない。
何故、あんな宗教団体に入っていたんですか?
何故、あんな活動をしていたんですか?
何故、あんな奴を信仰していたんですか?
あいつを信仰する奴がいなければ母も、死なずにすんだのに。
だが、そんな事は僕にとってもうどうでも良かった。
先生という自称、神を名乗る男。
あいつはまだ生きている。
この部屋で僕はただ、あいつを殺せなかったことだけを後悔していた。あいつを殺す事。それだけがただ一つの願いだったにもかかわらず。
神様なんていやしない。
数か月ほど経つ。
僕の処遇は意外な方向に向かうことになった。
僕にも脳腫瘍が発見されたのだ。
世論は僕の凶行がこの腫瘍のせいという流れになっていた。
人は信じたいものを信じようとする。
あんな凶行、脳がおかしくなければできっこないと世論は思い込むようになっていた。
現在の医学では治療が難しい。
近年、細胞を壊さずに人間を長期保存する技術が確立された。
少年法で死刑にはできない。
そして何より問題を先送りにし、これがとても僕にとっていいことに違いないと思った人間達が僕の運命を勝手に決めた。
治療法が確立されるまで僕はコールドスリープすることになったのだ。
カプセルに入る直前まで僕は、
あの、神様を名乗る男を殺せなかった事だけを最後まで後悔していた。
……地平線に身のほとんどを隠した夕日。空に星が瞬き始める。衣良羅義さんは退屈そうに一人で屋上からぼんやりと空を眺めていた。
夕日が影をより直線状に伸ばし衣良羅義さんの影が僕の足元まで伸びる。
僕はその影をたどるように歩く、
衣良羅義さんはまだ新校舎の方を見ながら顎に手をやり考え事をしている。
目の前に神を名乗る男。
衣良羅義京介がこちらを向く。
ようやく気がついたようだが、もう遅い。
僕は短剣を横に振る。
衣良羅義さんはあっけにとられた顔をしている、
確認するように衣良羅義さんは首筋に手を当てる。
そこから大量の血しぶきが飛び散った。
「そこならSIMシステムで止血しても駄目ですよね。脳に血液が流れなくなりますから」
衣良羅義さんは何かをしゃべろうとして口からも吐血する。それでもなんとか振り絞るように言葉を口にした。
「東雲君……君は」
衣良羅義さんは僕を見て理解したようだ。
僕は左手につまんである物を高々と掲げあげた。
一センチ四方にも満たない黒いチップ。
SIMシステムのチップ。
僕は自分で自分自身の体を切り刻み、体内に埋め込まれていたSIMシステムのチップを探し当て、取り出していた。
衣良羅義さんが今度は本当に仰向けに倒れ込む。
「なんて事だ、なんて事だ。私の周りに私より凄い人間が居たというのか。私は大馬鹿者だ」
衣良羅義さんの目から光が消えかかる。虚ろな目の先は空の星々しか無い。
「神様になってみたが、楽しい事なんて何一つ見つかりそうになかったよ東雲君。本当に私は馬鹿だ。君達との日常のほうが何百倍も楽しかったじゃないか」
「東雲君。君が喉に詰まらせたときに飲んだというビール。あれはどうやらシャンパンだったようだ。ありがとう東雲君。最後に本当のワインの味を知ることが出来るとは……私は幸福す」
僕も
「ごめん世話になったね」
握る力も無くなっていた。体を動かせず逆に倒れる事も出来なかったのだ。全身から血が抜け酷使した肉体は死を迎えようとして、夏の夜風にあおられてようやく地面に身を任せることが出来た。
これで良かったのかな?
……いいはずないや
意識が消え去ろうとする。
「東雲君……東雲君……」
最後に誰かの声が聞こえた気がした。
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