第32話 本当に自分勝手なお願いだけど
周囲は視覚を奪われた学園のみんなの悲鳴の喧騒が響き渡っているはずだ。でも今の僕には全く耳に入ってこない。衣良羅義さんがゆっくりと立ち上がり、天継さんが落下した屋上のフェンス際まで移動する。下をしばらく覗き込んだ後、残念そうな表情をしてかぶりを振った。
「あああああああああああああ!」
絶叫か咆哮かも解らない雄叫びをあげながら僕は突進した。繰り返しSIMブーストを使用している代償として体は悲鳴をあげる。衣良羅義さんは軽く
「あああああああああああああ!」
身体にダメージと負荷が許容量を超え、筋肉がちぎれる音が体内から聞こえる。内部から出血。それは体内からにじみ出て、僕に血の涙を流させる。それでもかまわず突進する。全力でシールドに肩から突っ込む。びくともしない。跳ね返されないようにするのがやっとだった。
「東雲君。この
「あああああああああああああ!」
衣良羅義さんが何かを言っているが耳に入ってこない。シールドに対しもがきあがき拳を叩きつけ頭をぶつけ蹴り上げ続ける。みっともないなんて解っている。それでも僕は僕を止められずにいた。
「東雲君。もうよすんだ。体が壊れていくばかりだ」
優しげな声が聞こえた。衣良羅義さんは本当に僕の体を心配してくれている。
その優しさがあまりにも悲しくて……寂しくて……どうしようもなくて……
無意識だった。
僕は所持していたことすら忘れていた短刀をいつしか手にし、シールドに突き刺していた。
「うん? そのほうがいい。力を局所的に与えられる分、貫通力も高まるし、体の負担も減る……」
衣良羅義さんは言葉を途中で遮った。
短刀の切っ先を中心に、シールドに変化が現れたのだ。
単色に輝いていたシールドが、その部分から赤、青、黄色の三原色が複雑にまじりあう光が噴出する。
僕は更に限界を超えた状態でSIMブーストのあらゆる警告を無視して身体に負荷をかけた。
「それは、百目鬼君の!」
衣良羅義さんから驚きの声が上がった。そう、以前、喫茶店で百目鬼君さんから手渡された短刀。
真名がSIMシステムを通じて僕に告げられる。
かすれた声を僕は絞り上げる。最後の一太刀のために。
「僕はお前を今まで忘れていたんだ。でも、本当に自分勝手なお願いだけど力を貸してくれ……」
全身の筋肉が負荷と外傷でズタズタになっている。そんな状態から渾身の一太刀を振るうべく力を込める。
「
短刀の真名は
息も絶え絶えになりながら、最後の裂帛の気合いと共に一気に袈裟懸けに振り切っていた。
「空を切る」
そう。百目鬼君さんの武器は空間を切り裂く。シールドがディスクグラインダーで金属を強引に切断されるような火花をあげて霧散していく。そのまま切っ先上の空間を切り裂き衣良羅義さんに直撃する。
……
……
静寂が訪れる。
衣良羅義さんは呆然としながら自分の腹部を見る。
横一線の太刀筋。
そこから噴水のように血が噴出した。
……
……
「……まさかランド君以外に身近に僕を殺せる可能性のある人間がいるとは思わなかった」
衣良羅義は無表情でこちらを見る。腹部の怪我の痛みはみじんたりとも見せていない。
「本当にすまない。止血はSIMシステムの得意とする所なんだ。ここだと私は普通に意識を保てる。これでは私を止められないんだ」
今度は僕が呆然とした。
僕はすでに全ての力も精も根も使い果たしていた。疲労が重力を何倍にもしたかのように僕の体を重くさせ膝から崩れ落ちる。
「しかし東雲君。君は本当に凄い。そして恐ろしいよ。本当なら君にずっと私を見ていて欲しかったんだが、これはそうもいかなくなった」
僕の視界が真っ黒になった。
上下左右の感覚も失われる。猛烈な吐き気が襲ってきたが吐く力も残っていない。自分の口から涎がしたたり落ちる感触だけが伝わってきた。
僕は力尽きて屋上に倒れ込んだのだろう。そう予測するしかなかった。
「すまない。天継君と同じく視覚と三半規管の機能を止めさせてもらったよ」
最後に衣良羅義さんの言葉が聞こえてきた。
そのまま僕は意識を失った。
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