第26話 あなたを殺します




 空から放射状に降り注ぐ陽光が突如、日照を減らす。地面にいくつもの影ができる。空を見る。僕は口をぽかんと開けた。四角く長い直方体。本だ。それらが天継さんの頭上に大量に現れた。巨大なトルネード上に参列し天継さんの頭上で自分たちの所有者を明らかにすべく顕現したのだ。


「すごいな。また増えている。百万冊じゃあもうきくまい」


 衣良羅義さんがすごいと発言するのはかなり珍しい。現実の本が突然現れたわけじゃない。SIMシステムによる天継さんの視覚共有スペースが僕らにも見えているだけだ。ただ、それでも彼女があの数の本を物理的にも情報的どちらかの手段で入手していることには違いない。

 地雷進もそのSIMシステムの共有空間を視認しているのだろう。上空を見上げている。能面から表情は読めなかったが圧倒されていることは予想できる。


「お見せなさいな」

「あなた達に記された知識と伝えたい感情すべてを読みほしてあげる」


 一斉に本のページがすべてめくれ始める! 一冊一冊が生き物であることを主張するがごとく力強く。それらを従えたトルネード型の天継さんの大書庫はそのまま竜巻のように回転を始める。遠目から見れば竜巻そのものにしか見えないだろう。そのあまりの迫力に以前アニメで見た空を飛ぶ城のようなものを僕は彷彿させれた。天継さんはそれを下からしばらくじっと見つめていた。


「ありがとう、みんな」

「お帰りなさいな。私の小さな大図書館」


 手にしていた一冊の本を両手で手を合わせるようにして閉じる。それと同時に上空に存在していた百万冊の本は一斉に消える。陽光は元通りに僕たちを照らし、戦車の金属音が先ほどと同じく響き渡る。何事もなかったように。


「解ったかしら」


 天継さんはびしっと自信満々に右指で地雷進を指さした。


「お相撲さんの弱点は蹴り技がないことかしら!」


 ……え?


「ほほう。流石は天継君だ。この短時間で相撲という格闘技……いや武芸を読み解くとは」

 「流石は天継姉さまなのです」


 ……いやいや、それは常識というか、え、え?

 あんなに凄いことをやって解った事がそれだけですか天継さん?

 地雷進は距離を離して両手で頭を抱え始めた。

 なんであんたまで動揺しているんだよ!

 数度、地雷進は頭をうならせた後、再度仕切り直し、天継さんに突進する。頭からのぶちかましを天継さんは正面から一回転して飛び越えて着地。


「いこう東雲君」

「え? 天継さんはどうするんですか?」

「天継君は過去すべての相撲の知識を読了した。戦争でいえば作戦内容が全て丸見えになった状態だよ。もう地雷は詰んでいる」

「行くのですよ東雲」


 一番天継さんを心配しそうなランドちゃんが防空壕の入り口のドアを手にかけた。


「ああなった天継姉様は無敵です」


 防空壕の入り口の中に僕たちは足を踏み入れる。中は横幅およそ三メートルのトンネルになっていた。岩肌が露出していかにも廃墟のような雰囲気を醸し出している。ところどころ岩肌にランプが灯してあり歩くのには不自由がない明るさはあった。


「ふむ」


 衣良羅義さんは懐からワイングラスを取り出す。先日のDOOMOの時に使った特殊なカットがされたワイングラスだ。それは眩しく輝き周りを一気に光のシャワーで壁面をダイヤモンドのような輝きになるまで照射した。


「眩しいのです」

「おっとすまない」


 ランドちゃんに指摘されて衣良羅義さんはワイングラスを少し揺らすしぐさをする。明るさは抑えられ程よく周囲を照らし始めた。

 衣良羅義さんを先頭に歩き始める。少し下り坂になっているのがわかる。入口が山頂近くだったので山の中に入っていくような経路になっているのだろうか?

 僕らの足音だけが静かに周囲に響く。


「これからどうするんですか?」

「まずは赤色君の居場所を突き止めるつもりだ。ついでに首謀者も見つけたらとっ捕まえることにしよう。私のコミケとDOOMO大会の邪魔をしてくれたつけは払ってもらわないとね」


 衣良羅義さんはにっこりと笑って見せる。不敵さが全くないのが逆に恐ろしい。いやいやちょっと待って……赤色さんを助けるだけでいいじゃないですか、そう僕は口に出そうとした。

 ……?

 そういえば先ほどからランドちゃんが一言もしゃべらない。今も振り返ることなく僕の前方を黙々と歩いている。黒いドレスのランドセルを背負った少女が黙々と歩くさまはランドちゃんを知っている僕から見ても少々不気味さを感じた。

 そうこうしている間に道幅が広がっていく。それなりに広い広場に到着したのだ。

 頭上の高さもずいぶん余裕が出てバレーボールならできそうなほどのスペースがある。


「あ、ごめん」


 唐突にランドちゃんが立ち止ったので後ろからぶつかってしまった。ランドちゃんは振り返らずに僕の右手を握る。そのまま僕を引っ張って広場の中央に移動する。


「ランドちゃん?」


 ランドちゃんは振り向いた。ちょうど衣良羅義さんと対峙する格好だ。僕の右手を握るランドちゃんからいつもと違う雰囲気を感じ取った。

 落ち着いた……とても落ち着いた静かな声でこう言い放つ。


「衣良羅義京介、あなたを殺します」

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