第25話 戦車の豪雨

「ここからは歩きだ。諸君」


 到着した場所は何時も通っている学校から十キロと離れていない。小さい山の麓だ。季節が季節なので草花が景気よく生い茂っている。道はあるのだが、先導して歩く衣良羅義さんはそんな物、無視して突き進んでいく。


「もうちょっとましなルートはないのですか?」

「すまないねランド君。残り火教と国のレーダーがそこら中を飛び交っている。正面から行って目立つのは好きではないだろう?」


 ランドちゃんは少しふくれた顔を見せる。

 それにしても制服を着た人間が二人。ゴスロリをきた女の子が一人。比較的、普通の格好をした僕が一人。この四人が山を突き進んで歩く様子はいったいなんと言っていいのか。学校帰りにちょっと秘密基地を散策する、あまり歳を考えない集まりに見えない気がしないでもない。


「……硝煙の匂いがするのです」


 ランドちゃんは前屈みになって鼻を突き出し、すんすんと匂いをかぐ仕草をする。


「ほう。さすがだなランド君は。まだ昨日の抗戦の場所から十キロは離れているぞ」


 ランドちゃんはびしっと指を前につきだした。


「南南東のこの方角なのです」

「凄いわー ランドちゃん。さすがかしら」

「照れるのです。天継姉様」

「はっはっは。嗅覚だけでここまで正確に予測されると相手もたまった物ではないな」


 みんな和気藹々と話している。どう見ても今からテロリスト相手に人質を助けに行く集まりには見えないだろう。


「あのー ちょっといいですか?」

「ん? なんだね? 東雲君」

「相手の人数はどれくらいなんでしょうか? そもそもどうやって軍隊相手に勝ったテロリストを相手にするんです?」


 衣良羅義さんは懐からワイングラスを取り出し口にする。とてもご機嫌な様子だ。どうやらその質問を待っていたらしい。


「はっはっは! 軍隊と行っても急場凌ぎだ、たいした物じゃない。残り火とかいう連中の戦闘員はおよそ三百から五百と言ったところだろう。この衣良羅義京介! それにランド君と天継君がいるんだ、壊滅させるには十分な戦力と思わないかね?」


 思いません! どっからそんな自信がわいてくるんだ? 突っ込もうにも開いた口がふさがらず言葉が出てこない。


「おっと、東雲君! 君にももちろん期待している!」


 期待しないでください!

 つんつん。

 背中を突っつかれた。


「心配するなのです」


 ランドちゃんは小さい口を開けてあくびをする。小さい手で口元を隠しながら。


「何かあっても護ってあげるのです」


 ……うん、僕はヒロイン役に徹する事に決めた。


「近づいてきたぞ。あの峠を越えたところだ」


 あれから二時間、僕達は山道を歩き続けていた。道とは言えない所も歩き続けていた。周りのみんなは汗一つかいていない。そろそろ昼が近づき太陽の熱が容赦なく浴びせられているにもかかわらず。シャツやジーンズが熱を持ち僕の肌を焼く。SIMシステムから熱中症に注意との警告がさっきから発せられている。


「……凄い匂いですね」


 ここまで来ると僕にも解る。鉄の匂い。何かが焦げる匂い。硫黄の匂い。それらが混じって鼻孔を刺激する。峠の頂上から眼下を見下ろす。僕は絶句した。

 見渡す限り鉄鉄鉄。戦車と思われる物体が破壊され横たわり仰向けになり地面を覆い尽くしていた。所々煙があがって火花が散っている。履帯が不気味に空回りしている。エンジンが不気味に鳴り響いている……断末魔の悲鳴のように。


「ふむ。想定より大規模な戦いだったようだ。国も有り合わせだが物量で一気に片をつけようとしたが失敗したな」


 僕はとある砲身に目が釘付けになる。昨日のゲーム大会の時、僕達に狙いを定めてきた砲身だ。ゆっくりと動いて僕らの方に向けられた記憶は炎天下にもかかわらず背筋を凍らせてくる。


「あの……これって残り火もただじゃすまなかったんじゃないでしょうか?」


 返事は返ってこない。衣良羅義さんがとある方向をじっと見つめている。空気がさっきとは違う。天継さんやランドちゃんも同じ方向を見ている。


「いや、敵の主力は完全に無傷だよ東雲君」


 僕も視線を向ける。無機物の鉄くずに覆い尽くされた大地にぽつんと一人、有機物の存在は目立っていた。ここからでも解る巨体。上半身は裸。廻しを着け能面をかぶっている……

 磁雷進じらいすすむ

 昨日、天継さんとランドちゃん。そして僕を一人で制圧した男がそこにいた。


 ぽきぱき。

 ランドちゃんが両手の指を鳴らしている。

 くい。

が眼鏡の中央のブリッジと言う箇所を押し上げて眼鏡の位置を正す。。

 にっこり。

 天継さんはにこやかに深い笑みを浮かべる。

 僕を除く全員が友好的な態度とは正反対のオーラを隠す事無く振りまいている。

 衣良羅義さんが地面に指を指す。


「この山の中はね第三次世界大戦に作られた巨大な防空壕となっている」


 いきなり凄い事を告げられた。


「立てこもるには十分な広さだ。あの男がいる場所に入り口があるのだろう。ちょうど戦火のど真ん中だ。」

「それじゃ行ってくるかしら~」

「天継姉様。あいつは存命する最高の番付、大関の階級を持っているのです。天継姉様でも危険です。私が行くのです」


 ランドちゃんは磁雷進じらいすすむの方を視界から外さないように話す。

 僕はふと疑問に思った事を口に出した。


「え? ランドちゃん。お相撲さん好きじゃなかったの?」

「悪いお相撲さんは大っ嫌いなのです!」

「ランドちゃん? 元はと言えば不意打ちを私が食らったのがいけないかしら~ 責任を取らせて欲しいかしら?」


 渋々ランドちゃんは頷いた。相変わらず天継さんには弱いのだ。

 僕の目尻に磁雷じらいの動きが目にとまる。相撲の立ち会いの時に見る掌を下ろす構えだ。能面で視線は解らないがこちらの方を顔を向け……その肉体から信じられない筋肉の爆発のような踏み込みとともに戦車の残骸で埋もれている地面に張り手を両手でぶちかました。鼓膜が破れるかと思われる轟音とともに、目の前の風景が黒と茶色と緑が混ざっオリーブドラブと呼ばれる戦車の迷彩色で埋め尽くされた。巨大な質量を持つそれが空を覆い尽くし僕達めがけて降ってくる!

 僕は呆然と立ち尽くした。それはあまりにも広範囲に及び絶望で動きを止めるには十分すぎたのだ。


「ぐえ」


 僕の口から変な声が出た。背後から服の首元を引っ張られ気道がふさがれたのだ。僕はその場からものすごい高速移動で引きずり回される。感覚でわかる。引っ張っているのはランドちゃんだ。降り注ぐ戦車の雨。密度の薄いところに僕は引っ張られ次々と合間合間を縫って躱していく。

 戦車の豪雨が終わる。金属がぶつかり合い潰れあう音が鳴り止むのに少し時間がかかる。生きている事を実感するより、死んでいない事を実感する事に時間がかかった。


「ぼさっと立ちすぎなのです」


 真横にいるランドちゃんから声がかかる。息切れ一つしていない。自分のドレスについた土埃を不満そうに払っている。


「うむ。ちょうど入り口に移動できたな」


 隣を見ると衣良羅義さんがいた。戦車に覆われた地表の中、ぽつりと地肌が数メートルにわたって顔を出している場所。その中の段差になった地層の壁に石を積み上げられて作られた入り口を見ていた。

 僕は周りを見渡す。何だろうこの静けさは? 大破した戦車の無機質な音は響いているが先ほどのような張り詰めた雰囲気は感じない。僕は先ほど大災害を発生させた磁雷進じらいすすむを顔を振って探す。

 いた。

 災害を起こした男は手を前に突き出したままそのまま仁王立ちをしていた。そして僕は目を疑う。地雷進の巨大な右肩の上にちょこんとスカートを正しながら座って読書をしている天継さんの姿がそこにはあった。

 穏やかな晴天の中のティータイムを楽しむがごとく静かに本をぺらりとめくる。


「この本には載ってないかしら」


 つぶやきが聞こえる距離ではないが、SIMシステムを通して声が聞こえてきた。

 地雷進は大きくとても素早く状態を回転させ、自分の肩の上の天継さんにめがけ張り手をぶちかます。風圧は離れている僕たちの元まで届き、服や髪をたなびかせた。

 だが、そこには天継さんはもういない。

 読書を続けながら地面に優雅に着地する。

 舞い散る金属片に反射する光が天継さんの周りを包みスカートが空に舞う姿が天使の羽のように見えた。


 「えーと、おすもうさんの弱点は~ てい!」


 アイススケートの選手のように横にジャンプしながら天継さんの体がくるりと一回転。着地と同時に左足を軸に右足で磁雷進の足のローキック。あまりにも自然な動作に格ゲーの必殺技を思い重ねた。

 ……あの男に蹴りをいれたの、天継さん!?

 地雷進の体が一瞬ぐらりと揺れるが体制はすぐに立て直る。


 「うーん。なるほど、その体重がゆえに足が痛みやすいから逆に徹底的に鍛えているかしら。これじゃちょっとらちが明かないかしら」


 地雷進が放つ張り手を天継さんは後方に飛んでかわす。なんてことがない行動に見えるがその風圧はここまで届く。まともに食らっていたら終わりだろう。なのに天継さんはいつも通りの表情と余裕を隠すことなく自然に佇んでいる。

 天継さんは点を見上げた。広がるのはどこまでも続く青い空と白い雲。それに向かって右手を差し伸べた。


 「おいでなさいな」

 「私の小さな大図書館」

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