第23話 我々の神様を紹介いたします

 携帯していた水筒マグを取り出す。一口飲む。うまく抽出されている事を表すコーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。先ほどの喫茶店でマスターに煎れておいてもらったのだ。酸味がキツすぎない僕好みの味はあの喫茶店のオリジナルブレンドだ。僕は適当な岩に腰をかけた。

 周囲はなんというか目茶苦茶でなんといおうと滅茶苦茶だ。衣良羅義さんが爆風をおこし、天継さんが周囲に弾丸をまき散らし、赤色さんがダイナミックな跳び蹴りを連発し、ランドちゃんが投げ飛ばす。勝負がつかないのは、相手もかなりの手練れで人数が倍いる事だ。


「うん、マスターのコーヒーは美味しい」


 僕と言えばLV五百の雑魚なので相手からは全く見向きもされていない。まともに攻撃が当たったとしてもLV差で全くダメージが通らないのだ。下手に手を出したら仲間に迷惑をかける事を早々に理解した僕は少し離れた場所で戦いの行く末を見守るぐらいしかない。時間がもったいないので勝手にコーヒーブレイクタイムとしゃれ込んでいた。

 だからこそだろう。


「……ん」


 周囲は戦闘の爆音に包まれていて遠くの声を識別しにくい状態だ。戦闘に参加せずに周囲を見ていた僕がいち早く異変に気がついた。


「なんだあれ?」


 遠方からわずかながら聞こえる不自然な音。その方向を僕は凝視する。砂煙と共に何かが動いているのが見え始めた。そんな僕の仕草に気づいたのだろう。


「どうした? 東雲君」


 衣良羅義さんが声をかけてくる、戦闘をいなしながら。僕の視線先を追った後、険しい表情に変わる。それにつられてみんなも、異変を悟ったようだ。


「ランド君。すまないがちょっと制圧してくれないか?」


 ランドちゃんは頷きもしないで行動におこす。姿が見えなくなったと思ったら戦闘相手の攻撃が瞬く間に止む。どうやらものすごい手加減をしていたらしい。


「え~? 何? どうしたの?」

「赤色君。大規模集団魔法の気配が消えている。あれを見たまえ。このマップにあのようなギミックはない。そもそもまだゲームに未実装だ」


 ぐ!

 身体に衝撃を感じたと思ったら僕は吹っ飛ばされていた。事が終わってから何が起ったか理解する。ランドちゃんが僕を突き飛ばしたのだ。

 轟音。

 僕が先ほどまでいた場所が地面がえぐれて粉々に砕けていた。感じた風圧、聞こえた轟音から、何かとんでもない物が飛んできたのだ。

 僕はSIMブーストで視力を強化して異変元を目にする。

 でかい金属の塊が物々しくゆっくりと威圧するように向かってくる。それも一つや二つじゃない。


「……戦車?」


「あれはゲーム内の物ではない。本物だ! 直弾をくらうな死ぬぞ!」


 衣良羅義さんが声を張り上げる。


「東雲君! ゲームモードを現実とリンクさせて! ゲームシステムが切れない!」


 天継さんの声が飛ぶ。僕はすぐに言うとおりに実行する。鮮明に戦車の姿が見え始める。


「ゲームシステムその物がハッキングされているぞ! 解除を始める!」

「衣良羅義! 急ぐかしら!」


 戦車が物々しく砲身を動かす。獲物に照準を合わせるハンターのように。それだけでものすごい威圧感だ。


「ぐっ!」


 声のした方を僕は見る!

 え?

 ものすごい巨体の大男が天継さんに張り手をぶちかましていた。天継さんが常備しているバックを間に挟み衝撃を和らげたが、それでも簡単に吹っ飛ばされている! その大男は能面をしている。先ほど合った磁雷進じらいすすむという相撲取り!?


「天継姉様!」


 ランドちゃんが悲鳴を上げる。見た事もない怒りの形相に変わり能面の相撲取りに襲いかかろうとする!

 その刹那、一瞬ランドちゃんの動きが止まる。それが見えたのは僕が限界までSIMブーストで動体視力を上げていたからだ。

 ランドちゃんの足下に何かが突き刺ささったのだ。

 行司の軍配!?

 次の瞬間ランドちゃんは能面の相撲取りの張り手をくらい吹っ飛ばされていた。

 相撲取りってこんなに速いの。

 それが意識を失う前に僕が最後に思いついた事だった。


 ……

 ……


こ、ころころ、ころし……ころしてやころろろころししてや……あああああ……母さん母さん母さん……

 真っ黒に塗りたくられたどろどろした物が口の中に入り身体に溶け込んでいく。拒絶しはき出そうにも今度は目耳鼻から強引に何度も何度も僕に侵入。疲れ切った僕はそれを拒絶しながらも受け入れ僕自身となる。黒杭もやもやした物は僕を動かし目茶苦茶にどす黒い空間を駆け抜け切り裂いて切り裂いて切り裂いて……叫び声。


 ……

 ……


【……廃墟に陣取ったテロリスト集団は残り火教と名乗っており宗教法人としての権利を繰り返し……】

 ラジオのようなノイズが混じった声が耳に入る。僕はあわてて目を開けて周囲を見渡した。狭い部屋。見慣れた風景。それはどことなく安心できる天継さんと赤色さんと僕の家だった。

 今、何かとてもいやな夢を見ていた気がする……

 周囲の明るさを見ると若干くらい。外の光が入ってきていないという事はもう夜なのだろう。


「目覚めたかね東雲君」


 ベッドの中に埋もれていた僕は半身を起こす。


「衣良羅義さん……」


 僕の時代でもそう見る事はないブラウン管と思われるテレビに映像が映し出され。みんながその映像を見ている。


「何がどうなっているんですか?」

「うむ。ご覧の通りだ。我々を襲った連中が一区画を占拠。政府に我々の存在を認めろとアピールしている」

「なんでテレビなんか使っているんです?」


 この時代、映像はSIMシステムに直接配信されている。わざわざテレビを見る必要は無い。


「電波ジャックが激しくてね。この放送もまともな手段では見られない。私が解析してこのテレビに皆が見られるように映している」


 さらっととんでもない事をしている気がする。


「解らないかしら。こんな事しても政府が認めるはず無いかしら?」


 天継さんはいつになく沈んだ表情をしていた。珍しい。日本酒を手にしていない。


「……」


 ランドちゃんは口をつぐんでいる。無表情だがとても不機嫌な様子だ。このメンバーがこれほど雰囲気が暗い様子は初めて見る。


「一体何があったんです?」


 そう、何があったんだ?

 この連中が今やっている事。コミケ中のゲームを開催している所、戦車を使用して殴り込んできた事が全く繋がらない。


「戦車は前々から学校の近くに隠していた。それでもあの数だ。気づかれずに動かすにはそれなりの手腕がいる。なかなかやるではないか。目的は……うん? テレビを見たまえ、東雲君」


 そこには中性的で端整な顔立ちをした人物が写っていた。行司の衣装……木森きもり 源水げんすい。コミケ中にであった人だ。二年前の【第四次世界大戦の残り火】を制圧したメンバーの一員……あのときランドちゃんの足下に刺さった軍配がすぐに思い浮かぶ。


【我々の神様を紹介いたします】


 木森きもりは穏やかな笑みを見せた後、手を横に振る。カメラが合わせて横に振られる。そこに映し出された人物は女性。とても不機嫌そうにふくれっ面をしていた。赤毛でポニーテール。健康的で……


「赤色さん!?」


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