第22話 そうだ、ゲーム廃人だ
僕達は学校に戻ってきた。人の流れが変わり先ほどとは又違う雰囲気の喧噪に包まれている。これから始まる大会に向けての準備に各自、勤しんでいるようだ。唐突にSIMシステムにメールが入る。
【チーム名:バッカスマスター 登録番号:123983 構成員:ワインマスター、日本酒マスター、カクテルマスター、ビールマスター、多国籍マスター 基礎レベル:五百】
どうやら大会前の確認メールの用らしい。というかなんだこの構成員の名前は。多国籍マスターというのは多分僕の事だろうか。
あれ?
メールを確認していて気がついた。
「百目鬼さんは参加されないんですか?」
「うむ。チームは五人までだからね。今回は何やら用があると言って百目鬼君は大会そのものにエントリーしていない。昨年度の活躍はすさまじかったのだが今回みられないのは実に惜しい」
僕たちはぞろぞろとメールで指定された位置に移動する。
【ゲームにログインできる状態になりました】
SIMシステムを通じて文章と音声が通知される。ログイン処理を僕は行った。瞬く間に視界が書き換えられるので、瞬間移動したような感覚だ。見慣れた旧校舎はなにやら石で積み上げられた建物のようなものに変貌している。見渡すと草原。各所に土嚢のような物が積み上げらられている。
「今回のマップは中世のヨーロッパ風かしら? DOOMO最新バージョンに追加された武器はすべて使用していいみたいかしら」
「うむ。天継君の言う通りマップのギミックも投石機や弩砲は想定していたほうがいいだろう」
「ん~。このマップだと回復アイテムの調合素材は入手しずらいわね。去年、長引きすぎて日が暮れるまで戦ったのが原因?」
「あの時は制限がなく私がLV1で参加してしまったからな。泥沼の消耗戦になったが、赤色君の無限ポーションに助けられたものだ」
……なんか聞いたことがあるこういうの。そうだ、ゲーム廃人だ。いやな汗が背中に流れる。とてつもなくめんどくさい事に巻き込まれつつあることは間違いない。
「今回は三十分で終わらすのですよ」
ランドちゃんはいつも通り端から見ると無表情なのだが、僕は少し感情をなんとなく読み取ることができるようになってきた。これは、ちょっと楽しみでちょっと本気が入っている無表情顔なのだ。そうこうしているうちにゲーム開始の合図が告げられる。
こうして学生服の衣良羅義さん。セーラー服の天継さん。比較的普通の格好の赤式さん。ゴスロリ少女ランドちゃん。あまり人には見られたくない服装の僕。五人のパーティーのゲームが開始された。
そよ風とともに青々とした草花がたなびく。陽光を浴びて暖められた自然の香りが鼻孔をくすぐる。もう少し日差しが柔らかければ昼寝でもしたいところだ。ただ、あたりを見渡すと……
「ぬおー!」
「ぎゃー!」
「ぐわー!」
ちゅどーん! シャキーン! ザシュ!
あまり現実では聞きたくないような喧噪が周囲に響き渡る。幾十にも発生する爆音や閃光。それに伴う阿鼻叫喚の悲鳴。こんな時、僕はどういう表情をしたらいいのかわからなかった。僕らのところにも爆風や破片、投石物の類いが飛んでくるのだが、僕らを包んでいる謎の青い光がそれらを防いでくれている。
「東雲君。このサークルの外には出ないでくれたまえ。流れ弾でも君のレベルと装備では下手すれば一撃でやられかねない」
衣良羅義さんの右の手のひらが青い光の発生元になっていた。SIMシステムを介して調べてみると高度な防壁魔法らしい。衣良羅義さんのレベルもついでにみる事が出来た。基礎レベル八千。黒魔法サブレベル七千……。よく解らないが凄い気がする。左手でワイングラスを口に運んでいる。
「しばらくすると落ち着くかしら?」
座禅しながら日本酒を口に運ぶ天継さん。
「そうね~ とりあえずレベルが低いパーティーから振り落とされてるわね~ わ、あれ、毒魔法でがんがんHP削られてるわよ。苦しそ~ ぐびぐび」
苦しそ~と言いながらビールを飲まないでください赤色さん。
「序盤でつぶし合うぐらいなら、全員まとめてかかってきてくれた方が面白かったのですが」
グラスをマドラーでかき混ぜないでランドちゃん。
時間が経つにつれ、周辺の様子は落ち着き始めてきた。先ほどまで砂煙で周囲を見渡す事すら困難な状態から、だいぶ視界が開けてきたのだ。草花が跡形もなく燃え尽きて地面が見える惨状に仮想空間とわかっていたもちょっとため息が出る。衣良羅義さんがワイングラスを口から外す。
「ふむ。どうやら戦況が動き始めるぞ。有力なパーティー数おおよそ三十と言ったところか。手を組んで我々をつぶすつもりらしい」
「こっちから仕掛けてみるかしら?」
「いや、初手を相手に打たせよう。相手の戦力と位置が把握しやすい。全力で魔法障壁を展開する」
衣良羅義さんが学生服の襟元に手を入れる。そこから特殊なカットがされたワイングラスを取り出した。それを右手にかかげると先ほどより激しい光に僕達は包まれる。
?
なんだろう。
遠方から光が見える。
それは一瞬で僕達との距離を詰め、直前で暴発する! 衣良羅義さんの発生させた光と激しくぶつかり合い周囲は完全な白色でなにも見えなくなった。
「試合開始直後から大規模集団魔法を詠唱していたな」
衣良羅義さんの声が聞こえる。大規模集団魔法と衣良羅義さんの障壁魔法のぶつかり合いで声はまともに届く状態ではなく、正確に言えばSIMシステムを介して直接頭の中にだ。
「結構危なかったんじゃないかしら?」
「これで負けていたら恥ずかしすぎるのです」
「んも~ あっぶないわね~ SIMシステムのセーフ機能がなければ鼓膜も視力も完全にやられていたわよ。魔法はこれだから情緒がないのよ。素手でぶん殴らせなさいよね~」
最後に赤色さんが物騒な事を言った。ようやく周囲の明るさが普通に戻りつつある。
え? と僕は声が出た。いつの間にか甲冑を着た人間に包囲されていたのだ。しかもその数たるや眼前、眼後を完全に埋め尽くすほど!
「え? こんなに参加していたんですか?」
平然としていた僕の態度も後から考えるとおかしい。
「いや、魔法で召喚されたトークンだ。規模から察するにこれも集団魔法だな。見たところ単体のレベルでも千近い。赤色君よかったな。思う存分殴る事が出来るぞ?」
「多すぎるわよ!」
「じゃあちょっと減らしてくるかしら~」
天継さんが僕達を保護している衣良羅義さんのサークルから足を踏み出した。ふわりとたなびいたスカートを両手の指先でつまみながら。天継さんにしては珍しくちょっと不適そうな笑みを浮かべている。そのままお辞儀をすればお嬢様学校の生徒の華麗な挨拶にも見えたかもしれない。だが、次の瞬間、ただの思い違いであった事を思い知る。
「六百NE・RAIN」
天継さんが謎のワードを流暢に話す。言葉浮かび上がり反響する演出はゲーム上のスキルである事を表しているらしい。天継さんの周りの空間が歪む。その刹那、大量の拳銃が周囲に現れる! SIMシステムの認識数によればざっと千はくだらない! 後、何なんだろうあのばかげた大きさの拳銃は!?
天継さんが片手を頭上にあげて振り下ろす。それが発動の合図だったのだろう。全ての拳銃から弾丸が放たれる。発射するタイミングをわずかにずらしているらしく、轟音は連続して重なり続け雷鳴のごとく轟く! 辺り一面、今度は硝煙で真っ白になる。さっきからSIMシステムの保護機能が働きまくりで、仮想空間といえどまともに食らえば視覚、聴覚共にどうなっていた事やら。
「え? 何ですかこれ」
さっきから僕は え? え? としか言ってない気がする。
「ガンマンのスキルの一つ銃召喚だよ。それを何重にも重ねて天継君が一つのスキルに構築し直した物だ。言うは易しだが、この口径の拳銃をこれだけぶっ放すには最難関のクエストを周回しなければならない。割と天継君は凝り性なんだよ。はっはっは」
天継さんはこちらを振り返りスカートを両手でつまみ今度は本当にお辞儀をする。
「さすがは天継姉様なのです!」
「やっる~! 徹夜で手伝わされたクエストはこのためだったのね~」
あ、そうなんですか~と、感情がどこか欠落せざるを得ない返事をする。あたりは完全に一掃されている。トークン扱いなので存在自体が消滅したのだろう。地面に生い茂っていた草花は跡形もなく燃え尽きて、周囲は月の表面のように無機質でぼこぼこになっていた。そして静寂……
「……終わりですか?」
そう言おうとした僕は突然ランドちゃんに襟首を引っ張られた。たまらず咳き込もうとするが、先ほど頭があった位置に一閃の太刀筋が見えた。背筋が凍るとはこの事だ。
「東雲のおたんこなす。減点ですよ?」
「ていやー!」
赤色さんがかけ声と共に蹴り上げる。その先には僕を先ほど襲ったと思われる人物だ!一撃を食らって後方に吹っ飛ぶ。SIMシステムで表示されているその人物の青色のバーががくんと減る。これは確かHP(耐久度)を表しているグラフだ。
「ぬぬぬ! 私の蹴りを食らって一撃で死なないなんてちょっとはやるじゃないの!」
周囲を見渡すと、いつの間にか十人もの人数に包囲されていた! 先ほど僕を襲った人物は冒険者風の装い。その他もファンタジーを基調とした装備をしている。なんだかよく解らないがとても強そうな装飾をした装備を全員身につけていた。
「トークンに隠れて接近していたようだな。いい作戦だ」
衣良羅義さんがワイングラスを懐にしまう。僕達を護っていてくれた青い光は消滅する。
「魔法障壁は消すぞ。三十秒以内に片付けないと先ほどの大規模集団魔法が来る」
周囲の人間がざわつく。衣良羅義さんの発言に明らかに動揺している。
「くっ! このメチルアルコール泥棒め! 何で解った! チート野郎め!」
あ、この人、あのときの研究室の時の人だ。
「少し考えればわかる。死なば諸共作戦はこの場合、君たちにとってベストな選択肢だ。詰めがまだまだ甘いがそれなりに賞賛しよう」
「くそ! この大会でお前を倒したら約束通り我が研究室に入ってもらうぞ!」
「ふっ! そちらこそ我々が勝ったらアルコール生産施設の場の提供の約束を忘れるんじゃないぞ?」
天継さんが銃を召喚する。赤色さんが蹴り上げる。ランドちゃんが適当にぶん投げる。衣良羅義さんがなんか手から赤い攻撃呪文を繰り出し始めた。相対するDOOMOプレイヤー達のレベルも相当な物で、勝負はすぐには付かない。むろん、僕は戦いについて行けるはずもなく、目の前の乱戦をただただ見続けるしかなかった。僕のレベルが低すぎて完全に無視される形になっていてある意味ありがたい。
あ、突っ込むの忘れてた。
「衣良羅義さんそんな約束勝手にしないでください」
誰も聞いていない。
目の前の戦いは更に激化する。
僕どうしよう。
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