第17話 金髪美少女が相撲をエキサイトしながら見る
キーンコーンカーンコーン。
聞き慣れたベルの音が鳴り響き五限目が始まった事をしらせてくれる。僕たちは新校舎の食堂に集まっていた。たまたまみんな受ける講義がなく時間が空いたのだ。テーブルを一つ借りて全員が座って各人、各々の行動をしている。
衣良羅義さんはワイングラスを片手に何やら古いバイク雑誌を読んでいた。ランドちゃんはなんだか紫色の(おそらくカクテルだろう)を口にしながら宙を見つめている。SIMシステムで何かしているのだろう。赤色さんは言うまでもなくビールを片手にこれまた雑誌を読んでいた。タイトルを見るとおしゃれ関係らしい。
「皆さん実際の本の方をよく読まれるんですか?」
SIMシステムで大抵の本を脳内で読めるこの時代にしては珍しいのではないのだろうか。
「うむ。天継君がどうも大量に昔の本を発掘してきてね、各自、思い思いの本を読んでい……む、むふぅ……なんと、スズキのバイクにこんなモデルが!?」
衣良羅義さんは興奮を隠しきれずに読みふける。そういえば天継さんも真剣に本を読んでいた。セーラー服で四つ足の椅子に正座をしながら読んでいる。なかなかシュールである。
「……ねえ? 東雲くん」
天継さんは、本からひとときも目を離さずに僕に声をかけてきた。
「コミックマーケットって何かしら?」
ファッ!?
思わず変な声を出してしまった。コミックマーケット?
「コ、コミックマーケットですか?」
「うん。コミケカタログと言うのを手に入れたのだけども、内容があまりに多岐にわたっているかしら? 何かのイベントみたいかしら?」
僕は返答に困った。行ったことがなくテレビで時々【今年も五十万人を突破しました】みたいなニュースを見たような気がする程度なのだ。何よりなんだかエッチな本を売っているというイメージがあって、これまた返答に困った原因になっている。幸い、僕があたふたしている間に衣良羅義さんが答えてくれた。
「ふむ、コミックマーケット。確かその時代の先駆者が集まり情報の交換や物品の販売などをしていたところと聞くぞ? 参加者も数十万人にわたり世界中からそのイベントの参加者がいたらしい。その当時の人間にとっては大切なイベントらしく、第三次世界大戦が始まって食料危機、物品不足、日本の人口が三分の一になってからも命を削りながらしばらく開かれたそうだ」
二百年前の僕らは命の使い方を間違っている気がした。
「うん? 天継君、今回はどこに行ってきたのだね?」
「東京方面かしら~」
「なんと……まだ、環境汚染がひどく通常の装備では入れないだろう。地震と核ミサイルで地形もぐちゃぐちゃだ。相変わらず無茶なところを散策に行く」
……東京ってそんなことになっていたのか。
衣良羅義さんが「ちょっと見せてくれないか?」と天継さんからコミックマーケットのカタログを手渡される。分厚い本を手慣れた様子でぺらぺらとめくっていき、唐突に衣良羅義さんは奇声をあげる。タイミングが解ってきたので僕は耳をふさいだ。
「な、な、な、何だと!? バイク漫画にバイクのカスタマイズにバイクのグッズ集!? こんな物まで販売していたというのか!? ワインの本まであるぞ!? ば、馬鹿な!? こ、この衣良羅義京介の想像を遙かに超えているではないか!」
「えー? ちょっと貸してみなさいよ……って、地ビール!? ビール!? 二百年前のビールの本でないの!」
「……カクテルの本もあるのです」
各自にコミックマーケットのカタログが回し読みされる。各々のアクションが端で見ている分には面白い。天継さんも「日本酒……」と呟いてから黙ってしまった。
……
……
え? 何この沈黙。いやな予感しかない。
「コミックマーケットを開こう」
え?
「コミックマーケットを現代に復活させよう! これは最優先事項だ! 二百年前に存在した素晴らしい日本の文化コミックマーケット! この衣良羅義京介、あらゆる苦難を乗り越えあらゆる手段を使いコミケを開く! そして黄金の魂を胸に抱いて死んでいった物達に敬意を表す! 今ここにコミックマーケットを必ずこの時代に復活させることを宣言する!」
ランドちゃん天継さん赤色さんから歓声があがる。
周りの人の注目をあげるが、慣れた物ですぐに散開していった。
……え? 何この流れ。否応もなく付き合わされる自分を予想したが、もう深く考えることをやめた。麦茶がうまい。
所、変わってランド邸。ふかふかの絨毯に豪華なシャンデリア。優しく上品な光が四十畳以上ある部屋を包む。二階にあるちょっとしたパーティー室に僕とランドちゃんは、これまた値段がさっぱり解らないふかふかの4人はかけられそうなソファーに並んで座っていた。「ちょっとこの後、顔を貸すのです」そう言われて、あの後、ランドちゃんの家に来ることになったのだ。割と近い距離で座ってくるランドちゃんにちょっと緊張する。間近で見るランドちゃんの髪の毛は、とても繊細で細く肩下まで伸び精巧な飴細工のような輝きを見せている。真っ白な肌は人形のようにきめ細やか。ぼーっと見つめていたことに気がつき慌てて視線を戻す。そしてすぐに正気に戻された。と言うのも……
「東雲? ちゃんと見てますですか?」
生返事をしながらテレビを見る。
【のこった! のこったのこった! のこった!】
どでかいテレビにどでかい力士の尻がどアップで映し出されている。そう、何故か僕はランドちゃんと並んで相撲を見ていた。
「そこです! 下手を取りましたね! 投げるのです! 投げるのです! そのまま! いけえええええ!!!!! うおおおおおおお! 寄り切ったのです! 凄いのです!」
さっきからこの様子なのだ。金髪美少女が相撲をエキサイトしながら見る光景というのは生まれて初めてだ。過去の記憶はないが、絶対になかっただろう。
「相撲取りの身体は何故あんなに大きいか知ってますか? あれは脂肪では無いのです! 全部筋肉なのですよ! 筋肉! この世界最高の格闘技! ……失言でした。格闘技では無くて神事でしたのです。神事。ああ~。羨ましいのです。羨ましいのです! 東雲はこの弥生時代から続く伝説の武芸を生で見ることが出来たのです!」
ランドちゃんはまくし立てるように話しまくる。こんなに雄弁なランドちゃんは初めて見る。
「え? 今は生じゃ見られないの?」
そう聞くと、ランドちゃんは表情を少し陰らした。
「そうですか、東雲はまだ知らなかったのでね…… 第三次世界大戦に入りまもなく国技館が爆破されてから本場所が再開されることは無かったのです。おまけに世界最高の武芸相撲取りが世界大戦になって何もしないわけが無いのですよ。四股で大地を砕き、片手で戦車をなぎ倒し、ぶちかましで巨大空母も沈めながら、第三次世界大戦、第四次世界大戦を戦い抜いたのです。世界諸国から近接戦において無敵。最強の存在として恐れられていたのです」
僕の知ってる相撲取りと違う! なんだその人間兵器!?
「ですが、さすがの相撲取りも無傷とは言わず、度重なる戦闘で一人、また一人と亡くなっていったのです。現在では片手で数えるほどの相撲取りしか残ってないのですよ」
理解しようと思ったが、すればするほど頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。うん、あまり深く考えるのはやめとこう。一度ソファーに深くかけ直して大きく息を吐く。まだまだ知らない衝撃的な事実でいっぱいだ。相撲中継が終わりテレビが真っ黒になる。ランドちゃんはあまり表情を出す方では無いが、どことなく満足げな様子で、同じくソファーに深々と座る。
「そういえば東雲。あれからSIMブーストは使ってみましたか?」
ん?
そういえば、あの謎の喫茶店襲撃事件依頼使っていない。しばらくまともに動くことが出来なかったのと、あまりに無茶な使い方をしたので一時免停になってしまっていたのだ。僕は首を横に振った。
「東雲。おまえはそれなりに身体を動かすセンスがあるのです。それも使わないと錆び付いてしまうのですよ? またあのようなことになったら今度は死んでしまうかもしれないのです」
「うーん。でも、さすがにあんなことはそうそう無いんじゃ無い?」
ランドちゃんは冷ややかな目線をこちらに向けながら冷淡に語る。
「馬鹿なのですか? あんなことがあったからこそ用心しないといけないのです。ちょっとここでSIMブーストを使ってみるのですよ」
ランドちゃんはじっと僕の目を見つめてくる。これはどうも断れない雰囲気だ。短時間使うだけなら多分どうということも無いだろう。僕はソファーから立ち上がり一言。
「SIMブースト」
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