第16話 パッケージをよく見ると【ビール味】

 「あ~づ~い~よおおおおお~」


 真夏。エアコンはすでにこの炎天下に敗北し、ぬるい風しか出てこない。窓を全開にして扇風機を回し風を循環させようとせめてもの抵抗を試みる。窓の外を見ると雲一つない天気が嬉々として陽光を照射してくる。蝉の声の大合唱もおまけ付きだ。赤色さんはシャツ一枚、短パン一つという格好でベッドに寝そべりながら、黄色いアイス棒を咥えている。汗まみれで肉感的な赤色さんの体がさらになまめかしく、下着が透けて……いや下着は着けていないようで胸の先端に何かうっすらとしたようなものが見えるが、僕は深く考えないようにした。


「東雲君~ アイスお代わり~!」


 冷蔵庫からアイスを取ってくる。赤色さんは大きく口を開ける。


「あ~ん」


 赤色さんが目をつむり大きく口を開ける、赤いかわいい舌を目一杯に出して。口にアイスを差し込む。僕にそういった知識はあまりないが、なんだかとてもエロいことをしている気がしないでもない。


「赤色、行儀がわるいかしら~」


 天継さんは相変わらずセーラー服だ。汗一つ書かず座布団の上に正座し本を読んでいる。たいていの本はデーターベース化されておりSIMシステム上で読めるのだが、本のまま天継さんは読むことを好む。タイトルは僕の読めない漢字で書かれていた。天継さんが勉強家であることこの半年間で僕は理解していた。隣にコップと氷の入った透明な液体。たぶん日本酒だろう。

 僕もアイスを食べようと冷蔵庫を開ける。レモン味と思っていたのだがパッケージをよく見ると【ビール味】と書かれていたのでそっと閉じた。麦茶に氷を入れてベッドに腰をかける。

【何をしているのです?】

 ランドちゃんだ。視界に文字が浮かび上がる。SIMからのメールだ。僕は適当に【麦茶飲みながらだらけているよ】と返信した。返事は帰ってこない。素っ気ないが時々こんな風にランドちゃんからもメールが届くようになった。

【東雲君! ついに! ついに! スズキの伝説のバイクのエンジンを手にしたぞ! これから解析にかかる!】

 衣良羅義さんからだ。【よかったですね】と返信する。風鈴がちりーんとなる。真夏まっただ中という感じだ。特に予定もないのでSIMシステムで掲示板を見ることにした。地域チャンネルというその地区に合わせた掲示板があり、何気なしに僕はそこをのぞいてみる。


 「赤色~ 今、読んでいる本、西欧関連の神様の話が出ているから読むかしら?」

 「あ! 読む読む~。読み終わったら貸してね~」


 赤色さんと天継さんがたわいもない話をしている。いつもの日常だ。麦茶を飲みながら僕は地域チャンネルの適当な掲示板を斜め読みする。


【うちの猫がかわいい!】

【3丁目に出来たラーメン屋ってうまい?】

【伝説の傭兵が来るってマジ?】


 ……

 特に興味を引くような項目はないな……そう思って掲示板の一覧をスクロールさせていたら気になる単語が目に入り、慌ててスクロールを戻す。


【神様を発見しました】


 ……

 神様?

 普通なら読み飛ばしていた掲示板の見出しだ。だが、未来に来てからやたらと目にする言葉【神様】。僕は詳細を見ようとリンクを開く。


【いや、いるわけないだろ】

【何時の時代だよ】

【比喩的な意味としたら何でしょう?】


 書き込みの内容はどれも掲示板のタイトルを否定する物が殆どを占めている。なんとなく安堵しながらさらに読み進んでいると、とある画像が表示された。

 ……!?

 僕は思わず息をのむ。画像をしばらく凝視し固まってしまった。頭の中でそれがどういう意味かどういう事か、理解しようとして拒絶を繰り返す。だが、それは何度見ても間違いない。印象的なポニーテール。少し露出が高く明るく健康的なイメージを持つ人物。


「赤色さん!?」

「ほえ?」


 赤色さんがベッドの上で仰向けに寝そべりながら、顔をこちらに向ける。アイス棒を口にくわえてぶらんぶらんと揺らしながら。


「どしたの? 東雲君」


 僕は極力落ち着こうと頭の中を整理する。ただのいたずらならわざわざ伝えて赤色さんに不愉快な思いをさせる必要もない。が、最近の出来事、掲示板の会話の流れを考えるととても無視できる物ではない。僕はSIMシステムを使い該当する掲示板の情報を赤色さんと天継さんに送ることにした。


「え!? ちょっと! 何よこれ! 何で私!? って、この写真! この前、単位を落としてごまかし笑いしているところじゃないの! もうちょっといいシーン取りなさいよ!」


 赤色さんはベッドから起き上がる。天継さんは姿勢をそのままにしばらく考え込んだ。


「赤色、念願の神様になれてよかったかしら?」

「ちょっと! 私は神様に興味はあっても私が神様になりたいわけじゃないのよ! なによこれ! もー!」

「衣良羅義君に連絡を取ってみるかしら。こんな時には役に立つかしら」


 すぐに衣良羅義さんから連絡が来た。この場にいる全員と衣良羅義さんとの間でSIMシステムを利用したボイスチャットスペースが作られる。この場にいない衣良羅義さんだけ顔が空間に表示される。


「いきなりどうしたんだね? 私はスズキのバイクとの芳醇なひとときを楽しんでいるのだが」


 天継さんが掲示板の情報を衣良羅義さんに伝達する。SIMシステムが天継さんの指先からメールシンボルを青い光で表現し、それを衣良羅義さんの顔を表示しているスクリーンに飛ばした。


「ん? なんだれこ…… ぷっ はははははははははは! これは赤色君が単位を落としてごまかし笑いしているところの写真じゃないか!」

「こらー! そこはいいのよ! もう!」

「解った。これについて調べてくれというのだな? うん、調べ終わったぞ」


 早い。最初は衣良羅義さんは自称天才の変人と思っていたが、とにかく知識の範囲が広く思考も早い。このメンバーだとダントツに頭がいいことも最近、解ってきた。それより奇行が目立ちがちなので周囲からはやはり変人のイメージが強いのだが。


「ふむ。この前のビッフェであったGさんとかいうのが発端のようだな。赤色君が薬で症状を緩和してあげただろう? そこからさかのぼり学校の銃撃戦でも同様のことをしている。話が広がり一部の【SIMシステムに忘れたれた人々】の周りで神格化されているようだ」

「え!? あんなのただの対処療法よ? 痛みの部位の周囲にある筋肉を緩めたり、神経を一部ブロックしたり、脳から出ているおかしな信号を遮断したり……」


 ん? 僕にはなんだかよくわからないが、とてもすごいことをしているのでは?


「ははははははは! 赤色君の対処療法はSIMシステムを遙かに超えているのだよ。 まったく普段の様子からは想像もつかないが、赤色君は自分がいかにそっち方面だけは優れた人間が少しは理解した方がいい!」

「ちょっと! そっち方面だけはってどういうことよ!」


 ああ、やっぱりすごいことらしい。講義を時々さぼったり、昼間からビールを飲んだり、僕を着せ替え人形にして遊んで、ベッドで寝そべりながらアイスを食べて人生をエンジョイしている日常とのギャップが凄い。

 天継さんが口を開く。


「これは、ほっておいていいのかしら?」

「うーん。特に今のところ赤色君をどうこうするような動きは見られない。あくまでも今のところはだが。まあ、ブームが過ぎたら普通に忘れられるんじゃないか?」

「うー 気持ち悪いー 表でたくないー なに? 町を歩いていると手をあわされて拝まれるの? あ、お賽銭くれるのならいいかも!」


 最後にえらく不謹慎なことを赤色さんは口にした気がする。とりあえず様子を見るという事でこの場での会話は終わった。

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