第15話 衣良羅義京介とその仲間達を一喝して黙らせやがった……

 ああ、これは夢だ。

 目の前に延々と広がる漆黒の空間。どこが上か下かもわからず見続けていると吸い込まれるように落ちていきそうなそんな空間。

 そんな中、昔のフィルムの映画の回想シーンのように、モノクロの色合いでスクラッチノイズがかかったような状態。何かが目に映る。なんだろう。僕はいやな、いや、とてもいやな気分になる。

 女性だ。

 ずいぶん痩せこけて生気を感じないが、こちらを優しげな雰囲気でほほえみかけてくる。僕はそれを見てものすごく悲しく……そしてやりきれない怒りがわいてくる。嗚咽のようなくぐもった声が僕の口から漏れる。いつしか僕は右手にナイフを手にしていた。そして、その女性に向かって滅多差しにしていた。僕は咆吼をあげる。それでも、それでも女性は僕に向かってほほえみかけて……泣きながら僕はナイフをぐさぐさに突き刺していた……


 東雲くん……東雲くん……


 どこからか優しげな声が聞こえる。何度となく繰り返される呼びかけで僕はようやく目を覚ました。

 目を開ける。暗がりの中、月明かりと街灯の光が部屋を青白く照らしていた。赤色さんはおしゃれなパジャマで髪を傷めないようにポニーテールをほどいている。天継さんは何故か寝るときもセーラー服のままという習慣をもっていていつもと変わらない。二人とも心配そうに僕の顔をのぞき込んでいる。


 「大丈夫? 東雲くん。ものすごいうなされ方をしていたよ」


 顔に柔らかいタオルの感触。赤色さんが顔を拭いてくれたのだ。そこで僕は涙を流していたことを知った。


 「嫌な夢でも見たのかしら?」


 天継さんはお水を持ってきてくれた。僕はそれを一気に飲み干す。喉がカラカラだった。


 「もー 東雲くんをこんな目に合わせるなんて! あたしが夢の中に乗り込んでとっちめてやったのに!」


 赤色さんは僕の頭をなでながら、心配そうに見てくれている。僕は徐々に落ち着きつつあるが、まだ心臓はバクバクと音を立てている。

 天継さんは何やら考え込んでいた。


 「ねえ、東雲くん」


 天継さんが神妙な顔をしていた。何か言いづらそうにしている。いつもは思い切りのいい天継さんからは珍しい様子だった。


 「母さんって叫んでいたけど……」


 僕の心臓はもう一度大きく鼓動した。


 コンクリートで出来た新校舎の学食。昼に僕らは個々に集まるのが習慣になっていた。周囲は色んな年層の人が食事をしたり勉強したり会話していたりそれなりに騒々しく、その風景に紛れている自分に安心感を覚える。僕にとっても落ち着く場所になっていた。


「諸君、我々はどうやら深刻な事態に陥ったぞ」


 衣良羅義さんが僕らに問いかける。もういい加減次の展開が読めてきた。


「この暑さでアルコールの自販機が作動しない」


 天継さん、赤色さん、ランドちゃん。いつものメンバーがざわつく。

 僕は家から持ってきた水筒に入った麦茶をコップに入れて一口すする。


「しかも、エチルアルコールすらも手に入らない! 今、我々は完全に補給元を断たれた戦場に孤立する集団と化してしまった」


 メンバーが更にざわつく。麦茶がうまい。


「だが、皆安心してほしい! 第二実験室で行われている研究で大量のメチルアルコールが使われていることをこの衣良羅義が突き止めたのだ!」


 おおおおおおお! とみんなから歓声が上がる。

 え? いやちょっとまって?


「作戦開始だ! ランド君! 先陣を切ってくれ! 天継君は状況に応じてサポート! 赤色君は敵の動向をモニタリング! いざ出陣!」


 僕を除く全員が立ち上がり、互いにアイコンタクトした後、ものすごい勢いで学食を出て行った。

 …………

 コップに残った麦茶を僕は一気に飲み干す。

 立ち上がり両手をそろえて上げ大きく深呼吸した後、首を左右に振って肩をならす。

 手を頭にやり少し顔をしかめて何度か首を振った後、みんなを追いかけ始めた。


「第一通路を確保! 第二通路の防犯シャッターが閉まった! ランド君破壊を頼む!」

「破壊完了したのです」

「防犯シールドが起動したかしら~」

「おっとと。それ通電しているケーブル皮膜、この成分の薬で溶かせるのよね~」


 実験室への通路はかなりハイテクで、白をベースに幾何学的な模様が施されている。それを瞬く間に破壊していく様は、今まであったどんな連中よりも危ない集団に違いない。


「敵の通信のジャミングに成功したぞ!」


 衣良羅義さんのその言葉とSIMシステムが反応を示す。音声が僕の頭の中で再生された。

【おい! もう突破されたのか! 悪魔かあいつらは!】

【駄目です! 第三通路ももう持ちません!】

【なんとしても死守しろ! くそ! 最悪だ! このタイミングでメチルアルコールを奪われては我々の単位が危ない!】

【卒論がああああ!!!!】

【補修があああああ!!!!!】

 …………

「あのー みなさん?」


 声をかけようとしたが、耳にも入らず衣良羅義さん達は突き進んでいく。


「これが最後なのです」


 素手で何の素材で出来ているかわからない重厚な扉をたやすく風穴を開けてランドちゃんはぶち破る。赤色さんが室内に向けて大きく息を吹き込む。中にいる五、六人の白衣を着た人たちはすぐにその場にへたり込んだ。睡眠薬のたぐいを気化させ部屋に送り込んだのだろう。天継さんは全員を瞬く間に縛り上げる。


「制圧完了! 我々の勝利だ!」


 全員が勝ちどきを上げる!

 いやだからちょっと待って。


「あのー 衣良羅義さん?」

「ん? ああ、問題ないよ東雲君。メチルアルコールでも安全に飲む手段があるのだ。ははは この私に不可能はないよ」


 僕は白衣を着て縛られた人たちを尻目で見る。


「ううう、この日のために半年の準備をしたのに」

「あああ、卒業できない。せっかく就職した会社が……」

「なんでだよ! なんで故障したんだアルコールの自販機!」


 全員がさめざめと泣き、絶望した表情をしている。

 僕はむすっと不機嫌な顔になった。視線を衣良羅義さんに戻す。


「衣良羅義さん!」


 自分が思っていたより大声が出る。その声に衣良羅義さんもびっくりしたようだ。その他のメンバーも僕の方を見る。


「何をやっているんですか! どう考えても今やっていることは駄目でしょう!」

衣良羅義さんは目をぱちくりさせる。いや、衣良羅義さんだけではなく他のメンバーや白衣の研究者達もだ。

「僕らはお酒なんていつでも飲めます! でもこの人達の研究は今じゃないと駄目なんでしょ? どちらを優先するか一目瞭然じゃないですか!」

「皆さん、普段は冷静なのにお酒になると我を忘れすぎです! 今回はさすがにやり過ぎです! これ以上の暴挙は僕が許しません!」


 僕は一気にまくし立てる。昨日のこともあり多少不機嫌だったのかもしれない。そんな僕をみて衣良羅義さんはやはり目をぱちくりさせて僕を見つめていた。


「あ、ああ そうだな東雲君」

「私も調子に乗りすぎたかしら~」

「あ~ん ごめん東雲君! 嫌いにならないで~」

「……」


 ランドちゃんだけ無言でふてくされてあっちを見てしまった。


「お、おいマジかよ」

「衣良羅義京介とその仲間達を一喝して黙らせやがった……」


 なんだか、研究員の方々がぼそぼそと話している。この日の出来事はすぐに学園中に広まった。これを境にこの僕、東雲短刀はこの学園で一目も二目も置かれるようになってしまった。いや、こんな結果、別に望んでない。

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