第14話 SIMシステムに忘れられた人々
「えーん。東雲君、大丈夫~?」
赤色さんが目を細め泣きべそをかきながら心配そうに僕の顔に軟膏を塗ってくれている。目を覚ました時、僕は見慣れた天井を見て家に帰ってきていたことを知った。赤色さんは丁寧に僕の体を念入りに調べ治療をしてくれているのだ。
「大きな怪我がなくてよかったかしら~」
いつもニコニコ笑っている天継さんの表情もどことなく硬くなっているように感じた。
「ふむ」
衣良羅義さんが視線を泳がせ何かを思案していた。
「大の男を三人退けた。しかも一人は強力な筋肉増強剤の使用で筋肉量が百五十㎏以上の化け物と来たものだ。これは簡単なことではないぞ? 最後にランド君の助けがあったとはいえよく無事だったものだ」
ひとしきり発言した後、衣良羅義さんはうんうんと納得していた。全くだ。軽く思い出しただけでトラウマになりそうなシーンががいくつもフラッシュバックして頭をよぎる。
「百目鬼さんが短刀を貸してくれたお陰です」
あたりを見回すが見当たらない。百目鬼さんがおずおずと近づいて短刀を渡してくれた。
「ほう」
衣良羅義さんが関心した声を出す。
「中世の時代でも剣の類で鎧を貫くことなどまず不可能。加えてあの甲冑の男が着ていた鎧は近代技術に近いものを使って作られていた。三十㎜口径弾ですら貫通するかあやしい代物だったぞ? だが、百目鬼君の作った短刀なら後は使用者の力量次第といったところだったな」
え? と僕は素っ頓狂な声を出した。
「百目鬼さんが……作ったんですか?」
僕は百目鬼さんの方を見る。眼帯は相変わらずしているものの着物を着たショートカットのどこから見ても普通のかわいい女の子だ。僕がまじまじとみていると顔を赤らめてランドちゃんの後ろに隠れてしまった。
「百目鬼君は君が生まれた時代よりはるかに昔から続く鍛冶屋の名家だ。近代技術の鍛冶技術と百目鬼君の力量があれば鎧を貫通するほどの業物はたやすい。ただ、何度も言うが使用者の力量による。あそこまでSIMブーストと短刀を使いこなした東雲君の実力は感心を超えて呆れてしまうほどだよ。並の精神ではそうはいくまい」
何だか褒められているようだ。少し気恥ずかしい。ふと見るとランドちゃんがさっきからずっと僕の方を見ていた。僕も思わず見返していると顔を横に向けてしまった。
「ふふふ、ランド君は東雲君の力量に感心しているのだよ。実質的な戦闘訓練も受けずSIMブーストの発動だけであそこまでできる者はいくら戦場大好き少女ランド君でも見たことはないのではないのかな? しかも同年代に近い。おや、おや、ランド君、思わず東雲くんに惚れてしまったのでぐほぅ!」
衣良羅義さんの顔がにやけたと同時にランドちゃんは衣良羅義さんの金的と土手っ腹と顎を撃ちぬいた後、部屋の床に叩きつけていた。その衝撃でアパートが軽く揺れる。隣の部屋から「おや、まあ地震かい?」とお婆さんの声。後には床に這いつくばった衣良羅義さんがぴくぴく震えていた。
ランドちゃんが僕の方を見る。気のせいかなぜだか顔が赤い。
「勘違いするなのです! しかし百目鬼を助けてもらったことに対しては礼を言っておくのです東雲」
僕はただただ頷いた。あまり今はランドちゃんに触れない方がいいだろう。地面で苦しんでいる衣良羅義さんをみて僕は本能で判断していた。
「しかしあの鎧は何なんです?」
未来に来たと思いきやいきなり中世の時代かと思われる装備を目のあたりにした僕にとっては当然の疑問だ。ワイングラスを片手に紫色の液体を中で揺らしなながらそれを見つめ衣良羅義さんは答える。
「第三次世界大戦に主流になった武器のせいでね、飛び道具の類がほとんど役に立たない時期があったのさ。だから原始的な近接戦闘が復活したというわけだ。その時に大量生産された残骸がまだ各地に残っている」
衣良羅義さんはワインを愛でた後、それを口に運ぶ。学生服を常時着たままのその仕草に僕はすっかり見慣れてしまっている。
「でも、ちょっとおかしいわよ。東雲君にいったいなんのうらみがあるっていうのよ! ぷんぷん」
赤色さんが僕に顔を寄せ頭をなでながら口をぷーと膨らませる。その仕草にいちいち僕はどきっとする。
「東雲君はたまたまあの場所にいただけかしら~ 衣良羅義はそろそろ教えてくれてもいいじゃないかしら?」
え? っと僕は声に出し衣良羅義さんのほうを食い入るように見つめる。相変わらずワインと戯れている。いつの間にかワインの色は白に代わっていた。
「共通点は【SIMシステムに忘れられた人々】」
【SIMシステムに忘れられた人々】?
初めて聞く言葉に僕は戸惑う。
衣良羅義さんはワインを注ぎ入れる。
「SIMシステムの普及により後天的要因な病気に苦しむ人間はほとんどいなくなった。だが、先天的な要因な病気、またいまだに現代の医学では解明されていない病気があるのだよ」
「だがSIMシステムによって認識されない類の病気は現在じゃ治療の仕様がない。医療もSIMシステムがほとんどを担当している。そればかりかSIMシステムが病気と認識できない類の物は仮病扱いする輩もいる」
「最近の動機なおかしな事件を調べてみると犯行人の共通点がそれだ。【SIMシステムに忘れられた人々】まあ私の造語だがね」
言い終わると衣良羅義さんワインを一気に飲み干す。話していて不機嫌になったのだろう。その感情もろとも飲み干すような飲み方だ。
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