第13話 短刀
SIMシステムによって体内のアドレナリンを大量に放出。α1受容体、α2受容体、β受容体は、β1受容体、β2受容体、β3受容体に作用。全身の筋肉の伸縮性の許容量が極限まで膨張する。心臓がものすごい勢いでポンプのように血流を押し出す。交感神経が全身まで刺激を伝える。眼球を取り巻く筋肉は水晶体の厚み瞳孔の開き硝子体の形まで変形させる。視界がゆらぎものすごい速度でブラインドのシャッターを開け閉めしたように点滅を終えると、周りの空間の時間の流れが変わりスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。眼光は目の毛細血管が破裂して漏れた血により赤く染まる。僕はこちらを睨んだまままるで銅像のように立ち尽くしているようにみえるモヒカンの男を正面から蹴り飛ばす。
「……!?」
モヒカンの男は体をくの字にまげ、そのままふっとび壁に叩きつけられた。こちらを呆然とみたまま頭を垂れ意識を失う。甲冑の男がこちらを振り向く。構わず僕は接近した。素手で思いっきり甲冑をぶっ叩く。何らかの金属で出来たそれはベコンとへこみ甲冑の男の肋骨に食い込む。がくんと膝を崩したところに剣を持っている両腕を僕は締め上げ甲冑ごとへし折っていた。
二人組の男はそのままうずくまり立ち上がらない。店内には息が乱れる僕の呼吸音だけがこだまする。心臓は勢い良く鼓動しまだ収まらない。全身から汗が吹き出ていた。まだ所得したばかりの身体強化の免許。短時間しか使えずすぐに限界が来てしまう。初めて使用した時、汗もかかずに更に上位の状態を保持できる天継さんの凄さが少しは理解できた
。
「……東雲さんすごいです」
百目鬼さんが床にへたり込みながら僕の方を見ている。怪我がないか確認しようと僕は駆け寄ろうとした。
ガチャ
無造作に扉が開く。
そこには先程より更に大柄な体格の甲冑を着た男が立っていた。
僕は息を飲む。
その甲冑の男は喫茶店のようすをひとしきり確認した後、巨大な大剣をこちらに向け襲いかかってきた。
甲冑の男が大剣を振る。何十キロあるかわからないそれを軽々と振りぬく。切っ先が届く直前もう一度、僕はSIMブーストを起動させていた。ギリギリに地面を這い僕はそれをかわす。喫茶店の壁はコンクリートで出来ていた。それをダンボールの箱を崩すみたいにいとも簡単にばらばらにする! くらっていたら僕の体は内蔵をぶちまけ、半分にされた下半身を目にすることになっていただろう。
目の前がSIMシステムの警告により真っ赤にうめつくされる。SIMブーストを短期間で使用したため、僕の体の負荷は安全圏をはるかに抜け出ていた。
同時に警告が目の前の男に対して出ていることも確認する。何らかの閾値を恐ろしい数で超えていた。すべてを理解することは出来なかったが、それでも通常ではありえないほどの筋肉量を持つ危険人物であることを僕に知らせてくれた。
二撃目が来る! 後ろには百目鬼さん! 背後にかわすわけにはいかない! 素早く僕は視線を店内を見渡す! テーブルの上に光る銀色の物体。バターナイフだ。僕はそれを手にする。自分を真っ二つにするべく放たれた大剣の側面をナイフでバターを塗るかのように沿わし軌跡をわずかに逸らせる。
轟音。
大剣の軌跡を通ったテーブルと床はその部位を切り取られたかのように無くなっている。受け止めていたらそこに僕も加わっていただろう。二撃目が来る! 同じように大剣の側面にバターナイフをあて軌跡を逸らす。二度続いて成功したが、そう何度もやれるものではない。僕は甲冑の男に突進した。
バターナイフを真っ直ぐに甲冑の上半身に向けて両手でおもいっきり突き立てる! SIMブーストによって身体強化されたその一撃は、僕の体捌きだけで周りの空気を引きずり込み店内が風で揺れる! 甲冑に打ち付けられたバターナイフから火花。そして金属音が響き渡る。
ぐにゃり。
バターナイフは甲冑にかすり傷をつけた後、僕の手の中でへしゃげきってしまった。距離をとるがすぐに三撃目!
甲冑の男が再び大剣を振り上げて僕に向かって打ち込もうとする。絶望的な状況に僕は顔を歪める。どうにもならない……。この状況に僕は自分が死ぬ事よりも何もできない事に心底悔しがって涙が溢れそうになっていた。
「東雲さん! これを!」
視線が百目鬼さんの方に向く。何やら棒のようなものが回転してこちらへ向かってくる。SIMブーストで眼力が向上した僕はそれを手でつかみとった。
これは……!?
短刀。
柄と鞘が無駄のない美しい木彫で装飾されている。鞘を抜くと刃紋が美しい黒光りした見事な刀身が姿を現す。ひと目で普通ではない業物であることがわかる。短刀を軽く握っるだけで手になじむ。そのまま刃に力が伝わり右手の一部と化した。
「…………!!」
大剣の刃が僕を真っ二つにしようと襲いかかる。右手に握りしめたそれを僕は出来る限り全体重をかけて振り切った!
閃光のような火花! 大剣は軌道をあらぬ方向に変えられ、その持ち主の甲冑の男をよろめかす! 間髪入れず僕は突っ込んだ! ジャンプ! 甲冑の男の肩に乗る! 両手で短剣を逆さに持ち思いっきり突き立てる! 耳をふさぎたくなるような金属音が周囲に響き渡る! 両手に一瞬の抵抗を感じた後、深々と甲冑の男の肩に短刀は突き刺さっていた。
うめき声一つ漏らさず、甲冑の男は片足をつく。視界には真っ赤なSIMブーストによる警告で埋め尽くされていた。極限まで自分の体を酷使して反動が僕に容赦なく襲い掛かる。そのまま甲冑の男から崩れ落ちるように落下。頭から落ちるが痛みすらもアドレナリンの分泌と疲労で感じない。流血する血が目に入り視界がぼやく中、甲冑の男がゆっくりと立ち上がるのを見た。普通なら立ち上がれるはずもないのだが、なんらかの薬の影響だろう。動きにくそうにしながらも痛みを感じているようには見えない。片手で大剣をゆっくりと持ち上げ切っ先を僕に向けた後……
…………!?
巨躯な体は突如回転し轟音とともに地面にたたきつけられていた。
「間に合いましたか?」
聞き覚えがある声。
美しい金髪、華奢な体、黒を基調にしたドレス、真っ赤なランドセル……ランドちゃん……
そのまま、僕は意識を失っていた。
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