第12話 僕は静かにこうつぶやく「SIMブースト」
日差しがセミの鳴き声とともに窓から入ってくる。上半身をベッドから起こす。左には天継さん右には赤色さんが眠っている。二人とも今日は学校も仕事も休みなのでとことん寝るつもりだ。陽光が天継さんや赤色さんの顔をなでる様子を見て僕はカーテンを深く閉める。年頃の男の子には二人の美人に挟まれて眠るという状況に慣れるのには少し時間がかかってしまった。台所に立つ。ご飯の支度。包丁でまな板を叩く音がトントンと響かせる。目玉焼きとサラダとトースト。傍にバターとインスタントコーヒーを魔法びんに入れテーブルの上に置いて僕は身支度を済ませた。
「行ってきます」
起こさない程度の挨拶をして僕はアパートの外に出て、側面にある駐車場へ向かった。そこには真黒なフォルムのビッグスクーター。衣良羅義さんに調達してもらったのでメーカーは有無を言わさずスズキだ。シートからヘルメットを取り出し装着。セルを回し僕はアパートから出発した。僕が最初に取った免許はバイクの免許だった。バイクを走らせる。心地いい風が身体に清涼感を与える。バイクだとここから学校まで五十分といったところだが、今の季節のこの時間帯だと気温も程々、道路も空いていて苦にはならない。
「あれ?」
SIMシステムが何やら反応する。知人が近くにいるときのシグナルだ。マップを表示させ位置を特定する。ルートに従って路地を曲がってその地点に向かう。
「うう……」
着物を着た女性が歩道でうつ伏せにふっしていた。シュールなその場面に僕は「えええー」と言いながら思わず素通りしてしまった。我に返りバイクの踵を返す。着物の女性の知り合い案の定、百目鬼さんだった。
「ど、どうしたんですか!?」
百目鬼さんは顔だけを動かしこちらを見る。
「東雲さん……」
黒髪のショートヘアーが相変わらずかわいい。眼帯の美少女の着物姿の行き倒れと遭遇というのはそうそう体験ができないシチュエーションだろう。
「お腹が空いて……ばたんきゅー」
謎の言葉を残してまた百目鬼さんは伏っしてしまった。SIMシステムで体調に異常が無いことを確認した後、無人タクシーを呼んだ。近場で飲み食いできて涼しそうな店を探す。喫茶店が見つかったので無人タクシーに百目鬼さんを乗せて、僕はバイクで場所を移動した。
落ち着いた雰囲気のこぢんまりとした喫茶店。年配の主人が一人で経営しているらしい。目の前には上品に、それでいて勢い良くパンと玉子焼き野菜ジュースを口で処理して体内に取り込む作業に勤しんでいる百目鬼さんがいた。
「……助かりました。ありがとうございます」
食べ終わった百目鬼さんは深々と頭を下げた。最初にあった頃よりだいぶ慣れてきてくれたのか、以前より口数は多くなってくれている。
「どうしたんですか?」
僕は当然の疑問を口にする。
「冷蔵庫を確認したところ……食材が足りなくて……いつものスーパーが閉まっていて……他のスーパーに行く途中で迷子になって……そのうちお腹が空いてしまい……」
百目鬼さんは申し訳無さそうに顔を俯ける。……SIMシステムがある時代に迷子で行き倒れとは本当に百目鬼さんはドジっ子のようだ。放っておいてもSIMシステムが一定以上体調の不良を感知すればすぐに病院から救急車が手配されていただろう。
そういえばふと気がついたことがある。
「百目鬼さん、まだ右目の調子が悪いんですか?」
出会った時から百目鬼さんは眼帯をしている。最初は一時的なものかと思っていたが、外しているところを見たことがなく、今も変わらず装着している。
「あ……」
百目鬼さんは黙ってしまった。聞いてはいけなかったことのようで僕は慌てて謝罪する。お互いに俯き合ったまましばらく沈黙が続く。……ドタドタドタ。外から賑やかな足音が聞こえると思ったら、勢い良くドアが開く!
「おらー! コーヒー豆だせい! 全部じゃ~!」
二人組の男だった。一人は世紀末に「ヒャッハー!」とでも言ってそうなモヒカンで、革の装備を全身にまとっている。もう一人は中世の西洋を舞台にした映画から出てきたかのような全身を甲冑を装備している巨躯な人物だ。体格からおそらく男だろうが全く顔は見えない。いくつもの部品を繋ぎ合わせて金属で出来た鎧を全身をまとい、長さ二メートル近くはあろう長剣は周りに圧倒的な威圧感を与える。
喫茶店のマスターははじめは呆然としていたが、思い出したようにあわてて顔をひきつらせながらレジと一体化しているような狭い厨房を漁り始めた。
「こ、コーヒー豆のままでよろしいでしょうか? 粉にしますか!?」
……すごいプロ根性だ。モヒカン男はレジ台を蹴っ飛ばす。
「早くしろ! 神様のご命令だ!」
神様……また、その言葉だ。もういい加減にして欲しい。だが、今は気にしている暇はない!
「何してんだ! おい!」
僕らに目をつけたモヒカン男はテーブルをおもいっきり蹴飛ばした。百目鬼さんが小さな悲鳴をあげる。テーブルが彼女の方にぶつかり彼女は転倒した! 怒りが急速に僕を染め上げる。状況を打破するには冷静さ。それをスポンジで水を吸い込むように僕は身体に浸透させた。僕は静かにこう呟く。
「SIMブースト」
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