第11話 食い逃げします!
「え? お金がない?」
素っ頓狂な声が聞こえた。会計の方だ。ビッフェ内のほとんどの人の視線がそっちに向けられる。
「ありません! 無銭飲食です!」
自信満々に答えるその声の出し主は……あ、さっきのGさんといってた人だ。白いワイシャツに半ズボン。その上からネクタイという僕も人のことをいえないがとても斬新なファッションをしている。会計の係の人は困惑している。頭を抱えながら店長に連絡してくれと同僚に伝えたりしながら、どう対応していいかわからずあたふたしている。それはそうだ。食い逃げではなく、堂々とレジで無銭飲食などと発言した人間を僕は知らない。
「さっきあんなに稼いでなかったかしら~?」
天継さんがいつの間にかGさんの傍に移動していた。
「え?」
「お金が足りないのなら貸してあげようかしら~?」
そういえば天継さんは根っからの世話好きだ。会計の人は安堵したようだ。胸をなでおろし天継さんの方に顔を向けて、感謝の意を表している。
「いえ! 知りませんこの人!」
いきなりGさんは振り返ってビッフェの入り口に走り始めた。その様子は大慌てだ。
「てい、なのです」
Gさんは後方からワイシャツをつかまれて、一気に地面に投げ飛ばされた。いつの間にかその場に移動していたランドちゃんの仕業だ。Gさんは変な声をだして地面にふっした。その上にランドちゃんは腕を極めながら身動きを取れないようにする。
「せっかくの天継姉様との食事に、なんてじゃましてくれやがるのですか」
憮然とした表情でランドちゃんはそう述べる。なるほどと、僕はランドちゃんのその行動に納得した。
「お金なら私が出しておきます。堂々と入り口から帰るのです」
普通ならありがたい事ではないのだろうか? Gさんは逆にそのセリフに物凄くおびえた顔を見せた。
「だ! 駄目です! 食い逃げします! そうじゃないとダメなん……」
セリフは途中で止まった。Gさんが顔をゆがめ始めえる。明らかに苦悶の表情だ。声にならない声をふり絞り体が震え汗を出し始めた。
「おいおい ランド君、強く締めすぎじゃないか?」
衣良羅義さんもその場に移動していた。僕もいつの間にか状況を把握しようと傍まで行く。
「? 身動きできないようにしましたが、痛みはないはずなのです」
ランドちゃんはゆっくりとGさんは体を離す。だが、Gさんは立ち上がらない。苦悶の表情をかえずそのままうつぶせになったままだ。
「……た、助けてください……助けてください……助けてください……あ、あ、あああああああああ、神様! 助けてください!!!!」
Gさんは絶叫を上げ始めた! その場にいる全員を戦慄させるような断末魔のような悲鳴だ! 赤色さんが駆け寄る!
「ランドちゃん! 口を固定して!」
どういう技か知らないが、首筋をランドちゃんは片手でつかんだと思ったらGさんの口はだらしなく開く。赤色さんは指を口に含ませた後、それをGさんの口にねじ込む!
「ぐむ……」
Gさんはゆっくりと震えを止めて、目をまどろます。そのままおとなしく、だらんと絨毯の上に仰向けになった。
「うーん 酷い痛覚を刺激されていた状態だったわ。後は何らかの脅迫衝動が抑圧されてパニック状態になったみたい。とりあえず痛みは、重要器官からじゃないみたいだから強引に遮断。後は強制的にリラックス状態にさせるきついの入れといたよ」
最後は見事な赤色さんのお手際だった。喧噪としていたその場がゆっくりと落ち着きを取り戻す。店もどうやら警察と病院に連絡したらしい。
僕はGさんの言葉からまたあの単語を聞いてしまった。
……神様!
また、神様だ……
「すぴー すぴー」
天継さんにおんぶされた百目鬼さんの寝息が静かに聞こえる。酔いが回ったのか顔がほんのり赤らんでいる。かわいらしい寝顔に見とれそうになったが、失礼な気がして視線をそらす。
ビッフェを後にしビルを見あげるとオレンジ色に様変わりしている。人通りも少なくなる。夕焼け。ビルや道路を赤く染めあげる光景はいつの時代も変わらず少し寂しげである。
「すっかり百目鬼君はお休みのようだな。どうやって帰るつもりだ? なんなら私のとっておきの寝台車付きバイクを取ってくるが」
「お前の変態バイクに乗るつもりはないのです。このロリコン」
「ふふふ。ランド君はよく私のことを変質者扱いしたいようだが知っているぞ? 君のお気に入りの一つにチューリップという名のカクテルがあることを。チューリップの花言葉の一つは少女の純潔。つまりランド君。君も少女を愛でるロリコ……ぐふぅ!」
ランドちゃんは衣良羅義さんのどてっぱらに右こぶしを打ち込む。電撃のような速さに纏いつく風が僕の頬を撫でる。衣良羅義さんはそのままうつ伏せになって倒れてしまった。
「あたしタクシー呼んどいたよー。もうすぐそこのターミナルにつくんじゃないかな?」
「じゃあそこで待っているかしら~」
「赤色にしては気が効くのです」
すたすたとその方向にみんな歩いて行く。いや、え? 衣良羅義さんは?
「そのまま道路に朽ち果てて死んでくれたら助かるのですが」
「地面が拒絶するかしら~」
「あはは! 大丈夫よ東雲君! あんなの京介にとってはご褒美みたいなものだから!」
すごいご褒美もあったものだ。振り返るとうつぶせになって痙攣している衣良羅義さんがいる。周りに人だかりがいるがそれ以上近づこうとしない。
「ふふふ ランド君の拳ごし。そのきめ細かい肌の感触が伝わってくる……」
なるほど大丈夫のようだ。
「僕たちはどうやって帰るんです?」
「少し遠回りですがタクシーで天継姉さまの家もよるのです。心配いらないのです」
なぜかランドちゃんは僕の方を見ず天継さんの方を見て答える。「あら~ 助かるかしら~」と天継さんは答える。ターミナルについた僕たちはそこで待つことになった。時間帯のせいか元から利用する人が少ないのかその場には僕たちしかいない。ターミナル全体を夕陽が赤く焼きやはりすこし寂しげな雰囲気だ。百目鬼さんの寝息が静かに響き渡る。僕は起こさないように少し小声でしゃべる。
「あの」
「どうしたかしら? 東雲君」
「……さっきの……なんだったんでしょう? また神様って」
天継さんは百目鬼さんをおぶりながら首を傾げる。
「私もわからないかしら~ 赤色に聞いても怪しい薬物反応はなかったみたいかしら」
「そうなのよねー 痛み止めの薬は常用して飲んでいたようだけど、あれだけパニックになる理由がわからないのよー」
赤色さんも首をかしげる。
「データーベースで犯罪歴を調べましたが、軽犯罪を二回おこしていたみたいなのです」
全員がランドちゃんの方を見る。
「でも、それだけです。あのような状況は理解できないのです」
僕は思いだす。Gさんはテレビで追い詰められた犯人役のように自分を見失って絶叫をあげていた。突然の変貌だった。そして何より……
「神様……って言ってました」
「そういえば、この前の学校の襲撃事件の時の女の子も口に出していたかしら~」
「最近似たような事件が多いのです。カルト宗教団体にしてはまったく行動に統一性がないのです」
「えー 何それ! もしかして本物の神様が現れて操ってるとか!? わ、わ、なんかすごくない?」
そういえば赤色さんはこういう話題が大好きだった。
「本物の神様がいたとして、食い逃げしろなんて言うかしら~?」
赤色さんはポニーテールをぷらんと揺らしながら首を傾ける。
「それはちょっとせこい神様よね」
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