第10話 お金を稼ごう

「うおおおおおおおお! また勝ちやがったああああ!」


 突然、大勢の歓声が聞こえた。その方角をみると、かなりの人だかりができている。中央にはテーブルを前に座っている少年と、ぶっ倒れている男がいた。


「ほう? あれは」


 衣良羅義さんが興味深そうに近づいていく。僕も気になったのでついていった。少年のテーブルの横のでかい旗が立ちこう書かれている。


【腕相撲! 勝ったら一万円! 挑戦料千円!】


「賭け腕腕相だ。珍しいな」


 衣良羅義さんはメガネの根元を抑え、不敵な笑いを見せ何やら眼光に怪しい光を灯らせた。テーブルの向うを見る。僕はびっくりした。まだ子供だ! すぐ横に先ほどの挑戦者だろう右腕を抑えながら「いてえよ……いてえよ……」と呟きながら倒れている。体重は軽く百キロは超える巨躯な男だ。


「すまないが道をあけてくれ」


 衣良羅義さんは人ごみを中央に割って入る。少年のテーブルに対面する椅子に座った。


「僕に挑戦するんですか?」


 かけ相撲を行っている少年は不敵な笑いを見せる。白いワイシャツに半ズボンという格好は、そのまま田舎で走り回っていても違和感がない。テーブルの横にはかなりの千円札が並べられていた。それだけ連勝している証だ。


「このあたりじゃ見かけない顔だな。名を聞いておこう」


 衣良羅義さんは千円札を財布から出しながら訪ねる。


「名前なんてありませんよ。強いて言うならGさんとでもおよびください」


 少年は首をぽきぽき鳴らしながら、右腕を差し出した。


「ふむ」


 衣良羅義さんはテーブルを叩く。


「丈夫なテーブルだな。仕掛けも特にない。その体でここまで連勝するというのは少し考えられんな」


 衣良羅義さんも右手を差し出す。がっちりと手で組み合った。


「僕は何時でもいいですよ? お好きな時に始めてください」


 少年は余裕しゃくしゃくだ。衣良羅義さんは少年の右手を凝視している。右手を微妙に握っては離し感触を確かめている。

 衣良羅義さんは少年の耳元に口を近づける。傍にいた僕はかすかだが聞こえてしまった。


「義手か」


 少年は明らかに動揺した。同時に腕相撲が始まった。衣良羅義さんの目つきが変わる。普段の衣良羅義さんから聞いたこともないような咆哮が周囲に響き渡る!

 え!?

 衣良羅義さんの全身の血管や神経が浮き出て表情がものすごい形相に変わる! テーブルが軋み! 周囲の空気が震える! あまりの変貌ぶりに見物人も仰天する。


「きええええええええええええええええ!!!!!」


 衣良羅義さんの奇声にあわせて勝負はついた! 衣良羅義さんが押しきった! 僕は口をあんぐりとあけた。今のは一体、何!?


「ぜーはー ぜーはー ぜーはー……」


 衣良羅義さんは全身から汗を拭きださせ、乱れに乱れている呼吸を整えるのに必死だ。少年も呆然と衣良羅義さんを見ていた。


「そ、そんな馬鹿な!? 身体ブースト系の免許も持ってないですよね? 今、何をしたんですか?」


 少年は我に返り当然の疑問を衣良羅義さんにぶつけた。

 呼吸を落ち着かせた衣良羅義さんが答える。


「人間には交感神経と副交感神経があるのは知っているかね? 人間はリラックスをしているときは副交感神経が働いている。筋肉がゆるみ脈拍も落ち着き全身の力が抜けているような状態だ。交感神経はその逆だ瞳孔が開き脈拍は上がり極度な緊張状態に陥る。その結果、体中の筋肉は縮小し鋼のような強靭さを得ることも可能になる。私はSIMシステムで故意に限界まで交感神経を刺激させた。通常では得ることができない筋力を一時的に得たのだよ。ようするに意図的な火事場の馬鹿力というやつだ……うん?」


 衣良羅義さんは説明を終えると自分の右腕を見た。ぷらーん。折れてる!


「うおおお! ぐおおおお! い、痛い!!!! これは痛いぞおお! しまったああああ!!! 力みすぎて自分の筋肉で自分の腕をへし折ってしまったあ!!!」


 衣良羅義さんは右腕をかばいながら地面を転がり始めた。そうこうしているうちに他のメンバーも集まり始めた。


「あはは……京介ってばかだねー」


 赤色さんがハンカチをかんで唾液を含ませる。それを衣良羅義さんに手渡した。衣良羅義さんはそれを受け取りかみしめた。


「ぐ、ぐ、ぐふう。助かったよ赤色君。君の口内で生み出される鎮静剤はよく効く。よし! 次の勝負と行こうではないか」


 僕は仰天する。


「え? え? まだやるんですか!? というか右腕がそんな状態じゃ無理ですよ!」

「ははははは! この衣良羅義京介! この程度では終わらんよ! ほかにも勝つ方法はごまんと用意している!」


 周りがざわつき始める。【お、おい今、衣良羅義って】【マジかよ……】そこで僕は初めて衣良羅義さんが有名なことを知った。というかこんな変わった人が無名なわけあろうか。

 衣良羅義さんの目の前にいた自称Gさんはいつの間にかテーブルごとどこかに行ってまった。一万円だけ場に残されて……


「……むう、これでは後、3万円足りないではないか。しょうがない他の方法を考えるとするか」

「もういいのです」


 そばに来たランドちゃん首を振りながら呆れ顔をしながら口を出してくる。


「他人の迷惑なのです。私が残りのお金を出すのです」


 ビルの中は、中心に大きなエスカレーターがー幾何学模様状に上に登って配置され、エスカレーター自身が透明になっていてまるで空中を人が移動しているように見える。階ごとに、周りがぐるりと透明な壁で囲まれており、その階に何があるのかここからも透けて見える。……ああ……未来だなー。僕は未来にいることを噛みしめた。子供心というか少年らしい未来へのあこがれとイメージが合致した感動を受けていた。

 僕達はエスカレーターで十階に上っていた後、降りて数店舗歩いた場所で立ち止まった。


「着いたぞ」


 衣良羅義さんがお店を指差す。煉瓦を装った壁の模様。窓ガラスから中がうかがえる。深みがある絨毯で足元が敷き詰められており、テーブルや椅子からもそこそこの高級店というオーラがにじみ出て主張している。衣良羅義さんは先陣を切って入っていった。僕たちも後を続く。考えてみれば、まともな格好をしているのは、赤色さんだけだ。上下真黒な学生服に蝶ネクタイという少々場に似合わない格好の衣良羅義さんを見て、ビッフェのフロント係の人は固まってしまった。更にセーラー服姿の天継さんを見る。暫く見つめた後ほうけた顔を見せる。僕はまだ恐ろしくてやってないが、SIMシステムで年齢を確認したのだろう。ゴスロリランドセルを背負ったランドちゃんを見て、ぎりぎりの笑顔を見せる。おずおずと着物姿の百目鬼さんがランドちゃんの後ろに張り付いて入店する。

 惜しい! 眼帯さえしていなければフロントの人を安堵させることができたのに! とどめに前述で説明した僕の姿を見て……笑顔で案内してくれた。もう考えるのをあきらめたのだろう。僕たちは店内の奥の端のL字型のソファーがある席にすわる。後の入店ルールにジャケットの着用が必須になった事を僕は後日知る。

 全員が飲み物と食べ物を取り終わり席に座った。


「皆! 飲み物は持ったかね? では乾杯だ!」


 各々が手元にあるグラスを掲げて景気よく衣良羅義さんによって乾杯の音頭が取られる。全員がグラスを中央で掲げる。赤色さんが一番景気よく「乾杯!」と大きな声を出した。百目鬼さんも恥ずかしげにグラスを掲げる。


「ふむ! さすが一流のビッフェ店! 醸造アルコール率が九十九%以内に抑えられている! このワインはいいものだ!」

「この日本酒も水道水の匂いがだいぶ取れて、お米の味がするかしら~」

「わ! わ! わ! このビール! 泡がいつも飲んでるやつより細かい気がする!」

「このマリブミルク……本物に近いミルクを使っているのです」


 いつもの酒談義が盛り上がる。だが、盛り上がっているにもかかわらず聞いていて相変わらず悲しくなってくるのはなぜだろう。僕は百目鬼さんの方を見る。端っこのランドちゃんの更に端っこに座りながら、グラスを空けていた。


「みなさま 情けない……情けないでございます」


 え?

 百目鬼さんが涙気に語り始める。


「日本人なら……日本人なら焼酎ではございませんか!? 西暦1500年から! いやさらに醸造法が渡ってきた中国の歴史を考えると圧倒的な歴史です!」


 屋敷で会った時に感じた、口数が少なく気弱な様子は全くない! 着物姿で震えながら透明感のある声を絞り出すその有様は否が応でも目を引かれる。


「ビールや日本酒と比べて百分の一のプリン体! 体にも優しきこの飲み物! なぜ! なぜ皆様はそのような下劣なものをお飲にみなられるのでしょう!」


 僕の周りは酒乱が集まらなければならない世界の法則でもあるのだろうか。

 脱力してその様子を見ていると、隣に座っているランドちゃんから耳打ちされる。


「百目鬼は酒が入ると人格が変わるのです。相手をすると延々と焼酎の良さを語られ続けるので適当に無視するのです」


 ランドちゃんはカクテルを上品に飲みながら、料理にも手を出し始めた、僕も食べることにしよう……

 ここはイタリア料理と中華料理の食事を主体にしているみたいだった。とりあえず僕はローストビーフに手を出した。


「ん?」

「どうしたの? 東雲君」

「いや、赤色さん。これは何の肉ですか?」

「え? 何の肉?」


 なんだか初めて食べる触感だ。肉というより、固めの木綿豆腐? みたいな触感がした。


「牛……じゃないのかな」


 僕を除く全員が立ち上がる。焼酎の良さを一人で熱弁していた百目鬼さんもこちらをポカーンと見ていた。


「なんだと!? 東雲君! 君は本当の牛の肉を食べたことがあるのかね!? われわれの世代はほとんどが人工肉の味しか知らないのだよ! そうか二百年前といえば人工肉の技術がまだ完全には確立されていない! 本物の肉を食べていた時代ではないか! 詳しく聞かせてくれないか!?」


 僕は窓から外を見た。

 うん、青い空。今日も晴天なり。

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