第8話 幸い私はゲームマスターの免許も取得している

「迎えに来たぞ、早く乗りたまえ」


 衣良羅義さんが、スズキ製のバイクでランドちゃんの家まで迎えに来てくれた。歩いて帰るには遠く、SIMシステムでルートを探索しようとしていたのでこれはありがたい。せっかくなのでお言葉に甘えることにした。


「それでは出発だ。……ふふふ、このトルク音。今日も君は絶好調だねダヴィンチ・シューベルト」


 バイクにすごい名前を付けていた。僕は後ろに乗せてもらい帰宅することにした。ランドちゃん百目鬼さんに礼をしてから。

 ランドちゃんはめんどくさそうに、あっち行けと言わんばかりに手を振って、百目鬼さんは丁寧に頭をおじきして見送ってくれた。


「どうだったかな? ランド君の家は」

「物凄い大きさでびっくりしました。メイドさんも雇われていて……その、なんていうか大金持ちなんですか?」

「ランド君の家はもともと資産家だ。更にランド君自体の収入もかなりの物。あれぐらいの生活はあたりまえだろう」

「なるほど」

「ふむ」

「……」

「……」

「でも、あのスライムは死ぬかと思いました……」


 衣良羅義さんは、明らかに口調が重くなる。


「……君も……食べたのか」


 それ以上互いに言わなくてもわかる。何故かこの時、衣良羅義さんとの長年の苦肉を共にした友情のようなものが生まれた気がした。


「あちょー! あちょ! あちょ! あたたたたたたたた! ほあちゃ!」


 家の前の土管が三本積み重なって放置されている空地。メットを外して衣良羅義さんのバイクの後ろから僕はその様子を見ていた。赤色さんが奇声をなにやら発している。もともと赤色さんは薄着なのだが、シャツに半ズボンと何時もより更に初春には寒かろうかっこをしていて、なにやら何もない空間に蹴りやら突きやら繰り出して汗だくになっている。


「そこかしら! えいや! そこかしら!」


 天継さんもそこにいた。空地を跳ねたり跳んだり転がりながら、両手を何かを握りしめるかのようにかたどって、あちらこちらに向けている。こちらは銃の引き金を引くアクションを彷彿させる。天継さんはいつも通りのセーラー服だ。


「楽しそうだな」


 僕は茫然とその様子を見ていたのだが、衣良羅義さんは冷静にそう言った。


「え? なんなんですかこれは?」


 衣良羅義さんはバイクのメットを外して後ろに座っている僕向かって振り替える。


「ふむ。まだ君は未経験だったか。彼女たちはゲームをしているんだよ」

「あらー? おかえりなさいかしらー」


 天継さんがこっちの方へダイナミックにスライディングしながら近づいてきた。セーラー服はすっかり砂埃だ。


「あ、おっかえりー! 東雲君!」


 赤色さんも空手の正拳突きのような恰好のまま、顔をこちらに向けて挨拶してきた。僕はただいま帰りましたと返事を返す。


「せっかくだ。混ぜてもらったらどうだ? 幸い私はゲームマスターの免許も取得しているから、君も簡単なコースなら参加することができるぞ」

「あ、京介ったら、たまにはいいこと言うじゃん! やろー やろー! 東雲君!」


 SIMシステムを起動させる。いつものメニューが表示される。検索しながら階層を開き教えてもらった項目を見つけた。

 【DOOMO】

 この世界ではポピュラーなアクションRPGらしい。衣良羅義さんの指示に従ってSIMシステムの操作をする。視界に【リンクが繋がりました】との表示。【ゲームを開始しますか?】との表示に僕はOKと頷く。SIMシステムの背後にみえる風景が変わる! さっきまでの空き地が広大な草原に変わっていた! 頬に感じる風にたなびき、むせ返るような草花の匂い! 陽光が暖かく包み込み、静寂にまじって鳥の鳴き声が聞こえ始める……


「え? え?」


 あまりのリアリティーに驚きより不安の気持ちの方が大きい。いきなり目隠しされて睡眠薬を飲まされた後、目覚めたら大草原にいて途方に暮れる。そんな、気分だった。


「ふむ、それほど驚いてはいないようだな」


 視界に忽然と衣良羅義さんが現れる。すぐに赤色さんや天継さんも現れた。


「いや! 驚いてますよ! なんですかこれ!?」

「SIMシステムで視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。さらにバランス感覚や痛覚までコントロールされている。なかなかどうして、リアルだろう? だからゲームは免許制になったのだよ。それなりに危険も伴うようになったからね。それよりゲームスタートだ。初めの武器を選びたまえ」


 眼前にいきなりずらりと武器が空中に並ぶ! 初めに西洋の武器、東洋の武器、これは銃器? 魔法の杖みたいなのも用意されている。軽く見ただけで百は超える。この中から選ぶのは時間がかかりそうだ。


「ん?」


 何故か僕は気になった物があった。おっかなびっくりそれに触れてみる。本当にそこにあるかのような感触が手に伝わってくる。僕はそれを思い切って握りしめた。


「あら~ 短剣系を選ぶとは通かしら~」

「へー 結構マニアックな武器を選ぶんだねー」

「ふむ、というか東雲君。それは果物ナイフだぞ? 攻撃力二しかないぞ?」


 周りから興味深そうに手に持った武器を覗き込まれる。なんだかいろいろ突っ込まれて恥ずかしい。


「なんとなく選んだんですが駄目ですか?」

「ははは! そんなことはない! 自分の好きな武器を選ばずになにがゲームだ! 現実世界のルールに縛られる必要などないのだよ! 東雲君!」


 僕の武器は果物ナイフに決まった。よくよく見るとみんなはすでに武器を装備している。赤色さんはナックル。天継さんは両手に西部劇で見るような銃。衣良羅義さんは宝石で装飾された杖のようなものを持っていた。

 衣良羅義さんが威勢よく掛け声をあげる。


「それではゲームスタートだ!」


 緑色のゼリーのどでかい奴。それが僕の第一印象だった。よく見るとぐにゃりと動いている。僕の身長より少し小さい。


「あの……これ、攻撃していいんですか?」

「もっちろーん! ぐさっといっちゃえ! 東雲君!」


 恐る恐る近づいてみる。手にしたナイフでゆっくりと料理に刃を通すように差し込んでいく。見た目通りのぐにゃっとした感触がする。ものすごく気持ち悪い。ゆっくりと引き出すと、緑色の粘液のようなものがナイフについてきた。これダメージ与えてるの? 数値表示もないのでまったくわからない。突然! その緑色の巨大な物体は僕に体当たりしてきた! 胸に強い衝撃を受ける! 僕はそのまま吹っ飛ばされた。草花が生い茂る地面を転がる感覚も非常にリアルだ。僕は素直に感心した。今のゲームはすごいな……


「きゃー! 東雲君!? 大丈夫!」

「赤色君……私は君に適当にモンスターを見繕ってくれといったんだが……これは?」

「もちろんスライムよ! ス・ラ・イ・ム! ゲームの最初の雑魚キャラといったらスライムでしょ!?」

「赤色君。スライムは物理攻撃が効かない。動きは遅いが体当たりや、体内に取り込んで消化吸収もしてしまう強キャラだ。しかもなんだねこれは。LV798? 赤色君の戦っているレベル帯の物を召喚したね? 初心者用に東雲君の体に対するフィードバックを最小限にしておいたが、東雲君の防御力じゃかなり痛いはずだぞ」


 赤色さんのぐぎゃ! という声が聞こえる。地面にはいつくばって見えないが天継さんがチョップしたのだろう。僕の最初のゲームプレイはこうして華々しく終了することになった。ゲーム怖い……

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