第7話 今のは百目鬼 小町。メイドをやってもらっているのです

「着いたぞ。ここがランド君の家だ」


 サイドカーを付けて三人乗りになった衣良羅義さんのスズキのバイクに乗って僕とランドちゃんはランドちゃんの家に到着した。僕は思わず呆然と見上げた。豪邸だ。

ヨーロッパ風の洋館で、外見もアンティーク。しゃれた形をした鋼鉄の柵が周囲を囲い、アーチを意識した正門。壁も単色ながら手塗りの味わいが出ている。


「それじゃ私は退散しよう。ランド君、百目鬼どどめき君によろしくな……ふふ、スズキはやはり素晴らしい」


 衣良羅義さんは、僕らが荷物を下したのを見てそのままバイクで走り去っていった。


「ぼさっとせずに早く入るのです」


 ランドちゃんが正門に向かい、家のチャイムを押す。


「はいー きゃっ!」


 中からかわいい女の子の声が聞こえてきた。同時に物が倒れる音が響く。


「すいません! おかえりなさい!」


 ドアが開く。中からは着物を着た女性が出てきた。赤を基調に花柄が入っていて実にあでやかだ。これまた洋館とのギャップがすごい。髪はセミロングで美人というよりはかわいいといった感じがする。だが、なんといっても目立つのは右目全体を覆う白い眼帯だろう。その容姿と服装、眼帯によって一度見たもの忘れさせないインパクトがある。


「ただいまなのです。百目鬼。あいかわらずそそっかしいのです」


 ああ、この子が百目鬼さんか。SIMシステムを起動して年齢を確認すると十七歳。僕より年上だ。百目鬼さんは僕の方を見てびっくりしている。

 ジー……

 ジー……

百目鬼さんは僕を見続け、僕は百目鬼さん見続ける。やがて百目鬼さん表情を変えなんだか泣き出しそうな顔になってきた。

 え? え?


「奥に行っていいのです。相変わらず人見知りなのです」


 百目鬼さんは一礼をした後、屋敷の中に消えていた。「きゃっ!」という声が聞こえた。物音からまたこけたのだろう。


「今のは百目鬼 小町。メイドをやってもらっているのです」


 メイドさんを雇っているのか……。天継さんと赤色さんと僕の三人がワンルームアパートで暮らし始めた事を思い出したが不毛な比較をやめた。


「とりあえず客間は二階の奥なのです。好きな部屋使っていいのです。百目鬼~? 晩御飯はいったいなんなのです? この野郎には昨日の失敗した謎のスライムのような食べ物でいいのです」


 いや、よくない。

 広間に出るとさらに圧倒される。二回への階段とともに、ものすごい数の部屋が一望できる。映画の豪邸の撮影シーンに使われていても不思議じゃないと思った。ランドちゃんと別れて二階へ上がる。階段の絨毯の踏み心地が心地いい。部屋がありすぎて迷ってしまったが、身近な部屋を開けると、適当な大きさでベットもあったのでここに決めた。高そうな装飾品が飾られているので、おっかなびっくり触らないようにしてベッドに行き、ようやく一息ついた。

 退院してから刺激的な毎日が続いてるなと思う。行き成り女性二人と暮らすことになって、その後、銃撃戦があったとおもったら、今度は少女の豪邸に泊まることになってしまった。なかなか一息ついている暇がない。ふと思いついて、SIMシステムを起動させた。ニュースが気になったのだ。


 【学校で銃撃戦!】


 あ、これ今日のニュースだな。詳細を見る。『私は後悔していない。神様の手によって安らぎを得られたのだから』ん? また神様だ。安らぎを与えたのは赤色さんの薬だと思うが、しかし、天継さんに何度も聞いたが神様を信じる人はほとんどいないらしい。でも、退院してからやけに神様という言葉を聞いている気がする。


「あのー 今野 野郎さん? お食事にしますか? それとも食事にいたしますでしょうか?」


 ドア越しに声が聞こえてきた。百目鬼さんの声だ。ニュースを見るのをやめて、僕はドアを開けに行く。


「あ!」


 百目鬼さんは、開けたドアの陰に隠れてしまった。本当に人見知りが激しいらしい。


「ごめん。じゃあ、お風呂をお願いします」

「は、はい。では、ご案内いたします……」


 僕は百目鬼さんの後ろからついていくことになった。きゃっ! また、百目鬼さんは転んだ……。何もないところで転ぶ人って本当に要るんだな……。


「後、すいません」

「はい?」

「僕の名前は東雲です」


 広い脱衣場で、服を脱いて浴槽へ僕は入っていった。うわー! でか! ちょっとした旅館やホテルのお風呂と比較してもそん色ないだろう。洋式で床は大理石?小さい子なら十分に泳ぐ広さがある。簡単に体をお湯で流して僕は浴槽に入っていった。


「ふー びばのんっと」


 どこかで頭に残っていたフレーズを呟く。今日もいろいろあってずいぶん疲れていたことに気づく。お湯の温かさが体にじっくりと染み渡る。朝の銃撃戦が無意識に頭に思い浮かぶ。あんな簡単に対処できるものなのだろうか? 退院後知り合った人がみな修羅場をくぐっており、類は友を呼ぶといった感じなのだろうか。

 ガラリ。

 浴槽のドアが開く音がする。


「結構なご身分なのです」


 ランドちゃんの声!? 湯煙でよく見えない。が、声は明らかにランドちゃんだ。湯煙が生み出すシルエットを見ると何も着ていない!? ランドちゃんはそのまま椅子に座り蛇口にお湯を入れだす。こんな状況なのにものすごく平然としている。


「その反応。明らかに童貞…… 天継姉様に手は出していないみたいですね」


 挙動不審な僕をしり目に、物凄いことを言ってきた。


「百目鬼。体を洗ってくださいな」


 百目鬼さんが入ってきた。ランドちゃんとは違い。バスタオルを体に巻いている。が、ランドちゃんほどではないにしろ、白いシミ一つない肌がすきまからみえ、セミロングの黒髪がうなじをなでる様子を見て、僕は頭がくらくらする。

 百目鬼さんはそのままランドちゃんの体をスポンジで白い泡で包みながら、足元から撫でていく。


「い、いや! なんで? どうして入ってくるのさ!?」

「何を言ってるのです? 自分の家の自分の風呂に入って何が悪いのです?」


 それは悪くない。でも悪い! 逆セクハラだ!


「東雲。私が昔、天継姉様に助けられたことは話しましたね?」


 百目鬼さんが、足先からふくらはぎ、太ももにかけてランドちゃんの体を泡で包み込んでいく。見てはいけないと思いつつ、あまり目を離せない自分が恥ずかしい。


「いろいろありましたが。天継姉様が私の保護者になって、右も左もわからない私を助けてくれたのです」


 僕は少し落ち着きを取り戻した。どうやら、真面目な話らしい。


「東雲を発見したのも天継姉様なのです。本当ならそれでおしまいでした」


 え!? そんなことは今、初めて聞いた。病院にいたときにも天継さんは一言も言わなかった。


「その様子じゃ聞かされていないみたいなのです。天継姉さまはいちいち人に気づかいさせる事をしたがりません。また、本来なら、発見した。それでお仕舞でした」


 ランドちゃんが真っ白な手を前に差し出す。それを百目鬼さんは白い泡で包み始める。


「でも、天継姉様は本当にお人よしです。そのまま東雲、お前の保護者になり面倒を見ることまでやってのけているのです」


 ランドちゃんが頭を下げる。美しいブロンドの髪を百目鬼さんがシャワーで濡らし、シャンプーの泡で包み込んでいく。


「もし、その恩を忘れるようなことがあれば、私が直々に追い出してやるのですよ? 東雲」


 そういえば、まったく、どうして天継さんと一緒に住むことになったのかあまり深く考えていなかった。僕はものすごく天継さんに甘えていたらしい。


「うん。わかったよ。絶対に忘れないよ。忠告ありがとうランドちゃん」


 百目鬼さんがランドちゃんの体を流す。そのままランドちゃんはこっちに来て……え? え? 浴槽に入り隣に座った!?


「というわけで、私はあなたが気にいりませんが、一応家族ともいえないこともないのです。それなりに大人しくしていれば天継姉様の為にも友好的関係は築くつもりなのです

 僕は、こくりこくりと頷いた。透き通る白い肌、滴る水滴、身体を纏う長いブロンズの髪、ランドちゃんの体から広がるお風呂の湯の波紋を身体に感じだたけで僕は完全に硬直してしまった。

 え?

 違和感を感じたのでもう少し良く見てみる。ランドちゃんの体中にまだら状のうっすらとした白い模様が浮かび上がっているのが見えた。僕は見とれた。神秘的な人間ではない別のような生物に見えたのだ。

 あれ? 僕はさらに違和感を覚えた。


「ランドちゃん。ランドセルはなんでつけたままなの?」


 ランドちゃんはこちらを一睨みした後、浴槽から立ち上がる。僕は何か気に障ったことを言ったのだろうか? そのまま無言で風呂場を出て行った。その後を百目鬼さんが続く。風呂場を出るときこちらを見て一礼して出て行こうとした。きゃっ!っとお約束のように出るとき百目鬼さんは滑って尻もちを打つ。もう一度こちらを一礼してそのまま出て行った。

 僕は、風呂に入る前よりくたくたに疲れてしまっていた。


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