第6話 しおーおーめー? お前、天継姉様になんて事をしてくれたんですか?

「到着かしら~」


 天継さんの運転で、僕と赤色さんは二日目の学校についた。相変わらずまばらだがさまざまな年代の人たちが登校してくる。なんでも免許センターと考えるとその様子にも納得できてきた。


「やあ、到着かい?」


 声をかけてきたのは衣良羅義さんだった。エンジン音とともに、バイクを隣につけてくる。黒ずくめの学生服を着てのそのシーンはなかなかにインパクトが強い。


「やはりバイクはスズキに限るな。この馬鹿馬鹿しいほどのパワー感はそう得られない」


 ヘルメットを外し満足げにしながら話しかけてくる。


「ランド君も誘ったんだが、どうやら歩きで来るみたいだ。ははは、照れなくてもいいのにね」

「誰が照れてるですが、このロリコン野郎」


 気が付くとランドちゃんがそばまで歩いてきていた。服装は昨日と変わらないゴスロリ。金髪のロングストレートが、早朝の太陽に反射してまぶしく輝いている。背中には赤いランドセルだ。

 僕たちはそろって、駐車場を出て正門をくぐり学校に入っていく。


 ピタリとランドちゃんが立ち止まる。


「あら? どうしたかしら?」


 全員がランドちゃんの方を見て、同じように立ち止まった。


「……」


 ランドちゃんは何も言わない、しばらく何かを考えているようだった。そして不意に正門の方を振り向く。合わせて衣良羅義さんも正門の方に振り向いてじっと見る。

 眼鏡の中心のブリッジを人差し指で持ち上げながら、真剣な表情を作る。


 「生徒会か? 私だ。旧校舎にいるものを非常口の方へ退避させてくれ。他の物は新校舎へ誘導。校門前には近づけないように。緊急避難命令だ」


 衣良羅義さんは素早く話し終える。後で聞くとSIMシステムを利用して、会話していたらしい。話の内容を聞いて僕は、身を緊張させる。ただ事ではないことは確かだ。


 パーン!


 最初は何の音かわからなかった。だが聞き覚えがある。映画やテレビ、ネット上の動画で何度も聞いたことがある銃声だ! 悲鳴があたりから聞こえ始める! 僕の眼前にSIMシステムのホーム画面が突如立ち上がる! 緊急避難速報と言う文字が瞬く間に目の前に散会され派手に表示された! 正門付近にいた人間はまばらになって、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める! 幾人かは呆然と動けない人もいる!


「来るぞ」


 衣良羅義さんがそう僕らに告げる。正門から黒ずくめで、物々しい全身を肌一つ見せないプロテクター。頭にはヘルメットとサングラス、口元も何かでおおわれている武装した人物が現れた。両手には銃らしき物を装備している。警官が装備しているような拳銃ではなく、両手で持つ圧倒的な威圧感を感じる銃だ。


「第二次世界大戦期の武器だな。高質化した物質を火薬の爆発を利用して発射する。ずいぶん古臭いものを持ってきたものだ。構造や素材が単純な分、手に入りやすかったのだろう。たしか名称はアサルトライフル。それなりに連射が効くぞ用心したまえ」


「年度も戦場でお世話になったのです」


 物騒な発言が次々に飛び出す。というか逃げなくていいのだろうか? ランドちゃんは戦場帰りと聞いていたが、その他のみんなも落ち着ている。


「天継くんは、新校舎のある右から相手の視線を引き付けてくれ。タイミングを見てランド君よろしく頼む」


 天継さんは走り出していた。え? と思う間に迂回しながら武装した人物にダッシュして近づいて行った。いつも通り笑顔は絶やさないが真剣な笑みであることを理解する。ロングの黒髪が空をなびきセーラー服をたなびかせながらあっという間に近づいていく! 発砲音! 今度は単発ではなく連射だ! 天継さんは地面すれすれに身を屈めながら両手に持った鞄を銃口の方に向けて身をかばう! 鞄が衝撃とともに発光する!? 驚いたことに銃弾は貫通せず天継さんの鞄にはじき返されていた!

 ふと見ると傍にいたランドちゃんはもう姿が見えなかった。すでに武装した人物に接近している!


「えい」


 その一言だけ聞こえた。武装した人物は簡単に銃を素手でからめとられ、空に放り投げるように投げ出され背中から叩き落される!


「赤色」


 ランドちゃんが赤色さんを呼びつけた。赤色さんはのんびりとした様子で、少し駆け足で近づいて行った。衣良羅義さんもそれに続いて歩いていく。邪魔にならないか心配しながら距離を開けて僕も後ろから付いていく。


「はいはーい。メット外すねー」


 手慣れた様子で赤色さんはメットを外す。僕は驚いた。女性だ。


「が……が……」


 その女性から何やら声にならない言葉が喉の奥から絞り出すように発せられる。


「あー これダメ。ちょっと応急処置するね」


 赤色さんは自分の口の中に自分の人差し指を舐めるようにくわえた。10秒ほどしてから人差し指を口の中から出す。唾液に濡れたそれを女性の口に突っ込んだ!?


「SIMシステムで解析してみたけど、そうとう薬やってるねー この成分で効くといいんだけどなー」


 ほどなくすると、武装した女性からうめき声は聞こえなくなる。苦悶に満ちた顔がゆっくりと和らいでいった。


「……神様ありがとうございます」


 神様? そう呟くと女性は安堵の表情を浮かべ目を閉じゆっくりと寝息を立て始める。


「え? 今、何をしたんですか?」

「ん? あ、そっか。いやー 医療関係の免許は趣味でほとんど取ってるからねー 緊急時に口内で薬を作ったのよー」


 赤色さんは指をハンカチでふきながら、照れくさそうに答える。

 え? そんなことができるの?


「終わったかしら~?」


 天継さんが近づいてくる。


「え、あの、大丈夫なんですか?」


 呆然と僕は天継さんに尋ねた。


「あははー もちろんかしらー 趣味が冒険家で色んなところ行ってると戦場も横切ることぐらいあるかしら~ それにしても衣良羅義に作ってもらった鞄は便利かしら~」

「大した物じゃない。第三次世界大戦期に作られたクーロン力を応用した防弾素材を練りこんだだけだ」


 天継さんは砂埃で汚れたセーラー服を払う。ランドちゃんにいたっては、まるで何もしていないがごとく佇んでいた。

 ああ、そうか、この人たちは変人なんかじゃない。

 すごい変人なんだ。


「諸君、我々はどうやら深刻な事態に陥ったぞ」


 コンクリートでできた新校舎。その食堂に僕らは集まっていた。あんな騒動の後なので閑散としている。衣良羅義さんがどこから知れず帰ってきて僕らを一望する。喉元にある学生服のカラーを正した後、口を開いた。今までにない深刻な口調に僕は固唾をのんだ。


「この騒動のせいでアルコールの自販機が作動しない」


 ……え?

 僕は呆気にとられたが、それ以外のメンバーがざわつき始める。


「しかも、補充車両まで引き返す始末だ。今、我々は完全に補給元を断たれた戦場に孤立する集団と化してしまった」


 メンバーが更にざわつく。え? え?


「だが、皆安心してほしい! 私はエチルアルコールを調達することに成功した! 我らが小隊に栄光あれ!」


 僕以外のメンバーから歓声があがる! いやちょっと待ったああああ!!!


「ちょっと待ってください! 大丈夫なんですか!? エチルアルコールとか名前が物騒なんですが、飲んで大丈夫なんですか!?」

「東雲君。毒性が高いのはメチルアルコールだよ。ハハハそれに、多少の毒はSIMシステムが何とかしてくれる」


 衣良羅義さんは、愛用のワイングラスをどこからか取り出して、さっそく注ぎ始める。そこに何やら赤色の液体を注ぎ始めた。


「エチルアルコールの葡萄ジュース割りだ。ふむ、なんとかワインらしくなったかな」


 赤色さんもどこからかジョッキを取り出しエチルアルコールを注いだ後に、何やら炭酸水を注ぎ始めた。


「エチルアルコールのレモン炭酸水割り! 見た目はビールに見えるよ! 泡がないのがざんねーん!」


 天継さんもコップを取り出しエチルアルコールを注いだ後に、謎の白い液体を入れ始める。


「エチルアルコールの米のとげ汁割かしら~ 濁り酒みたいになったかしら~」


 ランドちゃんもコップを取り出しエチルアルコールを注いだ後に、牛乳を入れ始めた。


「ランドカクテルの出来上がりなのです」


 僕を除く全員が乾杯をし始めた……。一人取り残された僕は食堂の水道から水をコップに入れすごすごと席に戻ってきた。


 わいのわいのと酒談義がしばらく続いた後、思いだしたように衣良羅義さんは僕らに肝心な内容を伝え始める。


「そうそう、今朝の騒ぎでしばらく学校は休校するらしい。さすがに無理もない」

「あら~ 残念かしら~」

「事件の背後関係なども調べるらしいが、さてどうなることやら。紛争地帯ならともかく、こういった安全な地域でこの事件は珍しいからな」


 よかった、どうやらこんな事件は日常ではないらしい。少し僕は安堵した。


「いっく」


 ん?

 奇妙な声のする方に視線を向ける。


「いっく」


 ランドちゃんが顔を赤らめしゃっくりをあげている。今朝の出来事に対しても無表情だったが、今はなにやら目が座りがちでぼおっとした雰囲気で僕を見ていた。


「しおおめ」


 え?


「しおおめ? 聞きたいことがあるのです」


 呂律が回っていない!? もしかして酔っ払っている!?


「昨日、天継姉さまの部屋で確認しました。天継姉さまの住んでいるところはワンルームアパート。ベッドが一つあるだけ。お前一体どこで寝てるんです?」


 僕はギクッとした。頸筋に汗が走る。慎重に答えないと……


「やだー! ランドちゃんったらー! 三人で仲良くベッドの上に決まってるじゃないのー!」


 赤色さん!? と僕が突っ込む前に、僕の視界は空中を回転する。以前と同じ感覚。すぐに僕は投げ飛ばされたことを理解する。今度は気を失わなかったが、ぐぇっと変な声が出た。


「しおーおーめー? お前、天継姉様になんて事をしてくれたんですか?」


 ランドちゃんが、横にぶれっぶれになりながらも投げ飛ばされた僕の地点に近づいてくる!

 あれ? これ、僕、殺されるんじゃない?


「ランドちゃん~? いきなり投げ飛ばしたらダメかしら~」


 天継さんが、ランドちゃんの襟元をつかみ、ひょいっと持ち上げた。


「天継姉さま止めないでくださいなのですいっく。今、この不埒な男を地獄にいっく……」

「ダメかしら~? それ以上、東雲君に手を出したらランドちゃんの事、嫌いになっちゃうかしら~?」

「……いっく」


 その言葉が効いたようで、一気にランドちゃんは大人しくなった。それを見て天継さんはランドちゃんを下す。……どうやら僕は助かったらしい。


「うー」


 ランドちゃんはまだ納得してないらしい。うつむいて僕の方を睨んでいる。


「解りましたなのです。では、この男、天継姉様と一緒に住むに相応しいかどうか試させてほしいのです」

「んー? ランドちゃんどういうことかしら~?」

「この男を萌月の家に泊めて様子を見させてください」

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