第5話 黙れロリコンなのです

「たっだいまー!」


 勢いよく玄関のドアを開けた反動で赤毛のポーニーテールを左右に赤色さんは揺らす。


「赤色! ちゃんと靴ぐらい揃えなさいかしら!」


 家の中に飛び込んでいく赤色さんをしり目に、天継さんは上品な手つきで靴をそろえて入室する。


「あー つっかれたー! お腹すいたー! 天継、晩御飯なにー?」

「何、言ってるかしら? 今週は赤色が晩御飯担当係なのかしら」


天継さんがセーラー服のスカーフを外しながら奥の部屋に消えていった。どういう訳か天継さんは家の外でも中でも制服を着ている。今も制服から制服へと着替えるという不思議な行動を取っていた。


「えー!? まじー? やばー! 何があったっけ?」


 赤色さんが台所でごそごそとあちこちを探り出す。僕を気にせず短いズボンで意図せず扇情的にお尻をむけてくるので、僕は居心地悪く目線をそらす。


「えーと 何これ! 何にもなーい! 野菜はジャガイモと白菜? えー? 他にはー? あ、カレールーあるじゃん! じゃあカレーに……って肉がないー!」

「あら、私は野菜カレーでもいいかしら?」


 着替え終わった天継さんが奥の部屋から出てきた。


「いーやーよ! そんなの! 肉が入ってないカレーなんて、炭酸の抜けたビールよりひどいじゃん! あーもうどうしよー!」


 赤色さんは頭をくしゃくしゃにかきしめる。本当に困ったような様子で座り込んだ。


「僕、買ってきましょうか?」

「え? 東雲君が? そりゃ助かるけど、大丈夫? スーパーの場所解る?」

「こーらー 赤色? 東雲君に頼らない。私が行ってくるかしら」

「あ、いえ、ちょっとこのあたり見て回りたかったので、ついでに行ってきます」


 その言葉は嘘じゃない。後、何もかも世話になりっぱなしと言う訳のもいかないので、何か手伝える事があれば何でもやろうと思っていた。。


「そーお? そんなにスーパーまでは遠くないけど、場所とかは大丈夫かしら?」

「あ! ついでにビール買ってきて! 見たらもうワンケースしかないのよねー」


 最後になんか突っ込みたくなるセリフを聞いたが、僕は天継さんに買い物メモを書いてもらった後、アパートの外に出た。

 夕日が空を焼き、周りの木造の建物に影を落とす。人通りは元から少ないが、更に寂しげな情景をかもしだしていた。

 とりあえず完全に日が落ちる前までには帰って来よう。


 「SIMシステムを起動っと」


 頭の中でパスワードを思い浮かべるだけでシステムが立ち上げるぐらいには、今日一日でSIMシステムにも慣れてきた。

 近くのスーパーを検索して目的地に設定する。視界にルート案内の表示がされた。それに沿って僕は歩き始めた。


 「ニュースの一覧は……これかな」


 SIMシステムのルート画面から階層をたどりニュースの表示ページにたどり着く。この世界についてまだまだ不慣れなことばかりである事をこの一日で思い知らされたので、すこしでも情報を集めようと思ったのだ。

 ここ数日のニュースの一覧が視界に並ぶ。


 【今年の春は寒い!】

 【活断層が活発に】

 【ノーベル平和賞受賞! 日本人から!】


 こういったニュースは二百年前とあまり変わらないらしい。


 【刺殺事件! また発生!】


 ん? 気になったのでニュースの詳細を確認する。ここからあまり遠くない地点での出来事だ。

 【容疑者は神様の命令に従ったと供述しており……精神鑑定の……】

 違和感を感じた。天継さんが言うには医療が発達した今、神様を信じている人間はほとんどいないらしい。それともどんな時代にもこういった輩は存在するというだけのことなのか?


 【二百年前の人間の蘇生に成功!】


 あ、これ僕だ。


 スーパーについて買い物を済ませる。会計はすべてSIMシステム上で行った。何か所か解らないところがあり、店員さんに尋ねながらもなんとか支払いを済ませた。

 肉と大量のビールを両手の袋に分けてもち僕は帰路につく。先ほどよりも太陽が沈み、夕焼けの空が半分以上黒く染まり、いくつかの星がちらほらと輝き始める。

 大通りを抜け、細い道に入る。人通りはすっかり無くなっていて、周囲の家から漏れる明かりが少しは寂しさを和らげていた。


「ん?」


 目の前を誰かが歩いている。僕はその人物を後ろからついていく形になった。身長が僕よりだいぶ低く必然的に歩幅も僕の方が大きい。距離を保つかどうか迷ったが、それはそれで怪しまれると思い、僕は歩幅を変えることなく歩き続ける。

 距離が十メートルぐらいまで縮まっただろうか? 近づくにつれはっきりとしていく体格を見て、小柄な女の子であることがわかる。よく見るとランドセルを背負っている。こんな時間に一人は危なくないのかなと思いつつ、そのまま後ろから僕は追い抜こうとした

「え?」


 視界が反転する。体操競技の選手が床を何回転もジャンプするときにカメラをつけて撮影したシーンをテレビで見たことがある。その時と同じように空が回転し、地面と宇宙が行き来し完全にバランスを見失ったところで僕は背中から地面に叩きつけられていた。

 あまりのことに僕は事が終わってから何が起こったか理解した。少女に投げ飛ばされたのだ。失いつつある意識とともに少女の声が最後に聞こえてくる。


「私の後ろに立つなです」

「……どこの殺し屋だよ」


 何とか僕はそれだけを呟いて気絶した。


 にぎやかな声。鼻孔をつくカレー臭が僕の意識を目覚めさせる。薄っすらと僕は目を開けると照明の明かりが目をまぶし始めた。


「あ! おっはよー! 東雲君! 目が覚めた?」


 赤色さんの声が耳に飛び込んできた。身を起こし目線を向けると、円卓のテーブルを囲ってなにやら多人数でにぎやかに話している。どうやら家に僕は帰ってきているらしい。


「目覚めたかね。ランド君に背後から近づくとは運がない。今日は君にとって受難の日らしいな」


 そこには衣良羅義さんもいた。相も変わらず学生服を着ている。その隣には、ちょこんと座っている女の子がいた。表情は無表情でじっと僕を見ている。ブロンドで長髪、幼いながらも整った顔立ちは、かわいらしくもあり美人さんとも言えるだろう。服装はというと一言でいうとゴスロリだ。白い肌とその容姿と合わさった様子は、フランス人形がそのまま一分の一スケールで大きくしたような錯覚さえ覚えた。だが何より特徴的なのは大きく真っ赤なランドセルを背負っていることだろう。

 ……ランドセル? 僕はその少女を思わず見直した。おそらく間違いない……僕をぶん投げた少女だ。


「ランド君が帰ってきて天継君達の家に立ち寄ると聞いてね、私もこの家に訪ねてきたところだよ。勝手に紹介させてもらおう。萌月ランド君だ」


 萌月ランドと呼ばれた少女はじっとこちらを見ている。


「もー! ランドちゃん? ごめんなさいわー? いきなりぶん投げちゃだめだよー!」


 赤色さんが話しかける。


「戦場なら殺されても文句を言えないです」


 ランドちゃんと呼ばれたその少女はそう言うとぷいと顔を背けた。ものすごくさらっと物騒なことを言った。


「ふむ そういうな赤色君。一応、ランド君は東雲君の身を案じていたみたいではないか。住所を調べてここまで運んでくれたのだからな」

「それはそれ! 私の東雲君に何かあったらどうするの!」


 いや、赤色さんの物になった覚えはないです。そう突っ込もうとしたら、台所から天継さんが声をかけてきた。カレーの準備ができたので、全員に食べるか確認をし始める。とりあえず全員一致で食事をとることになった。テーブルにカレーが並べられる。飲み物も並べられる。天継さんは日本酒、赤色さんはビール、衣良羅義さんはワイン、僕はお水、ランドちゃんは……謎の白い液体、どうやら牛乳のようだ。当たり前のようだが、僕はなぜだかほっとした。


「今日は味は本物に一番近いとされる、とっておきの合成酒、神殺しを出すかしらー」

「ふっ 相も変わらず、下劣な飲み物を。私は見た目の色を本物そっくりにする着色料を使ったとされるとっておきの偽装ワインを持ってきたぞ」

「あたしなんて、意味があるかわからないけど、冷蔵庫の中で一年寝かせたビール風アルコール飲料を出したもんね!」


 ……まだ退院してから二日目だというのに、酒の話題ばかり聞いている気がする。しかも聞いていて内容がとても悲しくなってくる。ふとランドちゃんの方をみると、無表情のままグラスに入れた牛乳を掲げる。


「愚かなのです」


 え? まさかランドちゃん?


「カクテルこそ至高 すべての酒を余すことなく利用した飲み物。その組み合わせはまさに無限。何か一つに束縛されるというのはとても愚かなことなのです」


 僕は盛大にずっこけた。

 牛乳だと思っていた飲み物はマリブミルクというココナッツを利用したカクテルだった事を僕は後で知ったのだった……


 僕らは食事を終えた。満腹感を覚えて僕はようやく一息入れる。酒談義もひとまず終わり、カレー皿を片付けた後、天継さんは台所に行き食器をスポンジで手洗いを始めた。


「それで、今回の戦場の様子はどうだったのかね?」


 衣良羅義さんが、ワイングラスを傾けながらランドちゃんに話しかける。戦場?


「ロリコンに答える必要はないのです」


 とんでもない返答をランドちゃんをした。


「ふっ 世代にかかわらず少女を愛でるのは人間ならでは美的感覚の表れだよ。中にはそれを性的な欲望と倒錯するものもいるが、私はそれを否定する気にはなれない。個人の趣味嗜好がこれほど多様に別れるのもまた人間ならでは。美しいものをただ支配したいだけかもしれない、それとも子供が何かをぐちゃぐちゃにするように完成されたものを汚すことに喜びを……」

「黙れロリコンなのです」


 無表情にランドちゃんは答える。衣良羅義さんの方を完全にそっぽを向いている。


「ランドちゃーん? 今回はどこに行ってきたのかしら?」

「天継姉さま。第十三区画紛争地帯に二週間ほど行ってきましたのです」


 ランドちゃんは天継さんの方を向いて答える。基本的に無表情なのだが、気のせいかほんのり表情が和らいだ気がした。というかさっきから戦場やら紛争地帯やら物騒な言葉が幼い少女から飛び出してくることに僕は混乱する。


「さっきから戦場とかどういう意味ですか?」

「あー! そりゃ東雲君は知らないよねー! ランドちゃんは傭兵の免許を持ってるのよー!」


 赤色さんが教えてくれる。よ、傭兵の免許!? そんな物まであるの?


「しかも六歳の時に取ったからすごいエリートよねー もう今回で何十回戦場に行って帰ってきたのー?」

「いちいち覚えてないのです」


 またランドちゃんはぷいと顔を背けた。どうやら懐いているのは天継さんにだけらしい。僕は気になってSIMシステムを起動させてランドちゃんの年齢を確認する。十六歳と表示されていた。見た目は小学生そのものだったので逆にびっくりしてしまった。僕より年上だ……


「病院で天継さんから簡単な歴史は習ったのですが、大きな大戦は終わったと聞いたのに、まだ戦争は行われているんですか?」

「ふむ」


 衣良羅義さんがメガネの根元をくいっと上げる仕草を見せる。僕の方を見据えて話し始めた。


「巨大な国家間の争いはね。まあ、人間はいつの時代も身勝手なものだ。戦争の爪痕は人間の憎悪を残す。いくつかのゲリラ的な紛争地帯が世界中に残ってしまっているのだよ。世界的な条例も制定されて大きな軍隊は動かせない状況だ。それに国としても復旧作業が追いつかずそんな余裕はない。踏み荒らされた小国や地域は個々に自分たちで何とかするしかない」


 衣良羅義さんはワインで喉を湿らせる。


「だが、あまりにも身勝手な理由で国土を荒らす連中というのはどこにでもいるものだ。正義の定義というのは状況により変動する。ランドくんは、おおよそ大多数の人間が正義と認識する戦況的に不利な立場の側について傭兵となり戦う日常を歩んでいるのだよ。まったく、私には真似ができそうにない」


 僕は目をぱちくりさせた。ランドちゃんを思わず食い入るように見る。フランス人形のような容姿をして傷一つないその肌からはまったく想像ができなかった。

 ランドちゃんはマリブミリクを口にする。


「最初は復讐が動機だったのです」


 空になったグラスを見て、ミルクとマリブを注ぐ。バースプーンを持つその手は小さく白くカクテルを混ぜるしぐさだけで絵になっている。


「父も母も戦争で亡くなりましたのです」


 ランドちゃんは幼いころ両親を亡くしたのか。そして傭兵になりこの年まで戦っている。まだ僕らの時代じゃ友達同士で楽しく遊んでいる年齢だろう。どんな思いでこの年齢まで過ごしてきたのか僕には想像がつかない。なんだか何もしないでこの場所にいる自分がものすごく恥ずかしくなってくる。僕は重苦しくなった雰囲気を感じて顔を下に向ける。かける言葉も何も思い浮かばなかった。思いついたとしても語り掛ける資格すらないだろう。


「そうこうしているうちに」


 ん?

 ランドちゃんは出来上がったカクテルを勢いよく一気に飲み始める。


「今は傭兵は趣味。ただのライフワークなのです」


 僕は盛大にずっこけた。

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