第3話 おーさーけー! お酒の免許から取りなよ!

 次の日の早朝。


「それじゃー いってきます」


 玄関を閉めて家を出る。僕だけじゃなく赤色さんや天継さんも同じだ。ただ、なぜか習慣のように誰もいない家の扉に向かって礼をする。


「へー 東雲君って礼儀正しいのね」


 赤色さんは感心したように僕を見る。昨日みたいにラフな格好ではないが、ジーパンにシャツに動きやすさを重視した服装だ。カーディガンを肩掛けにしているのはまだ初春の寒さ対策だろう。


「誰かさんも見習うのかしら~」


 天継さんはいつも通りのセーラー服を着ている。僕は紺色の長ズボンに赤色のチェックが入った長そで、黄色の靴下と、少しよくわからないコーディネートの格好をさせられている。昨日の晩、赤色さんと天継さんがあーだこーだと話し合った末にこうなってしまった。もちろん僕に発言権はない。言われるがままに決められた服装を着用させられている。特に僕もこだわりはなかったので黙ってそれを着ていた。


「学校へ行くんですよね? 三人で同じ」

「そうかしら~ 勉強は今も昔も学校かしら~ 十四歳だからまだまだお勉強しなくちゃかしら~」

「あたしやだー めんどくさいー ぶーぶー 今日は家でゴロゴロしていたーいー」

「赤色はそろそろ出席日数が足りないから、つべこべ言わずにくるかしら~」


 まだ僕は学校へ行くという実感がなかった。天継さんはどこをどう見ても女子校生の格好だけど、僕や赤色さんは堂々とした私服だ。また同じ場所の学校ということは一貫校なのだろうか?

「早く乗るのかしら~」


 天継さんが車を持ってくる。僕は助手席に、後ろには赤色さんが座る。それを天継さんは確認すると軽快なシフトさばきで車を発進させる。

 プシュ!

 後部座席から軽快な音が鳴る。


 ぶっ!


 そこには片足を組み目を細めて満足げにビールの飲みほしていく赤色さんの姿があった

「いやー 車の後部座席にゆったりとすわりながらのビールは最高だわ 極楽ー 極楽ー」

「赤色~ 朝からビールはお行儀が悪いかしら?」

「固いこと言わないー どうせ天継の運転でも一時間はかかるんだからー 人生時間は大切にしなくっちゃね」


 赤色さんは後部座席を独占して、幸せそうにビールを口に持っていく。


「……あのー 学校に行くのにいいんでしょうか。後、赤色さんっておいくつなんでしょうか?」

「えー! やだー!? 東雲君何言ってんのー? あ、そうかまだ使い方全然わかってないんだもんねー」

 ビールから口を話し赤色さんが一人でうんうんと納得する。

「SIMシステムをつかってみてー メニューの浅い階層にすぐ出るから あ た し の年齢」


 僕は昨日教えてもらったパスワードを頭の中に思い浮かべる。視界にすぐにSIMカードのメニュー画面が立ち上がった。いわれるがままに操作すると視界の赤色さんの真上に数字が表れる。


「えーと…… 22?」

「そそ! それがあたしの年齢!」

「え? いいんですか? こんなので。プライバシーとかは?」

「あはは。もちろん考慮されてるわよー! でも年齢や所得している免許とかはすぐに解るようになっているわよー 簡単に言えば犯罪防止の為ねー」


 うーん。そういうものなのか。

 ふと何気なく僕は目線を天継さんの方に向け……


「ガッ!」


 頭を鷲掴みにされてしまった。それはもうものすごい握力で僕の頭はミシリミシリと聞こえてはいけない音を出す。首は微動だに動かすことができない。

 一瞬見えた天継さんの表情はにこにこと、いつも通り笑っていたが、あれは……ものすごく怒っているときの笑顔だった。


「東雲君? SIMシステムの使い方はまた教えてあげるかしら~? 慣れないうちは切っておくかしら?」


 僕は完全に固定された頭を懸命に上下に振り、SIMシステムを終了させた……


「ん? どうしたの? あーまさか天継! ぐぎゃ!」


 天継さんが赤色さんをチョップした。

 窓越しに流れ出す風景は二百年後の世界……といわれてもまったくぴんと来ない。ごくごく普通の景色だ。

 それにしても一向に僕は自分の記憶を思い出すことができない。だが、懐かしいと思うからににはやはりどことなく昔の記憶が残っているのだろう。

 だが、親は? 兄弟は? 友達は?

 まったく思いだすことができないまま、二百年後の日常が始まろうとしている。


「着いたかしら~♪」


 天継さんは華麗にシフトチェンジさせ減速させながら、ぐるりと周りを囲むコンクリートの外壁にポツンとある駐車場の入り口に車を入庫させる。アスファルトで整地すらさせていないむき出しの地面の駐車場だ。

 車から降りてぐるりと見渡す。木造の校舎とコンクリートの校舎。運動場に……って、本当にどこにでもある学校だ。


「それじゃあ、教室に向かうかしら~ 東雲君はとりあえず私と同じ教室にしておいたかしら」

「えー! ずるいー! 私も東雲君と一緒がいいー! あたしも明日からクラス変えるー!」


 え? 自由にクラスかえられるの?

 天継さんはにっこりと笑いながら説明してくれる。


「授業はほとんどSIMシステムを利用して行われるかしら。だから基本的にクラスはどこでもいいかしら。好きな取りたい免許のコースを選ぶとSIMシステムから映像が転送されて授業を受けられるかしら~」

 しばらく僕は考える。


「と言う事は家にいても勉強はできるんですか?」


 天継さんは首を横に振る。


「昔、それを実地してみた時代があったかしら 家に引きこもりがちになる人が増えていろいろと問題が増えたかしら? 結局、人間には実際に外に出て日光を浴びながら歩く、人と直接コミュニケーションを取る、規則正しい生活をおくることが必要ということになって、勉強は学校に来てすることになったかしら~ もちろん身体的に問題があるのなら家でも勉強できるかしら~」

「後、この時代の勉強はすべて免許を取るために行われているかしら~ 車の運転免許はもちろん。自転車の運転免許。社会に出て働く免許。東雲君のいる時代の小中高の勉強も今の時代の免許制になってるかしら~ 何千種類もあるから好きなのを選んで勉強するといいかしら~」


 僕は呆気にとられた。十四歳の僕はとりあえず普通に義務教育の勉強をするものだと思っていた。


「東雲君は何の免許を取りたいかしら?」

「おーさーけー! お酒の免許から取りなよ! そうすれば一緒に飲めるよ! ビール飲もうよビール! ぐぇ!」

 天継さんが赤色さんをチョップする。

「何を言ってるかしら? 東雲君に麦の搾りかすなんて飲ませる気? そこは日本酒かしら!」


 え? そこを突っ込むんですか天継さん?


「というか、十四歳でお酒飲めるんですか? 免許取れば!? と言うか、どういう免許なんです?」

「お酒の免許は十二歳から取れるかしら。内容はアルコールが体内に及ぼす影響から、どういったお酒にどういった成分が入ってるかなどを勉強するかしら どうせ許容量を超えたアルコールはSIMシステムが調節してくれるので安全かしら。あ、でも限度を超えて飲むと免停になるから気をつけるかしら~」


 僕は自分の知っている常識と今この二百年後の世界の常識のギャップに呆然と思考を停止させられる。

 周りを見る。まばらだが人が校舎に向かって歩いていく。見ると小学生ぐらい……いや幼稚園に通っているぐらいの年齢の子から、中年を超えた見かけの人、おじいさんまでと年齢層はまったくのばらばらだ。

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