第2話 東雲君って何の神様を信じていたの?

 二階建てのアパートらしき白い建物の前に到着する。少しでも若作りさせるかのごとく建物には塗料が塗り立てられたようだが、錆びた手すりや階段が年月を隠せない。荷物を下ろし天継さんと一緒に錆びれた階段を上っていく。一歩一歩、足を踏み踏み出すたびに足場がきしむ音がする。

 僕らは二百三号室と書いてある表札の前に二人で立ち止まった。


「天継、赤色……?」


 そう表札には書かれていた。

 チャイムを鳴らす。ピンポーン。こういった音は何一つ二百年前と変わらない。


「はいはいはい! おっかえりー!」


 勢いよくドアが中から開く。中から出てきたのは女性だ。赤毛のポニーテール、薄着のTシャツと短パン、年齢も天継さんと同じかそれより年下に見えた。


「わ! わ! わ! その子が東雲君!? かわいいいいい! 十四歳なんだって! もーもーもー! 私、赤色あかしき しずくっていうのよ! 今日からよろしくね! わからないことがあったら何でも聞いてね! あんなことやらそんなことまでイヒヒヒぜーんぶ教えちゃうから!」


 目を爛々とさせながら僕をじっと見つめてマシンガンのように話しかけてくる。ただただ僕は圧倒されてしまった。

 が、僕は気づいてしまった。

 目の前にいる女性は……

 僕の顔はみるみると赤面していく。


「んー? どうしたのかなー? 恥ずかしいのかなー? もーもーもーかわいいい!」


 目の前にいる女性は、さっきブラウザーで見た裸の……


「あーかーしーきーさーん?」


 地響きが起こりそうなトーンで天継さんが話す。ゆっくりと顔をその方向に向ける。いつも通りにニコニコ微笑んでいる天継さんが圧倒的な存在感と迫力をもってそこにいる。

 まだまだ短い付き合いだが僕は理解していた。これはかなり怒っているときの天継さんの笑顔だった。


「子供になんて物、見せてるのかしらあああああああ!?」

「えええええ!? キャー御免なさい! だってーこういうのって初めの挨拶が大事っていうかーサービスっていうかー! 二百年も寝てたらそっち方面もさっぱりっていうかー!」

「お待ちになるかしら!」

 どたばたと家の中に入る赤色さんを追って、天継さんは駆け込み入る! 家の中から。ぎえ! ぐわ! ぎゃー! などの悲鳴が聞こえてくる。


 隣の二百四号室とかかれた扉が開いて中からお婆さんが出てきた。


「おや、まあ、今日も楽しそうねえ~」


 そのまま階段を下りて行った。え? 日常なの?


「それではー 東雲君の退院と新たなる生活を祝してかんぱーい!」


 赤色さんの掛け声とともにテーブルの真ん中にグラスが鳴る。

 赤色さんはビール缶を片手に……え? ビール?

 天継さんはコップに日本酒をいれて両手で行儀よく口に運ぶ。長髪が頬をなで頬を少し赤らめながら行うその仕草は上品で色っぽく。と、思ったら、いっきに くっ くっ と音が聞こえてきそうな飲みっぷりで……

 思わず目を見開いた。女子校生が日本酒をどうどうと飲む姿に僕の思考は停止させられる。


「えええええええええええ!? あ、あの、いいんですか!?」

「え?」と赤色さん。

「何がかしら?」と天継さん。


 僕はあまり突っ込まないことにした。赤色さんは若く見えるが二十歳以上かもしれないし……天継さんは……いや、きっとここは未来だ。もしかして飲酒は1十六歳からとかルールが変わっているのかもしれない。


「ぷはー! この一杯のために生きてる!」


 本当においしそうに赤色さんは飲んでいる。いちいちアクションがCMレベルにオーバーなのが赤色さんの特徴であることが解ってきた。体中から健康的なオーラがほとばしりそれを振りまきながら生きているみたいだ。


「ほんと……人類最大の発明は日本酒を生んだことでかしら~ もっとこれが広まれば世界平和にどれだけ貢献していたらわかりませんかしら~」

「何、言ってんの! ビールよビール! 炭酸の喉越しと熟成させた麦が醸し出す香り! こっちが人類最大の発明だわ!」

「あら~ そんな麦の搾りかすなんてどこがいいのかしら~? 苦いだけで上品さのかけらもないですわ。何よりがぶ飲みするのがあさましいかしら~」

「なによー 日本酒なんて米の搾りかすじゃないー 甘くて合わない料理も多いし、中途半端に変な味がするしー」

「おほほほほほ」

「あははははは」


 何これ怖い……


「あの…… ところで本当に僕ここですむんですか?」


 てっきり天継さんと二人だと思っていた。天継さんとは入院中に話しているうちにかなり打ち解けたのだが、それでも一緒に生活するには抵抗があった。さらに、もう一人女性と同居するとなると流石に思春期的なそんなこんなで僕の居心地を悪くさせていた

「なになにー? お姉さんじゃ不満だとでもいうのー? むー! 生意気ー! 天継より小さいから? このおっぱいじゃ不満なの? このおっぱいじゃ不満なの?」


 赤色さんはシャツの上から自分の胸をわしづかみにし、ぐにぐに動かしながらアピールしてくる。

 僕の顔が真っ赤になる前に天継さんがすぐにチョップで突っ込む。


「いったーい! なによー もー! ばかー! 巨乳!」


 赤色さんはほっぺを膨らます。いちいちアクションがオーバーだ。赤色さんの胸は大きく、薄着が輪郭をくっきり表しその大きさとほとばしる色気をアピールしている。だが天継さんはさらに大きいのだろう。セーラー服を常にきているので見てもわかりにくいが。


「ねー ねー 所でさー 聞いてもいい? 聞いてもいい?」


 赤色さんは身を乗り出し顔を近づけてくる。僕は何度目かの赤面をさせられる。


「東雲君って何の神様を信じていたの?」

「え?」


 あまりにも唐突で思いもしない方向性の質問におもわず気の抜けた返事で返してしまった。


「いやー だってさー! 二百年前でしょ? 二百年前! まだ神様を信じている人がたっくさんいた時代じゃん! もーなに? ミラクル? というか奇跡!? あは! 同じじゃん! 何、言ってんの私! てか、そんなの本当にあったの? 気になるのよ~!」

「え? え?」

「もー 出し惜しみする気ー? 日本なら仏教でしょ? それとも、ものすごいカルト宗教だったとか? でも、十四歳でそれはないかー ふむふむ あ、でも家の事情とかでー? きーきーたーい! きーきーたーい! ぐぎゃ!」


 天継さんが赤色さんをチョップする。


「ごめんなさいね~ 東雲くん~ びっくりさせちゃったかしら~? 赤色も悪気はないのよ~ 許してあげてね?」

「もう! 私、何にも悪いことしてないじゃん ぐぎゃ!」


 天継さんが赤色さんをチョップする。


「この時代はね、東雲君はどこまで信じていたかわからないけど、もう神様とか妖怪、超現象そういったものは科学の進歩で解明されてどんどん存在しなくなってるの。中でもSIMシステムによる体内の血液成分の管理で異常があればすぐに部位を特定して修復するの。細胞自体もどんどん長寿化に成功して平均寿命もどんどん延び始めたかしら? ちょっとしたDNAの異常も修復されてしまうかしら~ 流石にあまりにも大きな損傷は治しきれないからそういう時は病院で治療するかしら?」

「そういうわけで、昔は治せない病気にかかるとよく神様にお祈りっていうのかしら? そういう儀式みたいなことをしていたみたいだけど、SIMシステムによる身体の管理によって原因の解らない病気そのものがなくなってきたかしら。そうこうしている間に百年近く前にほとんどの神学は歴史学の一部にとりいれられたかしら」

「でも赤色はこういう話題が大好きかしら~ あまり本気で相手をすることはないかしら~」

「ぶー ぶー 何よそれー ただの知的好奇心じゃん」


 赤色さんはまたふくれっ面になった。


「まー いいや。そのうちまた聞かせてね?」


 赤色さんは顔を近づけて小声囁く。アルコールの混じった暖かい吐息がふわりと顔にかかり僕はドキッとする。


「お返しにこのおっぱいでよければちょっとぐらいなら触らせて あ げ る ぐぎゃ!」


 僕の顔が真っ赤になると同時に

 天継さんが赤色さんをチョップした。

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