神様の殺し方
かくかく近々
第1話 お名前は……東雲 一会君でいいのかしら~?
「お目覚め?」
遠くで……遠くで……声が聞こえた気がした。その声はどことなく懐かしく、ぼんやりとした頭にゆっくりと海の波の音のように優しく染み渡っていく。
「カーテンを開けますかしら」
陽光が瞼の上から暖かく光を通す。体はけだるく思うように動かない。ゆっくりとゆっくりと目を開けていく。白の壁紙の個室……そこにいたのは……制服を着た女子校生らしき人物だった。長い黒髪が映えて美しく太陽の光を反射しそよ風に乗ってなびいている。
「喉が渇きません? お水はお飲みになるかしら~?」
差し出されたストローに口を伸ばす。喉に染み渡る感覚からカラカラになっていた事を自覚する。
「お名前は……
名前……なんだろう。どことなく実感がわかない。朧げな記憶は形になりそうで……またバラバラになっては消えていく。
「あれあれ? 違ったかしら? あなたのカプセルにそう書いてあったのに」
首を振って見渡す。病室のようだ。ベランダから太陽の光に交じってチチチと鳥の鳴き声が聞こえ始める。
「コールドスリープのカプセルには二千二五と書かれていたかしら」
? 何を言っているのか…
「今は二二三十年。おはよう東雲
え? 二二三十年……?
彼女の名前は
数年前まで続いていた世界大戦の終了とともに、戦争の傷跡によって生じた建物の地下室への亀裂。その内部を探索すると奇跡的に稼働していたカプセルを発見。その中に僕がいたらしい。
彼女は基本的に目を細めながらニコニコ笑っている。動作は一つ一つ落ち着いていて、どことなく気品のような物を感じた。育ちがいい所の令嬢みたいな雰囲気だ。かといって物静かと言うわけでも無くどんどん遠慮無く語りかけてくるので、僕も気軽に話し返すことが出来た。
「……というわけで何度も絶滅の危機に会いながらしぶとく人類は生き残って現在の人口は三億人ぐらいかしら」
「……二百年前より情報科学、物理学、農学、医学分野は進歩したかしら。軍事学は核が開発された時期を除いて変わってないかしら。政治学もそんなに変わってないかしら~?」
「……近年は人口が停滞していて人類の倦怠期といわれていて、復旧が大変で新しいことに取り組む余裕がない感じかしら」
語尾にいやに「かしらかしら」と付けるのは、僕が生まれた時代の漫画の影響らしい。最初は違和感を感じていたが今ではすっかりと慣れてしまった。そうこうしているうちに僕の体のリハビリも進み、最初は一人で起き上がれなかった体も、今ではすっかりと回復してきていた。
「退院決定おめでとう東雲君」
体のリハビリが終わり。僕は退院することになった。二百年年後の世界、当然住む家なんてあるはずがない。入院中も記憶は回復せず住んでいた場所もわからない。当面の間、住む場所を工面してくれるらしく、僕は彼女とともに病院を出ることになった。
初めて見る病院の外。僕は少しドキドキしていた。二百年も経過しているのだ。漫画やアニメで見たような近未来のような光景を想像する……
見渡すとこそには……
木造でできた家、そびえ立つ電柱、コンクリートの壁、アスファルトの地面、それらを夕日が赤く焼き、カラスがカーカー……あまりにも普通すぎて逆にびっくりする。ああそうか二百年後なんて嘘なんだ僕は天継さんからしか話を詳しく聞いていないそんなことあるわけが……そう考え始めた僕に不意にクラクションが鳴る。
「東雲君! こっち~!」
思わず呆気にとられた。天継さんが車に乗りこっちに手を振っている。左ハンドルの車体から大きく身を乗り出し手を振っている。運転しているのも天継さんだ。
女子校生が車を運転している風景はどことなくシュールだ。僕は近づいていく。「本当に二百年後?」と僕は天継さんに聞く。
「一部の都市部の研究施設とかはすごいかしら? ただ、あまりに機能性を重視すると逆に人間のストレスの元になるかしら。ここら辺りは電気の送電は電柱を使っているかしら。建物は昔の建物をそのまま補修する技術を使ってそのまま使っているみたいかしら。人手不足、資材不足でかなり放置されているかしら? 東雲君の住んでいる時代と景観は似ているかしら。五十年ほど二つ前の大戦が起こる前だったらたぶん違いすぎてびっくりしていたかしら~?」
突然、天継さん右目に何かが映ったような気がした。
助手席の扉が「ボン!」っと勢いよく開く。
「早く乗って~」
助手席に乗り込む。またもや天継さんの右目に異変を感じる。赤い光?
助手席の扉が「バタン!」と閉まる。
助手席に乗って走り出す。車のエンジンがドドドとうなる。車も昔そのままのようだ……
「化石燃料はまだまだ尽きないかしら? 人口が減ったせいで後、五百年は持つみたい」
レバーをしなやかに動かしていく‥‥僕は後からMT車であることを知った。
「何か音楽でも聞く?」
今度は見間違えない! 点継さんの右目に赤い点のような光が数回光ったかと思うと、車からベートーベンの運命がジャジャジャジャーン!
呆気にとられて声に出す。
「天継さんそれは……」
天継さんはにっこりわらって
「それじゃあSIMシステムのことを説明しようかしら」
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