第19話 犬が鳴く峠での出来事

 夢ネタではないけれど、実際に体験した怖い話です。







 某県のとあるトンネルは県内有数の心霊スポットとして有名で、免許取りたての連中が必ず行く場所でもあった。つまり、ヤンキーやヒャッハー勢がよく行く場所と言ってもいい。


 心霊よりヤンキーが怖いスポットだ。

 なんせ加減を知らない狂気こそかっこいいと思っているような連中だ。

 生きたまま人をドラム缶に入れて焼死させたり、女性を拉致してそんな山奥まで連れていきレイプしたり……そんな凄惨なニュースがあった場所でもある。


 僕は免許を持っていなかったが友人が免許を持ち、ようやく自分の車を購入したことで「そこにいこう」という話になった。


 僕は気乗りしなかった。


 なんせそこは心霊スポットというより「ヤンキーやヒャッハー勢のたまり場」というイメージがあったのだ。

 だがその日は静かなものだった。


 対向車はまるでなく、先にも後ろにも車はいない。

 平日だったからだろうか。


 僕達は心霊スポットと言われているトンネルに辿り着いた。

 真新しいトンネルだ。


 トンネルの入り口には公衆電話ボックスがあり、出口にもあるらしい。


 心霊話としては「ここの入り口で電話をかけている女がいて、出口にも行くと同じ女が電話をしている」というものがあった。


 しかし僕達が行っても入り口の公衆電話ボックスに人影はない。


 真新しいトンネルは別段怖いこともなく、出口も普通。もちろん電話ボックスに人影はない。


 だが、僕たちは勘違いしていた。


 ここは「新トンネル」と呼ばれているもので、心霊スポットは「旧トンネル」らしい。


 今でこそコンクリートブロックで閉鎖されている「旧トンネル」だが、当時は誰でも通れた。


 ここは狭く一方通行。

 トンネルは山水が染み出して濡れ、湿っている。


 そこに至るまでの道のりも、草木が生い茂った「車で通っていいのか?」と思えるような山道だった。


 後続車がないことを確認し、トンネル内に停車し、ライトを消してみる。


 …


 ……


 ………なにもない。


 まぁ、心霊スポットなんてそんなもんだろうと友人と話し、ライトを付けた。


 外のライトを付けた時、反射したのか、車内がフロントガラスに映った。


 運転席に友人。


 助手席に僕。


 その間に誰かいなかったか?


 もちろん後部座席には誰もいない。


 気のせいだろうと僕は言った。

 誰描いたかもと言ったところで、どうせ信じてもらえない。


 僕たちは旧トンネルを抜けた。


 道すがら地蔵が祀ってあったが、誰かの悪戯で地蔵の首が壊されて道端に捨てられていた。


 昔、祖母に「地蔵様には手を合わせてお願いしたりしたらいけない」と言われたことがある。

 「地蔵尊」だと思って手を合わせたらそれは「道祖神」という別物で『怖いことがあるかもしれない』というのが理由だ。


 道祖神は路傍の神で、村の中心や境界線、道の辻や差路に置かれている。

 大体が村の守り神、子孫繁栄、交通安全の神として信仰されているもので、お地蔵と性質は似ている。


 お地蔵様は地蔵菩薩という経緯がわかるからいいが、道祖神の中には「何者なのかわからない」神も多いという。

 触れれば障る。そんな神もいるので無闇に手を合わせてはならない。というのが祖母の教えだ。


 だが、それはそれだ。


 僕は車を止めてもらって地蔵の首を地蔵のところに戻した。

 友人は「ほっとけよ」と難度も言ったが、どうしても気になったのだ。


 もう首はくっつかないのでその足元に首を置かせてもらった。


 そこで気がついた。


 これ、お地蔵様じゃない。

 こんな怖い顔をした地蔵がいるはずない。

 作りはお地蔵様に似ているが、顔が怨鬼のようだ。


 そして胴体の方も片手を上げて祈っているような形ではない。

 両腕をあげてなにかを捕まえようとしているような風に彫り込まれている。


 これは道祖神だ。


 しかも夫婦円満や子宝に恵まれるといった風のものではない。


 これだけ怖い顔をしているということは「魔を怖がらせて封じている」と見るべきか「人を怖がらせて立ち入らないようにしている」と見るべきか………。


 なんにしてもこんな路傍の神の経緯など説明書きがあるわけでもないので、思慮するだけ無駄だった。


 良いことをしたと思って帰ろう。


 だが、僕が来るのに戻ろうとした時、友人の車が突然止まった。


 エンスト? どうして?


 焦る友人。


 キーを回してもエンジンは「キュルキュル」という音すら立てない。


『お前が地蔵なんか相手にするから!』と友人は切れたが、そんなことを言われても困る。


 JAFを呼ぶ金はない。二人とも学生でこの車もローンで買った身だ。


 だが、こんな所に車を乗り捨てていくわけにも行かない。


 結果、僕が車を押して麓に降りて、どこかのガソリンスタンドに行くという話になった。


 下り道だったことも手伝って、順調に車は動いた。


「実はさ」


 運転席から顔を出した友人が話を始めた。


「あそこの地蔵壊したの、俺たちなんだよ」


 以前ここに僕以外の友達と来た時、面白半分で壊したらしい。


 あれは地蔵じゃないけどな………とは言えなかった。

 そんなことに詳しいと思われることが、僕には恥ずかしかった。

 オカルト好きのアングラ野郎だと思われるのが嫌だった。


 そこからいっときして、ようやく車のエンジンがかかった。

 なんだったのかはわからず、僕と友人は心霊スポットの峠を降り、近くのファミレスに行った。


 そこで友人の様子が変だと気がついた。


 顔面蒼白なのはファミレスのライトのせいじゃない。唇は紫色で、瞳が挙動不審にあちこち見ている。


「なんだよ、どうしたんだよ」


 尋ねても「別になにもない」としか言わない。


 そこでコーヒーを飲んでいると、友人が急に家族を迎えに行かなきゃいけないからと、半ば強引に店を飛び出し、タイヤをキュルルルと響かせながらすっ飛んで消えていった。


 ちなみに僕の家はここからずいぶん遠い。


 こんなところに置き去りにされても今は深夜でバスもない。電車は通っていない。


 最悪だった。今日も明日も平日で、明日は仕事があるんだぞ!?


 僕は憤慨しつつ別の友人にヘルプを要請し、なんとか帰宅することが出来た。








 そんなことがあった日から数週間後の月末。


 峠放置事件で僕をヘルプしてくれた友人に食事をおごる約束をしていたので、僕は通称「親不幸通り」の居酒屋で焼き鳥を頬張りながらとりとめのない話をしていた。


 すると、友人は「あいつの話聞いた?」と神妙な顔をしてきた。


 あいつとは心霊スポットに一緒に行って僕を置き去りにした友人のことだ。今更だが仮にAとしよう。


 そのAは車を売ったらしい。


 後部座席に人がいる、と言って。

 新車で事故車でもないのに、だ。


 しかし僕はあの旧トンネルでそれらしきものを見た。

 男だったのか女だったのかわからないけど、何かが後ろにいた気がしたのだ。


 Aはその新車を売った金と親から借りた金でローンを返済し、今は安い中古車を探しているらしいが、どうも様子が変なんだと友人は言った。


 具体的に何が変なのか説明できるほどこの友人は洞察力が優れているわけでもないし、表現力があるわけでもない。だが、勘は鋭い。


 きっとAはなにか良くないことになっているんだろう。


 そして僕はあんなところに置き去りにされた恨みから、二度とAに連絡を取ることはなかった。







 そんなことから何年か経過して、Aが亡くなったと聞いた。

 事故とかではなく、原因不明の病気で衰弱死したとか。


 もちろん原因不明というのは大げさな話で、家族はちゃんとした病名を聞いていたことだろう。

 部外者である友人一同に具体的な病名が知らされなかったので「原因不明」という噂だけが独り歩きしたのだ。


 見舞いに行った友人が言うには「気が狂ってた」だった。


 どこか一点を見つめてガクガク震えながら「いひ、いひ」と笑いながら泣いていたそうだ。

 体はやせ細り、点滴の管がたくさんつながっていたらしい。


 僕の友人周りでは「精神疾患で拒食症になって衰弱」という話で落ち着いた。

 縁遠くなってしまった友人なので、悪いがそれほど悲しいとも思わなかった。







 あれから何年も経過していいオジサンになってしまった僕は、本当に久しぶりにとある友人から連絡をもらい、昔話に花が咲いた。


 あの友人は今どうしている、女の子は今どうしてる。

 そんな話や苦労話。え、あいつがそんなことに、という「事実は小説よりも奇なり」という人生を聞いて驚いたり。


 その話の中で、Aの話も出てきた。


 縁遠くなったが亡くなった人のことを悪くは言わない。それだけの分別ができるほど僕らは大人になっていた。


「Aさ、なんか呪われとったらしいよ。詳しくないっちゃけど、なんか罰当たりなことをしたらしいばい。


 ほら、***にあったお寺知っとろ? そこの住職。そうそう、あの鬼みたいな怖い爺さん。アレに怒られたって。


 なにをしたとか、ようわからんけど、どこに行っても鏡とか窓ガラス見て怖い怖いって言いっよったって。


 親も心配やけん、その住職のとこば連れて行きよったら、ちかっぱ怒られたらしいばい。で『もう手遅れ』って追い出されたっち。


 あいつなんしたっちゃろ?」


 僕は今の今まで忘れていたがあいつが道祖神を壊した話を思い出した。


 しかし話をしていた友人曰く


「俺も何度も旧トンネル行っとうけど、そんなんあった? 夜やろ? 昼間行ったことがある俺でも知らんとに………」


 だった。


 そんな目立つものでもないから仕方ない。

 逆に言うと、そんな目立つものでもない道祖神をわざわざ破壊した友人Aが理解できない。







 この話、もちろん結末もないし謎解きもない。


 謎を解きたいほどその友人とは懇意ではなかったし、なんらか僕が障られるのも御免被りたいから。

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