第6話 ブロッブの町

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 これは僕が実際に体験し、起きてすぐにメモった悪夢です。


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 多分保育園に行っていた頃の夢。


 住んでいるアパートもその時代のもの。


 水の音がする。母さんは風呂かな。


 風呂場の擦りガラスを開けると、母さんは必死な顔で「逃げて!」と叫びながら湯船に沈んでいった。


 溶けている。

 水の中で母さんは溶けていった。


 蛇口から水を出していないというのに風呂桶から溢れ、足元に迫ってくる。


 僕は泣きながら家を飛び出した。


 母さんが死んだ! 誰か! 誰か!


 助けを求めて叫びながらアパートの外に出るが、いろんな建物の窓から水が溢れて道路を濡らしていく。


 道行く人達は意思があるような水に飲まれ、溶かされていく。


 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!


 僕は外灯に捉まり、よじ登った。


 町の人達がどんどん溶けていき、水がどんどん増えていく。


 もう捉まっていられない。


 手がしびれ、足が震え、逃げ場もない。


 水の中に落ちたら楽になれる。


 母さんと同じところに行けるのならいいか。


「駄目でしょうが!!」


 誰かが僕を叱咤した。


 しかし外灯が溶けて倒れ、


 水になった後は、誰かを溶かすために町の中を彷徨い続ける。


 男を溶かすと普段聞けないような絶叫が面白い。


 女を溶かすと心地良い。


 とくに若い女を溶かしたときのジタバタするあられもない姿は、とても滑稽だ。


 次は誰を溶かそう。


 他の水に負けないように獲物を見つけなきゃ!


 塀の上に飼い猫のクゥがいる。


 クゥはダメだ。クゥは溶かせない。誰も溶かしちゃ駄目だ!


 他の水を押しのけてクゥを守る。


 他の水が僕を溶かす。


 水が、水を溶かす。


 クゥはツンとした顔で塀の向こうに去っていった。


 よかった。


 僕は溶けて消えて行くけど。


 よかった………。


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 汗びっしょりで起きた僕を机の上から見ているクゥは、ツンとした顔で机の先に行ってしまった。それは塀の上にいたクゥと全く同じ動きだった。

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