悲劇の生還
吟野慶隆
悲劇の生還
心臓発作で即死、という死に方は、数ある死に方の中でも、マシなほうなのかもしれない。激痛だったが、一秒もかからずにあの世へ逝けたからだ。例えば焼死なんかだと、火達磨になってもその後数分間は、意識は明瞭なまま悶え苦しむそうだ。
そう。俺は一度死んだのだ。しかし、船で三途の川を渡らされている最中、見張りの鬼の隙を突いて、川に跳び込んだ。三途の川で溺れると生き返る、という噂話を生前に聞いていたからだった。
しかし実際は、溺れる必要すらなかった。全身が水中に没して二、三秒経った時点で、まだ息に余裕があるにもかかわらず、気を失ったのだ。
次に目を開けるとそこは、真っ暗な箱の中だった。狭くて四角い空間で、花のいい香りがする。どうやら、棺桶の内部らしかった。
蘇った反動か、全身がぴりぴりと痺れていた。手足を動かすどころか、声を出すことすらできない。葬儀に来た人たちに俺の生還を知らしめるのは、しばらく後になりそうだ。
天井を見つめながら、痺れが引くのをじっと待つ。どくんどくん、と心臓の鼓動が全身に伝わるのがわかる。生きている、ということが実感でき、嬉しくなった。
しばらくすると、箱の中が、ぐあっ、と一気に暑くなった。嫌な予感がした次の瞬間、棺桶の壁や天井が火を纏いながら崩れ落ち、炎が俺の全身を包み込んだ。
〈了〉
悲劇の生還 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます