第三話 意味深な儀式

 案内された場所は樽や麦袋がたくさん置かれた、いかにも倉庫といった風情の冷たい石の部屋だった。本来なら勇者の覚醒儀式は然るべき祭壇で行うべきだが、今は反抗勢力の目から隠れるために、このようなみすぼらしいところで儀式をしなければならないとのこと。そのことをサナリは幾度となく俺に詫びてきた。


「ごめんなさい……でも、勇者様が覚醒なされば、こんな戦況は簡単にひっくり返せますから、どうか今ばかりはお目こぼしを……」


 なんて彼女は語っていたが、どうしてこの人達は俺をそこまで信頼できるのだろうか。

 うーん……。

 不安は拭えぬまま、言われるがままに羽織っていたローブを脱いで、大きな魔法陣の真ん中に座り込む。目の前には、先程やや怒らせてしまったアミが行儀よく正座しており、目を閉じて、なにやら集中力を高めている気配であった。

「大丈夫ですバクト様。危険は一切ございません」と、リリィが祈るように手を合わせて微笑みかけてくる。「どうかこの場は、私たちにお任せください」

「ついに勇者様の覚醒が見られるのね!」興奮した調子で、チルルはワクワクと上下に揺れている。「あぁ、今日はきっと歴史に刻まれるわ!」

 サナリは目を閉じて、一心に祈っていた。


「それではこれより、賢者の末裔・アミの名において、勇者開放の儀を執り行います」


 その一言で、場はこの上なく緊張する。俺も、この先を覚悟して、身構えた。

 アミちゃんが短く何かを詠唱し、魔法陣が輝き出す。

 さあて、鬼が出るか蛇が出るか……。

 と、内心ドキドキしすぎて吐きそうになっている俺の前で、おもむろに、アミちゃんは立ち上がる。

「……私は子供じゃないと言いました」

「へ?」

 彼女は、自分の体に取り付けていたベルトをすべて、一纏めに、床に落とした。

 はらりと、白いドレスが解けていく。

「おわっ!?」

「開放の儀とは、勇者様がこの地において、処女と性交を交わすこと……お役目、全力で果たさせていただきますっ!!」

 開いた口が塞がらない俺の視界の隅で、更に動くもの。

 気がつけば、儀式を見守っていたサナリとリリィ、チルルまでもが、いそいそと服を脱ぎ始めていた。

 白く、魅惑的な肉体が果実のようにあらわになって……。

 ごくんとつばを飲む。

 これは……もう……。

 俺は、叫んでいた。


「リターン、リターン、リターンッッ!!!!」


 三回素早く、俺は唱えた。

 俺の凡人としてのセンサーが、都合の良すぎるこの状況に対して、ついにアウト信号を放ったのだ。

 こんな都合の良い展開があってたまるか!!

 三回で止めたのは、相手の反応を見るため。全部が俺の誤解かもしれないという、淡い期待に見切りをつけるため。

 ここでなら、引き返せる。待ってくださいと涙ながらに引き止められるだけならば、あるいは……。

 だがやはり、現実は異世界であれど甘くはなかった。

 俺がリターンと唱え始めた瞬間、それまで優しげな雰囲気を保っていた女の子たちの目の色が、明らかに敵意を放って、俺を睨んだ。

 サナリは腰に差していた剣を素早く抜き放ったし、リリィも胸に手を当て、何かを詠唱し始めていた。唯一チルルだけが、一瞬だけそんな二人をいさめようと叫びかけたようだが、おそらくはもう手遅れだと判断したのだろう、まっすぐにこちらに向かって、忍者のように手刀を構えてすっ飛んできた。

 しかもだ……。

 倉庫の中の物陰から、屈強な男たちがゾロゾロと這い出てくるではないか。

 あ、こりゃダメだ。

 一番怖かったのは、一番近くの、アミである。

 彼女は裸のまま化け物のように口を開いたのだが、その歯が一瞬にして、明らかにヴァンパイア的な何かへと形を変えたのだ。


「リターンッッ!!!!」


 金切り声とも呼べるような高さの声で、俺は吠えたけった。


 アミの腕が、喉に触れる。

 

 振り払うが、毛むくじゃらの左手が喉仏に。


 ものすごい、力を感じる。


「リっターンッッ!!!!!!」


 ギリギリで俺は、五度目を叫んだ。


 瞬間、体の奥に熱を感じて、視界が真っ白に。


「はぁ!? 早すぎんだろっ!」


 多分、サナリと思しき声。


「畜生、便所だ! こいつ、あらかじめ五回まで唱えていやがったんだ!!」


 チルルが、ご明察。


「逃がすな! このノロマ!」


「追えっ!」


「あぁもう、最悪!!」


「死ねッ!!」


 響く罵詈雑言が霞がかっていくのを感じながら、俺は異世界から離脱した。


 転生から、わずか一時間たらずのことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る