第二話 冷やかな便所

 案内されたトイレの中で、とりあえず、このあとやるべきと言われたことに想いを巡らせる。金髪お姉さまのリリィと、ツインテールのチルル曰く、今の俺は異能の力が不安定であるとのこと。だから地下にある魔法陣の間で儀式を行い、力を定着させる……らしい。

 ……むう。

 文面がファンタジー過ぎて、全く納得できない。

 だが実際、俺が腕に気持ちを集中させると、彼女らが勇者の力の証と語った紋様が薄っすらと桃色の光を浮かべるのだから、これはもう信じるしかない。

 まじかよ俺……転生しちゃったんか。

 たまらんなぁ。

 ……にしてもこのトイレ、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。寝かされていた部屋からは遠いし、ボロっちいし臭いし寒いしで、居心地が悪いことこの上ない。古い時代のトイレってこんなものなのだろうか。

 ともかく用を完璧に済ませた俺は、着せてもらった赤いローブのポケットに入っていたハンカチで手を拭きつつ、案内をしてくれた白服の少女……アミに連れられて、暗い廊下を戻っていく。

 勇者様か。

 悪い気はしないけどさ……。

 ふと、アミが立ち止まったので、合わせて停止。

「あ、あの……バクト……様」

 風のせせらぎのように微かな声が、小さな喉からこぼれ出した。

「……様ってつけなくてもいいのに」

「あ、ご、ごめんなさい。でも、その、バクト様は勇者様ですから……」手を胸の前で揺らしながら、神経質そうにキョドる彼女を見て、この子の性格を推し知った。

 ……かわいいな。

「んー……ま、呼び方の話は後でいいや。で、なに?」できるだけ優しい調子で、質問する。

「あの……バクト様は、とても強い力をお持ちです」アミは指先で腕のベルトをいじりながら、チラチラと顔色を伺うように話し始める。「私たちはその力にすがって、私たちの世界を守ってもらおうとバクト様を召喚して……そして無邪気に喜んでいました。ですが……」

 フルフルと、彼女の肩が震え出す。

「ご、ごめんなさい……急にこんな世界に呼び込んでしまって……バクト様だって、不安に思うに決まっていますのに、私、全然そんなこと考えてなくて……」

 涙ぐむアミちゃんを見て、喉から罪悪感みたいなものがこみ上げてくる。

「そ、そんな泣かないでよ……」

「すいません……勝手にこんなこと……そ、それでも私たちは、勇者様を……バクト様を頼らざるをえないのです。それほどに深刻な状況なんです……だから」

 なんだか彼女は、一杯一杯になってるらしく、若干危うい空気を俺は感じ取った。

「私たちは、お願いする立場……勇者様のためなら私……なんでもします。ですからどうか……私たちを助けてくださいな……」

 俺は返事に窮した。だって急にそんなことを言われたって、どうしたらいいかわからないじゃないか。こんな右も左もわからない世界でさ……。

 しかしアミは、黙って突っ立っている俺に対して勝手に変な解釈をしてしまったらしい。

「……そうですよね。口だけなら、なんとでも言えますものね」キリッと、彼女はおもてを上げた。変な決意のこもった目だった。「ちゃんと……口だけじゃないこと証明します!!」

 叫んだアミが、ベルトを外して服を脱ごうとし始めたのを、肩を掴んで、慌てて止める。

「おおっと、ストーップ!! ちょ、子供がそんなことしちゃいけないって!!」

「私……子供じゃありません」ムッと、彼女は俺を睨んできた。「わ、私だって、これくらい……」

「わかった、わかったよアミちゃん、わかったからさ? ね、今は儀式に行かなきゃならないんでしょ?」

 渋々といった面持ちで俺に背を向けて、ベルトを締め直したアミちゃんは、またゆっくりと歩きだす。俺も一安心。

 いやだって……流石に子供相手にそんなことできないでしょ……。

「私……子供じゃありません」もう一度、彼女は同じ言葉を繰り返した。「それはすぐに、証明してみせますからっ」

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