第一話 不相応な歓迎
クラクラと目眩がする。まるで法事の日に、叔父に無理やり酒を飲まされてそのまま寝潰れてしまった次の朝の目覚めのようだ。俺は、アルコールの類には恐ろしく弱い。アセト……なんたらが全く足りないタイプの人類なのだ。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、心配そうに俺の顔を覗き込む金色の髪の女の子と目が合った。
「ゆ、勇者様?」
「うーん……」不格好に尻を掻きながら、頭に血をめぐらせる。「あれ……ここはどこ? 今何時?」
「ああ、勇者様が目を覚ましたわ!」
「ホント! あぁ、よかったわぁ……私、大怪我させてしまってたらどうしようかと……うぅ……」
「サナリ、泣いてる暇があったら勇者様に謝りなさいっ!!」
黄色い怒声を聞き流しながら、頭痛とともに本日二度目の目覚めを迎えた俺は、頭を振りつつ上半身を持ち上げる。あれ、シャツ着てねえな……脱がされたのかな? 豪華なベッドに寝かされているあたり、随分と手厚く治療されていたらしいが。
眠気覚ましに目をこすったとき、両腕にペンキで描かれたような黒い紋様が描かれているのに気がついた。なんだこれ、いつの間に……。
「勇者さまああぁ!!」
あれやこれやと思考を巡らせるよりも先に、先程俺に突進してきた赤髪の女がまたしても一直線に突っ込んできたために、俺は思わず身構えたが、彼女は今度はキチンと枕元の手前で慌ただしく静止した。
「勇者さまっ!!」
その子は多分、俺と同じか、年下かくらいの可愛い女の子だった。なびく赤髪はセミロングで、幅広なおでこが眩しい、丸い目をしたきれいな少女。短パンに膝当て、ビキニトップという扇情的な服装の上に、エプロンのような鎧を被せて着ているのが可愛らしい。
そんな彼女が
「こ、この度は私、まだこの世界においでになったばかりの勇者様に、取り返しのつかない無礼を働いしまったこと、えっと、まことに遺憾に思い……あぁ、違う、あの、せんえつながら……あれ? ふそん? しょぞん? は、はわわわわわわ……」
「サナリ、もう、黙りなさい」俺の近くで看病していたと
こちらの彼女は耳こそ長くないものの、一見の印象はエルフとさえ思える突き抜けた美人だった。長い金髪は目元で姫カットに切り揃えられ、薄く開かれた緑の瞳はエメラルドのよう。肩のない緑色のドレスの上に、レース状の肩掛けを纏っている姿もまたどこか神秘的だ。
「勇者様。この度は、我が不祥の妹がとんでもないことを……家族の罪はローズ家すべての恥、まこと、詫びのしようもございません。このリリィ、勇者様のご降臨を汚した罪、命に代えても償わせていただく覚悟であります」
そう言って深々と頭を下げた……えっと、リリィの後を追うように、慌ててサナリも、床に伏し、深々と俺に向かって土下座をかましてきた。
あぁ……うん……。
「あの……はい、わかりましたわかりました。いや、だけどそんなことよりね……」
「ここがどこで、今、ご自身がどういう状況なのか、知りたいのですね」
キンキンと高い声が、背後から耳を突き刺した。
声の方を振り返る。
そちら側、サナリとリリィとはベッドを挟んで反対側には、ほっそりと痩せたツインテールの女の子が、ピンと背筋を伸ばして姿勢良く佇んでいた。髪は桃色がかった銀髪で、黒いローブに短パンと、あの姉妹よりは質素な服装をしている。
「あんたたちねぇ……勇者様は今召喚されたばかりなのよ? 謝るとかより先にまず色々と説明して差し上げるのが筋じゃないの。リリィ、あんたは真面目なのはいいんだけど、いつも肝心なところで抜けてんのよ、この天然姉妹」
「……返す言葉もございません」
「それでは勇者様、私から色々とご説明させていだたきますね?」そう言ってニッコリ笑ったその子を見て、俺は幾分か緊張が和らいだ。この子はどうやら、右も左もわからない俺の立場にキチンと気を払ってくれている。
「んっと、その前にさ、俺、バクトね。ミシマ・バクト」
「お名前を伺えて光栄ですわ、バクト様。私はチルルと申します」お腹の前に手を当てて、行儀よく、元気よく、チルルと名乗った彼女は頭を下げる。声はキンキンとアニメのように甲高いが、なんだか好感の持てる女の子である。
「バクト様は、ここではない世界から勇者として召喚された
「えー……」ぼんやりと想像していたのとほとんど変わらない説明に、思わず笑ってしまう。「嘘でしょ? なんで?」
「急な話で信じがたいこととは思います。バクト様さえよろしければ、すぐに何もかも真実だと納得していただける用意がありますが……」
「なんでわざわざ俺が召喚されてんの? 俺、学生だよ?」
「えぇっと、すいません、私たちもあまり、召喚される方の選定基準はわからないので……」申し訳なさそうに、チルルは目を伏せる。「確かそちらの世界で不慮の事故により死亡した方の中から、最も
彼女が振り返った先に視線を向ける。
そこには、白いドレスを着た黒髪ショートカットの女の子が、硬い面持ちでこちらを眺めているのが見えた。年齢は小学校の高学年か、中学生くらいか……ドレスの上に、首、胸、腕、腰と、まるで拘束具のようなベルトが這っているせいで、どことなく背徳的なエロスを感じさせる。
その子が、警戒か緊張かはわからないが、ともかくクールな表情は崩さないまま、黙って頷く。
「じ、事故?」
なんだか変な汗が出てきた俺の手を、柔らかくて、温かい手がソッと包んだ。
サナリだった。
「勇者様……いえ、バクト様。心配な気持ちはお察しします」サナリは涙を
……何事かはわからないが、ともかく深刻な響きを持った彼女の声に、俺はなんだか心がえぐられるような気持ちになった。できることなら、彼女らの助けになりたいと、そんな気持ちがムクムクと湧き上がってきた。
それはきっと、この世界で目覚めた俺を囲んでいたのが、素敵な美少女たちであったことと無関係ではないだろう。これでやる気を出さないやつは、男じゃない。
とにかくまずは、話を聞こうじゃないかと、俺は決心した。
胸の隅に、どうにも薄暗い不安がチラつくのを自覚しながら……。
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